第185話 朝倉は、最期の時を迎える
永禄13年(1570年)4月下旬 越前国大野 朝倉義景
なぜだ。なぜ……こんなことになった。
「お屋形様!朝倉式部大輔、ご謀反!!」
新介がいつものように大きな声で伝えてきたが、そんなことはわかっている。だって、この寺はそんなに広くはないのだ。こうして兵に囲まれたら、流石に気づくだろう。旗印は、紛れもなく景鏡のものだ。
「おのれ、式部大輔め!お屋形様に一乗谷を捨てて、ここに移るように進言したのは、この為か!」
共にこの部屋で新介の言葉を聞いた鳥居が憤るが、今となってはどうしようもない。力がない我が悪いのだ。かくなる上は、最早これまでと腹を切るしか道はないだろう。
それゆえに、自害をする前にと余は辞世の句を認めることにした。歌はこれまでたくさん詠んできたのだ。最後の作は、これぞ義景よと称えられる素晴らしいものにしたいと思う。しかし……心を鎮めようにも、やはり無念さが脳裏をよぎる。
「一体どこで間違えたのかのう……」
「お屋形様……それは」
「ああ、わかっておる。今更言っても仕方がない事くらいはな。だが……」
それでも、もしかしたら死んだら10年前、あるいは20年前ということもあるのではなかろうか。ならば、此度の敗因を知れば、次は生かせるということだ。
「さすれば、某が思うに、やはり義昭公を手放されたことではないでしょうか?」
「新介。それは、義昭公を奉じて上洛しておればよかったということかな?」
「はい。さすれば、我らは天下の執権。織田も浅井も手を出しては来なかったでしょう」
「なるほどな……」
ああ、そうか。あのとき……義昭公の元服の宴が分岐点であったか。よし、次は間違えずに上洛を……。
「お待ちを。某は、それ以前に式部大輔を排除できなかったのが、そもそも今日をもたらした原因ではないかと思いますが?」
「鳥居……」
「だってそうでしょう?あいつは、いっつもお屋形様が何かをなさろうとすれば、必ず邪魔をしてきたではありませんか。敦賀の中務大輔が寝返ったのだって、元を辿れば何かと嫌がらせをされたことに我慢できなくなったわけで……」
「しかし、そうはいうが……式部大輔を果たして排除できたのか?もし、強硬にそれを行えば、我が朝倉は揺らぎ、加賀から一向宗の門徒が押し寄せても防ぎきれなくなったと思うが?」
「そうはいうが、新介。結局、こうしてお屋形様がここでご生害なさることになったのだから、揺らぐことは覚悟の上であやつを斬ってもよかったのではないか?もしかしたら、案外家中が一枚板になって、一向宗の方も何とかなったかも……」
「そうだな……たらればではあるが……」
ようやく、二人の結論が出て……つまりは、余の決断力、判断力のなさが滅亡の原因となったというがよくわかった。ならば、来世では生まれかわるなり速攻で景鏡を殺して、運を天に任せることにしようと心に決める。
「お屋形様、そろそろ敵がここに……」
「わかった。では、辞世の句を……」
『七転八倒 四十年中 無他無自 四大本空』
七転八倒か。もし、本当に次の世があるのならば、今度こそ倒れたくはない。ゆえに、余は『倒』の字を『起』に変えた。これで、七転び八起きだ。
「次の人生こそは、きっと起き上がってみせるぞ」
そう呟いて筆をおき、代わりに短刀を握りしめた。
(大丈夫だ。痛いのは一瞬で、次に目が覚めたら……10代の頃の髪がふさふさな余に)
「ふん!」
「御免!」
腹に短刀を突き刺した途端に、首がごろりと転がり……意識が遠のいていく。最早痛みは感じない。感じないが……次こそはと最後に念じたのだった。




