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第18話 菜々さんは、出戻った実家で藤吉郎と出会う

永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲 菜々 


「お~ん!お~ん!」


「……なに、あの声は?」


久しぶりに柴田の実家に帰ると、奇妙な声が聞こえた。誰か男の人が泣いているような、それでも美しくはない変な泣き声だ。そうして、草鞋を脱いで家に上がるとそこには困った顔をする兄がいた。だから、訊ねてみることにする。一体何が起きているのかと。


「実はだな……」


そう前置きして兄が語るのは、木下藤吉郎という侍と最近この城下で評判となっている才女・寧々殿との恋の話だ。もっとも、手酷く振られたようだから、片思いが破れたということなのだろう。正直、それしきのことで泣くとは、何と軟弱な男かと呆れた。


「そういうな、菜々。結構フラれ方がきつかったらしい。例えあやつが天下人になっても、『あなたの子を産むつもりはない』と申し渡されたらしいのだ……」


「天下人になっても!?それって……」


「ああ、どうしようもなく相当に嫌っているということだな。しかもな、あやつがいうには駆け落ちまで約束したのに、突然手のひらを返されたようだ。だから、わけがわからずに、あのようにずっと泣いているわけだ」


「ふ~ん、そうなんだ」


そこまで嫌われる男って、どんな男なのだろう。少し見てみたい気がした。


「ねえ、兄上。ちょっと覗いてきてもいいかしら?」


「ん?それは構わぬが……って、おまえ、よく考えたら何でここにいるんだ?夫はどうした?」


「え……い、いや、あのね……捨ててきた」


「はあ!?ちょ、ちょっと待て!それはどういうことだ、菜々!!」


まあ、当然そうなるだろうなと思った。何しろ、沓掛の簗田家に嫁いだのは半年前で、それなのに出戻ることになるなんて、自分だって驚いているのだ。ただ、もちろん言い分はある。


「あのね……毎晩、イビキがうるさいのよ。しかも、毛深く太って体臭もきついし。一応は毎晩頑張って耐えたんだけどね……豚の妖怪に犯されているような気分になってその……」


「逃げ出したというのか……」


「はい……」


兄はため息を吐いて、「仕方がないな……」と呟いた。そして、後でわび状を添えて、縁組を解消するように申し入れると約束してくれた。わたしは、何だかんだと甘いこの兄が嫌いではない。


「それじゃ……懸案事項も片付いたことだし、さっき言っていた藤吉郎さんを見てくるわね?」


「……好きにするが良い。わしは疲れたから、ここで酒を飲むことにする」


心配をかけてごめんねと心の中で謝って、わたしはその藤吉郎さんのいる部屋に向かった。あれだけ大きな声で泣いているから、案内人は不要だ。


「入りますわよ」


一先ずそう言ってから板戸を開けると、そこには小柄の醜い男がいた。だが……その涙や鼻水まみれのその顔は、どこか愛嬌があり、わたしはどうしても目を逸らすことができなかった。


「あの……どちらさまで?」


「あ……これは、失礼しました。わたしは、柴田権六の妹で菜々と申します。久々に家に帰ったら、大きな泣き声が聞こえたもので……」


「これは、御見苦しい所を……。さあ、そこでは何ですから、どうぞ中に」


「よろしいのですか?」


「ええ……。それで、もし、よければなんですが……某の話を聞いていただき、ご意見を頂けないかと」


藤吉郎さんが言うには、兄にこの手の話をしても、「酒を飲んで忘れろ」というだけで、話にならないという。確かに亡くなられたお梅さんは、家同士で決めた許嫁だったし、まあ……男女の恋愛に関しては頼りにならないだろうとわたしも思った。


だから、「別にいいですよ」と答えて、藤吉郎さんの前に座った。こう見えても、三度目の離婚なので、色々と経験は豊富だ。

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