第17話 寧々さん、禁断の扉を開きかける
永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲城 寧々
これで終わったと思った。最後に藤吉郎さに投げかけた質問は……
「もし、わたしがあなたの子を産めないと言っても、あなたは側室も妾も終生持たずに、わたしだけを愛し続けることができますか?」
独り部屋に戻って、改めて思う。わたしって、なんて重い女なのだろうと。だが、これでは流石に藤吉郎さも諦めてくれるだろう。その証拠に十を数える間どころか、それを過ぎて何も言わずに部屋から出て行っても、柴田様の家から出て行っても、ついに返事どころか追いかけても来なかった。
「まあ……仕方ないわね。跡取りがいないと、お家は続かないし、それなら何のために立身出世するのかって話になるし……」
だから、これでよかったと結論付ける。これで、よかったと……。
「はぁ……」
それなのに、これは何度目のため息だろうか。ため息?なんで、そんな物が出るのかわからないが、さっきから止まることはない。
「そうだ。お屋形様に報告に行かないと……」
これは、そもそも主命なのだ。それゆえに、お屋形様に目通りするために主殿に出向くことにしようと考える。ただ、その準備をしようとした矢先、襖がゆっくり開かれた。
「あ……これは、お市様。どうかなされたのですか?わざわざお越しになられなくても、御用とあらば、こちらから赴きましたのに」
「寧々……どうしたの?なんで、泣いているの?」
「へ……?」
意味が分からず、慌てて指で頬を触ると、止めどなく涙が流れていることに気が付いた。これは一体どうしたことだろうと戸惑っていると、お市様が優しく抱きしめてくれた。
「お市様?」
「兄上から聞きました。藤吉郎殿を振りに行かれたのですね?」
「はい……」
「上手く振れましたか?」
「はい……」
「気持ちの整理はつきましたか?」
「…………」
気持ちの整理?ついているはずだったのに、ついていなかったことに気づいて、もはや涙を止めることができなかった。嗚咽も止まらない。
「どんな条件でも受け入れるって言ってくれたのに……やっぱり、子供を産めない女はいらないみたい。あのひと……何も答えてくれなかったの。もしかしたらって、期待したっていうのに……!」
「うんうん、辛かったね」
号泣するわたしをいつまでもお市様は慰めてくれる。挙句の果てに、「それならずっと、わたしの側にいたらいい」と。
「本当に?本当にいいんですか?」
「ええ、わたしは寧々が大好きよ。いつまでも側にいてくれると嬉しいな」
そのステキな笑顔に、ついこれまでに感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。
(いけない……禁断の扉を開きそう……)
そう思いながらも、胸の高鳴りは収まらない。だが……そこにドカドカと雰囲気を台無しにする足音が聞こえた。
「それで、いかがであったか!」
信長様の声で、禁断の扉は無事に閉じることができて、我に返ったわたしは最後の問いかけももちろん含めて、ありのままに報告した。すると、信長様は不思議そうな顔をした。
「なあ……寧々。おまえ、まだ処女だろ?試してもないのになぜ子が授からぬとわかるのだ?なんなら、まず俺のをこれから試してみるか?」
女性の心の機微もわからぬその言葉に、お市様の張り手が信長様の頬に紅葉を作った。




