第156話 寧々さん、姉川にて一応の解決を見る
永禄11年(1568年)9月上旬 近江国姉川 寧々
我ら浅井女子軍は、城下を出てそのまま南下。予定通りに長政様と合流して、姉川の畔で男どもが駆けつけてくるのを待った。
なお、長政様は本当に信長様を足止めするために、闇夜に紛れて本当に逆茂木を街道に置いて来たとか。やればできるじゃないかと、その度胸に少しだけ見直しもした。
そうしていると、数十人程度であるが武装した男の集団がこちらに向かってくるのが見えた。先頭にいるのは、友松尼殿の兄上である海北善右衛門殿であることはすぐにわかったが……わたしは皆に銃を向けるように号令を下した。
「お、お待ちを!海北善右衛門にござる!お味方でござるぞ!」
「今頃ノコノコやってきて、何が味方かぁ!ふにゃ〇ン短小の役立たずどもよ!戦はこれより我らおなごがやるゆえ、男どもは安心して家で家事、子守に専念するがよかろうぞ!」
「そうだ!そうだ!」
……ちなみにだが、今のお言葉はわたしではない。お市様直々のお言葉だ。それゆえに、男どもの衝撃は大きかったようで、後続として続々と集まってくる中で、最終的に筆頭家老の赤尾様以下、重臣たちが勢ぞろいでお市様に頭を下げる事態に発展した。
「心を入れ替えるので、ふにゃ〇ンとか短小とか役立たずとは言わないでくだされ……」と、赤尾様は何とも辛そうな顔でそう申し上げたが、どうやら、お市様のような超絶美女に言われると、男としてはこれ以上ない位に堪えるらしい……。
「では、これより先は、心を入れ替えて何事も殿のお下知に従うのですね?」
「ごもっともにございます。そもそも、我ら浅井の者が殿のお下知に従うのは当然の事。皆の衆、そうであるな?」
「「「「はっ!」」」」
これは事前に赤尾様にお願いしていた段取りの通りであるが、そうとは知らない背後にいた重臣たちが一斉に頭を下げて、その言葉を肯定した。
もちろん、この言葉がこの先も永遠に守られると信じるほどわたしは単純で愚かではないが、少なくとも上洛戦の間は、彼らの心に楔を打ち込むことができたであろうことは確信した。それならば、大丈夫だ。
「お市様……」
わたしはそっと歩み寄り、「もうこのあたりで」と囁くと、お市様は頷いて皆に言った。「ならば、今一度だけその方らを信じようぞ」と。そして、我ら女子軍に対しては小谷へ引き上げるように命じた。
「え……?帰るんですか。生ノブに会えると楽しみにしていたのに……」
まあ、こういうことを言って、輪を乱す尼さんも若干1名いましたが、姉川で長政様を男どもに引き渡した後は、一人も脱落することは認めず小谷に帰ることになった。
「それでは殿。ご武運を」
「市も気をつけて帰れ。留守は任せたぞ」
「はい。ご安心を」
長政様とお市様は周りの目を気にすることなく、まるで長く離ればなれになるかのように別れを惜しんでいるが、わたしは知っている。上洛戦は呆気なく終わって、長政様率いる浅井勢は信長様が岐阜に戻るのと合わせて、10月の末には戻って来るはずだ。
もちろん、そんなに早く終わるとはこの場にいる誰も思っていないだろうから、あちらこちらでよく似た光景がみられる。赤尾様も涙ぐむお勝殿と何やら話し込んでいるし、他の方も……あ、海北家だけは、友松尼殿が善右衛門殿に叱られている。
(さて、これでこちらはいいわね。あとは、わたしが京に行って……)
上洛の時期は、京の周辺が落ち着くであろう11月頃を予定している。もしかしたら、そのまま京で新年を迎えるかもしれないが、今年は政元様も若狭だし、子供たちはお義父様に事情を説明して預かってもらえば大丈夫だろう。
あれ?来年の1月って、何かあったような……?




