第19話 寧々さん、お見合いをする
永禄5年(1562年)3月上旬 尾張国清洲城 寧々
「あの……帰蝶様?この方々は一体……」
急な呼び出しを受けて、赴いた広間には二十人を超える若い男性が座っていた。いずれの顔立ちも良ければ、身なりも良い。おそらくはいい所の家の方々だと推察した。
すると、上座に座る帰蝶様は楽しそうに言った。この方々は、わたしの見合い相手だと。
「それで、どれか気に入った者はいるかの?隣に布団も敷いておるゆえ、何だったら連れ込んでも良いぞ」
「いやいや、流石にそれはないでしょ……」
呆れ半分でそう返してみると、帰蝶様は「戯言じゃ」と笑った。だが……見合いという話は否定しない。
「そなたがこの者らの誰かとくっつけば、あの藤吉郎も諦めるだろう。悪い話ではないと思うが?」
そう言って、花楓様や阿古殿に命じて、わたしを強引に彼らの正面に座らせた。すると、男たちは順に名を名乗り、自己紹介を始めた。そうしていると……
「荒子城主前田蔵人利久が倅、慶次郎利益にございます。昨今評判の寧々殿にお目にかかれて、光栄にございます」
前世で知っている人がそこにいた。
(でも……かぶいてはいないわね……)
かつて、大坂城で天下人となった藤吉郎殿の面会要請に、猿の恰好をして不屈の意志を示した実に骨のある男だが……今は他の若者たちと横並びの衣装を身に着け、髷も変な方向を向いておらず普通だ。
「あ、あの……某の顔に何かついてございますか?」
「えっ?」
「そのようにじっくり見られると……照れるのですが……」
「あ……ごめんなさい。そんなつもりでは……」
「あらあら。寧々はその若者が気に入ったようね。よし、じゃあ決まりじゃな」
「はあ?」
本当にそんなつもりではなかったのだが、帰蝶様は他の者たちを退出させて、慶次郎だけを残した。そして……
「では、わらわたちも用事があるから、あとは若い者同士でのう。あっ!そうそう……1刻(2時間)は戻って来ぬゆえ、そこの布団も自由にして良いぞ」
そう言い残して、本当に侍女たちを連れて去って行った。つまり、今、この部屋にはわたしと慶次郎の二人きりという状態になっている。
(どうしよう……)
悪い人ではない。家族ぐるみで利家殿と付き合いがあった時にも何度か話したことがあるが、そのかぶいている見てくれと相反して、とても紳士的な人だったことを思い出す。それに、文武にも秀でている。
(あれ?思いの外、優良物件じゃない?それなら、一緒になるのも悪くないのかしら?)
あとは、自由人だから子供が居なくても、それなりに楽しく暮らせそうだとか……勝手に一人で将来に夢を見ていると、慶次郎はいきなり頭を下げてきた。
「慶次郎殿?」
「寧々殿!大変申し訳ございません!!ここまで来ておいてあれですが……某には思い定めた女がおります。ですので……どうか、お許しを!」
「へっ!?」
まさに、全く思いもよらぬ展開に、つい変な声を上げてしまった。だが、そんなわたしに構わず慶次郎は言う。ここに来たのは、その人のことを忘れるためであったが、やはりそれは無理だったと気づいたことを。
「ちなみに……そのお相手は、道ならぬお方なのですね?」
「はい……人妻です」
その答えに「やはりか」と思う。前世においてお松から何度か、夫・利家の甥である慶次郎に夜這いをかけられそうになって……と悩みを相談されたこともあったからだ。
しかし、そんな彼の出した結論は、少し傾きかけた自分の気持ちを戻すには、十分な冷や水となる。
「ふふふ、ご心配はいりませんよ。わたしも正直に申せば、何も聞かされずここに来ましたからね。帰蝶様にはわたしの方からお断りしたと伝えるようにしますわ」
「ありがとうございます!この御恩は、いずれ必ず……」
そして、そう言い残した慶次郎は、もうここには用がないというように足早に立ち去って行った。
「はあ……また、フラれちゃったか……」
隣の部屋に敷かれた布団が空しい。だが、帰蝶様の気遣いには感謝して、わたしも部屋から出て行くのだった。




