第182話 寧々さん、禁酒を申し渡される
永禄12年(1569年)2月下旬 近江国小谷 寧々
春が近くなり、北の山々に積もっていた雪がようやく溶けたのだろうか。うちの人と……『鬼』が越前敦賀から帰ってきた。
当然だが、わたしが京でしたことは良いことも悪いことも全部、この二人には既に伝わっているようで、それでも政元様は苦笑いを浮かべるだけで何も咎め立てはしないが……鬼はそう甘くはなかった。
「寧々様……お酒は禁止ということで」
ニコリと爽やかな優しい笑みの割に、目が笑っていないので嫌な予感がしたのだが、これは予想以上に厳しいとしか言えない罰だ。だから、わたしは断固抗議する。
「ちょ、ちょっと待ってよ!確かに羽目を外しちゃったわたしが悪いけど、だからといって、今夜のお酒を禁止するなんて横暴よ!」
「おや?誰が今夜のお酒と言いましたか?ずっとですよ」
「ずっと……?あははは……半兵衛、笑えないわよ、その冗談は。それで、本当の所はいつまでなのよ。3日?5日?それとも、厳罰に処されて10日の禁酒を言い渡されるのかしら?」
「ははは!寧々様こそ面白きことをいわれますな。ずっとと言えば、『永遠』以外の意味があるとでも?」
「え、永遠……って、死ぬまでってこと?」
「はい。死ぬまで禁酒にございます」
ここでお決まりの冷たい視線をぶつけられて、わたしは絶望した。政元様が帰ってきたから、義昭公から頂戴したお酒を一緒に飲もうと思っていたのに、これでは……。
「まあ……半兵衛。このように寧々も絶望感一杯になるほど反省しておるわけだし、減刑してもらえないだろうか。例えば……お酒は、俺か半兵衛がいる場所でしか飲んではならないとか」
「大蔵大輔様。お言葉ではございますが、今回の一件は下手をすれば、浅井家全体が幕府の追討を受ける結果となってもおかしくはない不祥事なのですぞ。そのように甘やかしては、他日のためにならないかと」
「だ、だが……結果としては、寧ろ義昭公に気に入られたというではないか。む、無論、わかっておる……そのような怖い顔をせずとも、二度とこのような酒の失敗はしてはならないとな。そうであろう?寧々」
「は、はい!も、もちろんでございますよ。わたしも、此度の徳利にチンチンはやり過ぎたと思っておりますわ!」
そうだ。あのような後で聞いて真っ青なすび色になるような馬鹿な真似は、二度としたくはないのだ。ホント、よく死罪を言い渡されなかったものである……。
「はあ……ならば、そこまで仰せというのなら、仕方ありませんね。先程、大蔵大輔様が出された条件なら、ト・ク・ベ・ツに!……寧々様の飲酒は認めましょう」
「はぁ……よかったですわ」
「但し……寧々様。ここで残念なお知らせがあります」
「残念なお知らせ?」
「はい。実は……我らは今宵この後、お城にてご隠居様、左京大夫様と遅くまで談合した後、明日の早朝にはこの小谷を発たなければなりません。そして……次に帰ってくるのは、かなり先になる予定です。つまり、その意味、おわかりになりますよね?」
わかりたくはなかった。それって、事実上今日からの長期禁酒のご沙汰ではないかと、わたしはこの案を提案した政元様を睨みつけた。このタヌキ、味方の振りをして裏切るなんて、信じられない!まるで、あの糞康の如き所業だ。
「そのように俺を睨むなよ、寧々。これは、最近そなたが酒を飲むことが多いと聞いて、その身を案じてのことだぞ……」
「そんな言い訳は聞きたくありませんわ!酷い!みんなでわたしを虐めて!」
こうなったら、切り札の「尼になってやる!」を言ってやろうかと考えていると、わたしは閃いた。そうだ。お寺ではお酒は『般若湯』とかいって、お酒ではないのだ。ならば、隠れて飲んで、バレたらそう言い張れば……
「ああ、先に言っておきますが、寧々様。某に『般若湯』などという言い訳は通じませんからね」
「くっ!」
しかし、その策は半兵衛に先読みされて、こうして潰されてしまった。しかも、隠れて飲んでいないか、態々そのために監視の者をわたしに知られないように置くらしい。いくらなんでも、そこまでしなくてもいいのではと思うが……どうやら、反論は受け付けてくれないようだ。
わたしは、絶望した。




