第169話 寧々さん、また政変に巻き込まれる(2)
永禄12年(1569年)1月上旬 京・本国寺 寧々
明智殿たちと共に六条堀川の本国寺に移ると、幕臣たちが着々と戦の準備を進めていた。ただ、その数は以前の二条御所での戦いと比べて多く、訊けば2千はいるとのことであった。
「だったら、楽勝よね」
それゆえに、前は百名余りしかいなかったことを思い出してつい口走ってしまったが、その瞬間、「これだから、戦を知らぬ女は」と鼻を鳴らす者がいた。わたしは気にしなかったが……
「愚か者が!このお方をどなたと心得おるか!!」
その者の上役と思しき侍がゲンコツを落して、共にわたしに頭を下げた。ただ……その男の顔は、どこかで見た覚えがあった。
「あ……確か、あなたは無人斎殿だったかしら?」
「おお、覚えておいででしたか。二条御所での戦以来ですな、寧々殿」
お懐かしやと頭を下げるこのご老人は、わたしと共に塀の上から鉄砲を撃ち、その後は慶次郎や亡くなった進士殿らと共に殿を務めた方であった。あの後、姿が見えなくなったので、てっきり討ち死にされたものだと思っていただけに、再会することができて嬉しく思った。
「しかし、ご老体。いくらなんでも、もうそろそろ国に帰って孫の世話をした方がよいのではありませぬかな?」
「おや?そういう前田の慶次郎は、今日は傾いておらぬのか。4年も経つと臆病風にでも吹かれてしもうたのかな?」
「誰が臆病風に吹かれるか!……ったく、減らず口は相変わらずだな、爺さん」
「言われたくなければ、さっさと着替えて来い。あの時の強烈な印象は、きっと三好の将兵に残っているはずだから、これも勝つための作戦だ」
なるほど。無人斎殿のいう言葉に一理あると思った。あのときの表門前にできた血の池と死体の山は、敵である三好にとってはきっとそう簡単に忘れられるものではないだろう。ただ……問題は、そんなに都合よく派手な衣装がこの寺にあるのかだが……。
「衣装については、あちらに何点か用意がありますので……」
無人斎殿の側にいたもう一人の侍が恐る恐るそう告げてきたので、慶次郎はどうやら逃げることはできそうにない。
「わかったよ、勝つためなんだな。だったら、仕方ないな」
最終的にその提案を受け入れて、案内されて何処かへ向かった。そのため、今度はどんな格好で出てくるのかと思って待っていると……真っ赤な鎧を纏い、その上に虎柄の陣羽織を羽織った姿で現れてわたしの目を楽しませてくれた。なお、左右の胸と背中には、しゃれこうべの紋が刺繍されている。
「相変わらず……ド派手ね」
「あんまり趣味じゃないんですけど、このままだと癖になりそうで怖いですね……」
わたしの言葉に慶次郎はそう返して笑うが、前世を知るわたしとしては、むしろこちらの方がいつもの姿なので、このまま癖になって欲しいとさえ思った。
だが……そんな呑気な時間もやがて終わりを告げる。
「どうやら、来たようですな……」
「ええ、そのようですね」
寺の外から、馬の嘶く声が聞こえて、敵である三好勢の先発隊がやってきたことを告げた。それゆえに、わたしは明智殿に案内されて、このまま奥に向かおうとするが……
「おや?寧々殿は戦われないのですかな?」
そう期待を込めて言われてしまえば、戦わないわけにはいかなくなる。ゆえに、わたしは無人斎殿から差し出された鉄砲をそのまま受け取った。しかし、これに明智殿は待ったをかけた。
「寧々殿……お強いのは知っておりますが、どうかご自重を……」
どうやら、義昭公よりわたしは護られる側の人間として扱うように指示が出ているようだ。だが……それこそ、戦を知らぬものの考えだ。
「明智殿。そんなことを言うほどの余裕があるのですか?敵は1万、味方は2千。一人当たり、5人倒さねばならぬのですよ?」
ならば、少しでも戦える者は必要なのではないか。そう言うと、明智殿は苦笑いを浮かべたものの、もうそれ以上の止め立てはされなかった。




