第153話 長政様は、上洛戦に参陣しようとするも……
永禄11年(1568年)8月下旬 近江国小谷城 浅井長政
岐阜の義兄上より、義昭公を奉じて上洛するという知らせが届いた。出立は9月7日で、途中佐和山にて我ら浅井の軍と合流したいとあった。
それゆえに、俺は重臣たちを集めて陣触れを出すことにした。将軍となられる義昭公の御前で織田と共に浅井が両輪の働きを担えば、その勇名は後々の世まで語り継がれるだろう。そう思うと、その日が待ち遠しく興奮もする。しかし……
「殿。その上洛の戦には、如何ほどの兵を率いて行かれるおつもりで?」
困った表情を並べる家臣を代表して、雨森弥兵衛が俺に確認をしてきた。冷や水を頭から被せられたような不快な気分になったが、それを押し殺して俺は努めて冷静に答える。
「此度の上洛には、我ら浅井の武を天下に示す好機だ。よって、昨年の若狭侵攻と同様に5千の兵で向かいたい」
「しかし、恐れながら申し上げますが、もうじき、稲刈りの時期にて、それほどの兵は集まらぬかと」
「左様。阿閉殿が申される通りですな、殿。せめて、あとひと月後ではダメなのですかな?」
「それは……」
だが、家臣たちは俺の言葉に反発するかのように、次々と不満の声を挙げた。
正直な気持ち、イライラが募っていくが、それでも彼らの言葉にも一理はあると、俺はひとまず交渉の余地があるのかを考えてみた。
(ダメだ。義兄上はきっとそれならそれで、浅井の力を当てにしないまま、上洛戦を決行されるはずだ……)
もちろん、我らの事情をよくよく話せば、ご理解はいただけるだろうが、それでは浅井は義昭公の幕府において、役立たずという評判を得ることになるだろう。それは俺にとって屈辱以外の何物でもない。
ゆえに、妥協点を探すべく訊ねることにする。
「では、5千は無理として、如何ほどならば出せるのか?政元、どう……」
しかし、そう言いかけたところで、その視線の先に政元がいないことに気づき、俺は言葉を詰まらせた。
「殿……丹波守様は、今若狭にて……」
「わかっておる。少し忘れていただけだ。それで、赤尾。今の問いであるが……」
「申し訳ございませぬが、おそらくすぐにはこの場にいる誰も答えられないかと。後ほど確認してから、ご報告いたしたく……」
政元ならば、すぐに答えてくれていたのにと思うと、少々残念にも寂しくも感じるが、奴がこの場にいないのは、自分に原因があると分かっているので、この場は赤尾の言葉を受け入れることにした。
だが、皆の表情を見ると、おそらくだが2千あるいは3千集まればいい所だろうなと思った。
「……それにしても、織田殿は一体何様のつもりであろうか。一方的に日時を決めて、兵を出せとは。これでは、我ら浅井はまるで家来のようなものではないか」
「そのとおりですな、田屋殿。特に佐和山は我が居城。それを自分の城のように合流場所に指定して来るとは、無礼千万!某は、承服いたしかねる!」
そして、集める兵の数に関する話が終わったところで、田屋の伯父上と磯野が不満を爆発させた。その言い分はもっともだと思う一方で、俺の矜持を傷つける。やつらの言い分を面と向かって義兄上に言えれば何と良きことか。そんな誘惑にかられるが、実際にはできるはずもない。
そんな自分が情けなく思った。
「殿……今日の所は皆、急なお話ゆえ、混乱するのはやむを得ぬかと。それゆえに、どうか明日また改めて集まっては如何でしょうか?」
「そうだな……ではそうしよう」
こうして、目的だった陣触れができないまま、今日の評定は散会となった。




