第152話 寧々さん、解決の糸口をつかむ(後編)
永禄11年(1568年)8月中旬 近江国小谷 寧々
「まあ……そうおっしゃられるのであれば、教えて進ぜようが……」
虎哉和尚は、権威主義の左少将様の矜持をへし折るには、それを上回る権威で上から押しつぶせばよいのだと言った。しかし、具体的にそれが何か。わたしは理解できなかった。
すると和尚は、一言「ご宸筆を賜れば」と言った。ご宸筆とは、主上直筆のお手紙である。
「ちなみに何と書いてもらえば……?」
「左少将様宛で『織田上総介をこの先も支えてやってほしい。そなただけが朕の心の頼りだ』とでも主上に書いて頂ければよろしいかと。さすれば、権威主義の左少将様の事。これより優先すべきことなど無しと……まあ、織田様と戦われたいという欲求を自らの手で押しつぶされるでしょう」
それはこれまでの左少将様の行いを見れば、その通りだと思った。ただ、権威で言うならば、主上でなくてもいいのではないか?
「それは、公方様からの書ではダメですか?」
「その公方様が織田様を疎まれたらどうなされますかな?恐らく高い確率でいずれそうなるでしょうし、裏でこっそり『信長を討て』などという御教書でも送られようものなら、逆に後ろ盾を得たとばかりに戦いを挑まれるかと」
それは間違っていない。義昭公は前世において各地の大名に信長様を討つようにお手紙を送られた方だ。浅井にももちろん届いていただろう。
「つまり、世俗の事柄から切り離された存在である主上のご宸筆でなければならないかと存じます。まあ……ここまで申し上げておいて何ですが、そのようなことは不可能でしょうが……」
不可能なのか?わたしはその実現性について考えた。主上には以前、京でお目にかかっている。従四位下左兵衛局という官位と称号も賜っているし、もしかしたらやり様によっては何とかなるのではないかという思いが湧いてくる。
それゆえに、わたしはそのことも和尚に申し上げた。
「いやはや……あのお嬢ちゃんにしてこの母親ありとは、まさにこのことを申しますな。しかも、従四位下とは左少将様よりも上ではありませんか。このことは、浅井の皆様は御存じなのですか?」
「あははは……流石に言えないでしょう。そんなことがバレたら、わたしきっと左少将様に嫉妬で殺されちゃうわ」
「……賢明なご判断ですな。拙僧も左様に思いますぞ」
図らずしもわたしが以前に抱いていた懸念は、和尚のお墨付きをもらってしまったが、要はバレなければいいのだ。そして、利用できるのであれば、利用しない手はない。
和尚はそれならばと、ここから先の道筋について意見してくれた。いずれにしても、今の京は三好の支配下にあるので、実現できるとしても信長様の上洛戦の後だが、『長政様が参内して、直に主上よりお言葉とご宸筆を賜る』というのが、こうして最終目標に定まった。
「ところで、話は変わりますが、お宅のお嬢ちゃんの事なのですが……」
「うちの莉々がまたご迷惑をおかけしたのですか?それはまことに相済みませぬ……」
「いや、そうではなくてですな」
半兵衛の宿題の件が片付いたところで、和尚は話題を変えてわたしに言った。「もういっそのこと、兄君と共にここに通わせては」と。
「それは……」
「ほとんど毎日来られては、こちらの方からお家までお送りするのは、負担になると茂助から言われましてな。まあ……ここで学ばれるのは悪い事ではありませぬし、何より奥方様もその方がこれより動きやすいのではありませぬか?」
「それは……。しかし、本当にお願いしてもよろしいのですか?」
「構いませんよ。これも御仏のお導きでしょうから」
その事を莉々に伝えれば、きっと大喜びするだろうなと思いながら、わたしは和尚のご好意に感謝するのだった。




