第15話 寧々さん、後腐れなくもう一度振るように頼まれる
永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲城 寧々
「お屋形様。お呼びと聞きましたが?」
「おお、寧々。よくぞ参った。どうだ?美味い金平糖があるのだが、一つどうだ?」
これは一体どうしたことだろう。金平糖は信長様の大好物で、人に分け与えるという話は、前世も含めて聞いたことがないというのに。そう……確か、盗み食いをした小姓をお手打ちになされたこともあったような……?
「あの……そのように、わたくしの機嫌を取らなければならぬことでも起こったのでしょうか?」
「う……うむ。流石は寧々ということか。これしきのことで誤魔化されてはくれぬか……」
「いや、子供じゃないんですからね。お菓子程度で誤魔化されるわけないでしょ?」
「うそ!これ、結構貴重なものだと思うんだけど!?」
そう言いながらも、掴みは十分とばかりに信長様は話し始めた。藤吉郎さが馬鹿なことをして謹慎していること。そして、わたしに一度きちんと話す機会を設けて欲しいと。
「お屋形様……あの、それは……」
「わかっている。おまえが藤吉郎のことを避けていることはな。だが……聞けば、駆け落ちも辞さぬ勢いで密会していたのに、いきなり人が変わったように態度が急変して振ったというではないか。ヤツからすれば、意味が分からず混乱するのも当然ではないかな?」
「そ、それは……」
まあ、実際に向こう63年の人生を経験したわたしとあの瞬間に入れ替わったのだから、「人が変わったように」というのは間違ってはいない。確かに昔のあの時間は、お屋形様のいうとおりイチャイチャしていて、求婚されたらそのままあの神社の裏で盛ってしまったのだから。
だから、それだけに今世の藤吉郎さにとっては、酷な振り方だったと理解した。
「つまり、お屋形様は藤吉郎殿が道を踏み外すことなく、再出発できるようにきっぱり後腐れなく『振れ』と仰せなのですね?」
「やっぱり、振るのか?この俺が両手をついてお願いしても、無理なのか?」
「はい、無理でございます」
「即答!?」
信長様は驚かれているが、わたしにだって言い分はある。何しろ、浮気はするし、作った隠し子は押し付けるし、止めても無視して欲望のまま好き放題するし、挙句……わたしには何も残さなかった。家族さえも。
愛情が完全に冷めたわけではないけれども、そのためにもう一度あの人生を繰り返したいとは思えなかった。金や権力があれば、何でも許されると思ったら大間違いだ。だから、信長様の言葉といえども、頷くわけにはいかない。
「そうか……それなら、仕方がないな。ただ、振ってもよいから、おまえの想いをきちんと伝えてやってくれ。それがきっと藤吉郎のためになる……」
「わかりました。御意に従います」
藤吉郎さは、前世で犬猿の仲であったはずの柴田勝家殿の屋敷に一先ず閉じ込められているという。ため息が出そうになるが、早速そちらに出向くことにしたのだった。ただし……容赦はしない。




