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第172話 寧々さん、また政変に巻き込まれる (3)

永禄12年(1569年)1月上旬 京・本国寺 寧々


無人斎殿と別れた後、わたしは銃を持ったまま、地下の米蔵に向かう。そこに天下の将軍様が本当に隠れているとは半信半疑であったが……


「おお、我が心の母上ぇ!」


……などと、本当に米蔵でふざけたことをいいながら駆け寄ってくる義昭公に、わたしはイラっとして、「母上と呼ばないで!」と、その足下目掛けてお仕置き代わりに鉛球を一発お見舞いすることにした。大体、わたしの方が遥に若いのだから、母親呼ばわりするのは間違っているはずだ。(精神年齢はこの際数えない!)


「あ、あわわわわ……」


しかし……驚き尻もちをついた義昭公の股下から、黄色い水のようなものがジワリと広がり、 わたしはやりすぎたことを悟って慌てて頭を下げた。こんな情けない男でも、将軍は将軍なのだ。強権を振るえば、わたしを打ち首にすることなど容易いだろう。


「……それで、外の様子はどうなのですかな?」


だが、やはり今はそれどころではないことを理解する人はいるわけで、笑いをこらえながらも義昭公の隣にいる明智殿はわたしに戦況を訊ねてきた。そのため、わたしは話題が変わったことにホッとして、ありのままに答えた。即ち、現状優勢に進んでいることを。


「そうか!勝っておるのか!」


そして、その報告にまず大喜びしたのは、お漏らしして半べそをかいて怯えていたはずの義昭公であった。こうしてはおられないと、すぐに兵たちの前に姿を見せて、全軍を鼓舞しようと言い出した。


その姿に、「さっきまで怯えて隠れていたのに、なんと都合の良いこと」とわたしは呆れ返るが、冷静な明智殿がそこに待ったをかけた。「上様。まずはお着替えを」と。


「わ、わかっておるわ!あと……寧々殿。これは言っておくが、違うからな?」


「何がですか?」


「余は漏らして等おらぬ!これはそう……汗なのだ。ちょっと、長く座りすぎて、股の下に汗が溜まっておったのだ。いいな?わかったな!」


何と見苦しい言い訳だろうと思ったが、相手は天下の将軍様だ。わたしは、心の底からどうでもよいと思いつつ「はいはい、わかりましたよ」と答えて、義昭公が米俵の後ろで着替えに行くのを見送った。


「別に今更隠す必要はないのに……」


「うるさい!」


わたしのことを母と呼ぶくせに、なんと可愛げがないことかと思いながら、それから廊下を進み、慶次郎が守っていた表門にたどり着いた。しかし、そこには義昭公が戦意を鼓舞すべき兵の姿はまばらであった。どうやら、慶次郎を先頭に皆、すでに追撃に向かった後のようであった。


「どうします?今更行ってもも恥をかくだけかもしれませんけど……」


「しかし……行かねば、将軍は米蔵に隠れて怯えていたと、うるさい京雀に言われ続けるぞ」


「はぁ……それもそうですね。では、馬を用意してきましょう」


馬小屋に向かう明智殿からは、「だから米蔵に隠れるのはまずいって言ったのに……」と愚痴る声が聞こえてきたが、聞こえているはずなのに義昭公は何も言わない。だから、わたしも余計なことを言わずに待っていると、明智殿は「これしかいませんでした」と、3頭の馬を連れてきた。


普通の馬なので、わたしとしては何も問題はなかったのだが、どういうわけか義昭公は声を荒げた。「松風は!?松風はどうした!」と。


「どうやら、戦いの途中で逃げ出したようで、行方不明と……」


「なに!?いなくなっただと!」


その松風というのは、義昭公のお気に入りの馬だということは、その様子から理解したが、理解できないのは明智殿に「すぐに探せ」という命を下したことだ。


(いや、気持ちはわからないこともないけど、今はダメでしょう……)


「それどころじゃないでしょう。今は早くいかないと!」


「ダメだ。余は松風以外の馬に乗るつもりなどない!探せ!探すのだ!」


そして、わたしはそんな喜劇の言い争いを続ける二人に呆れて、単身慶次郎たちを追いかけることにした。もう付き合っていられないと理解して。


しかし、そのときだった。道に流れる血の川を遡っていけば、きっと合流できるだろう。そう思いながら、馬に鞭を入れようとしたとき、見慣れた『三つ折亀甲花菱』の家紋があしらわれた旗を背中に差した軍勢が、こちらに向かって進んでくるのが見えたのは……。

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