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第174話 長政様は、主上の御言葉に心を震わせる

永禄12年(1569年)1月上旬 京・内裏 浅井長政


義昭公と共に轡を並べて、三好の残党を京の外に追い払ってから3日——。


俺は衣冠束帯をまとって内裏にいた。何でも畏れ多いことに、これから主上より直々にお言葉を賜るらしいが……この急な展開は、全て後ろで目を泳がせている義妹の仕業であることは、すでに白状させて知っている。


まあ……この京でやらかしたことの全てを慶次郎の補足を交えて聞いた時には、その傍若無人ぶりに青ざめて頭を抱えたものだが、総合的に考えたら、俺には過ぎたる義妹だろう。


もちろん、自分より位階が高いと聞いたときは、心中穏やかならざるものもあったが、それも 「この義妹だから」と割り切ることにして折り合いをつけた。何しろ、将軍様のアレに徳利をかぶせての高笑いができる女は、この日の本広しといえども、この義妹だけだろう。考えても疲れるだけだから、諦めることにした。


「寧々殿……いや、従三位春日局様。さあ、参りましょうか」


ただ、やられっ放しでは癪に障るため、俺はわざとそう言って、寧々殿をからかってやることにした。すると、この義妹は顔を真っ赤にして「春日局とは呼ばないで頂けると……」と返ってきたが、さてどうしようかと考えている。


政元や市にもバラして、自由奔放に動き回るこの義妹への戒めとしてもよいのかもしれない。嫌がることをやるのも兵法の一つだ。


だが、そんな至極どうでもいいことを思っているうちに、俺と寧々殿は主上のおわす清涼殿に到着して、御前に進むことになった。手筈では、関白様の口添えの後、上座に鎮座されている主上に向かって名乗りを上げて挨拶をすることになっているが……


(何事も、最初が肝心だ)


そう力強く思い、斜め前にいる二条関白様が「浅井左京大夫殿にございます」と主上にお告げになられたので、俺はあらぬ限りの声を振り絞って、大きな声で名乗りを上げた。


「浅井左京大夫長政にございますっ!恐れ多くも畏くもっ!ご拝顔の栄に浴しっ!恐悦至極に存じ上げ奉りますっ!」


「…………」


しかし、その挨拶はどうやらスべったようで、主上も二条様も黙ったままで、反応は返ってこなかった。だから、どうしようかと焦っていると後ろから声が聞こえた。


「主上……驚かれたのはわかりますが、放置は流石に可哀そうかと……」


「あ……これはすまぬことをしたな。許せ、左京大夫。遠路はるばる大儀であったな」


「ははあ! ありがたき幸せにございます!」


寧々殿の助言のおかげで返答があって、俺はホッと胸をなでおろしたが、一方でおかしいことに気がついた。そもそも、通常であれば、主上は俺に対して、直接お言葉をかけることなどあり得ないからだ。


それゆえに、もしかして無作法があったのかと思って、二条様の様子を見るが、特に変わった様子は見られなかった。ただ、俺がそのように狼狽えているのが面白かったのか、主上からも二条様からも、さらには背後の寧々殿からも笑い声がこぼれた。


「あの……」


「ああ、許せ。今日は内密の謁見ゆえな、そなたが思うておるような堅苦しい作法は抜きにすることにしておる。しかし……春日よ、そちも悪よのう。左京大夫をからかうために、あえて伝えなかったのか?」


「わざと伝えなかったわけではありませんよ。伝える機会がなかっただけでして、おほほほほ……」


それを人はわざとというのではないのかと、俺は寧々に帰ったら問い質そうと心に決めたが、おちゃらけた会話はそこまでで……主上は俺に密命を下された。


それは……「織田弾正忠こそが、朕の意中の天下人なり。よって、汝はその義弟として、私心を捨てて支えるべし」と。しかも、誠に畏れ多きことに、目の前でその言葉を直筆でお書きになられて、俺にお渡し下さった。


「改めて申すが、織田弾正忠こそが、天下人にふさわしき男だと朕は思うておる」


「あの……公方様ではないのですか?」


義昭公とはここに来る前にお話ししたが、全国の大名に呼びかけてこの京に集まってもらい、以後は話し合いで政を進めていきたいという思いを伺い、共感を覚えていたのだが……


「あれはダメだ。春日が先日お仕置きをして、多少は心を入れ替えたようだが、きれいごとや理想論をまだ言うておる所を見ると、現実が見えておらぬと断じざるを得まい。それゆえに、この国をまとめ上げるには実力不足であると朕は思う」


「ならば……義兄上ならばできると?」


「弾正忠だけならば、危ういかもしれぬ。しかし、そなたがおれば、そなたのような真っ直ぐな男の支えがあれば、次代には戦の無い平和な世が訪れるのではないかと朕は思うておる」


「!」


「ゆえに……この願い、かなえてもらえぬだろうか。全ては天下静謐のためである」


ここまで言われて、心が震えない男がこの国にいようか。それが、全て寧々殿がお膳立てした茶番劇であったとしても、主上の御言葉はこの国の御言葉だ。


それゆえに、俺はためらうことなど一切なく、主上のこの願いを……必ず叶えると誓ったのだった。

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