第149話 勝蔵は、宴の余興で最強に挑む
永禄11年(1568年)7月下旬 近江国小谷 森勝蔵
親父がタヌキみたいなおっさんと楽しそうに話をしている。だから、今が好機と思った。何しろ、俺が母上の制止を振り切って、親父についてここに来た理由は……天下無双の剣豪と名高き、先の公方様に土をつけたという、この女と死合をするためだ。
「あの……よろしいですか」
「あら?あなたは、確か森殿の……」
「倅の勝蔵です。奥方様、突然ですが……どうか俺と剣を交えて頂けないでしょうか!」
勝てば俺こそが最強であると証明できる。そう思って、「お願いします!」と頭を下げると、ゴツンという音と共に頭に強烈な痛みが走った。
「いってぇえええ!!何すんだよ、親父!!」
「何をするんだというのは、こっちの言葉だ、勝蔵!あれほど、大人しくしておれと申したのに。しかもおまえ、このお方をどなたと……」
「いいのですよ、森殿。子供のしたことではありませんか」
「子供じゃないぞ!もう下に毛だって生えてあるんだぜ!」
どうだ、これでもまだ子供だというのかと、俺は胸を張ったが……部屋中のあちらこちらから笑いの声が漏れた。しかも、親父のため息の音まではっきりと聞こえた。
ゆえに、俺は馬鹿にされたと思って、改めて奥方様に決闘を申し込んだ。一度でいいから戦ってくれと。すると、願いが通じたのか「いいわよ」という答えが返ってきた。
「まあ……祝言の座興と思えばいいかしらん」
「お、おい……寧々。大丈夫か?」
「あははは!大丈夫よ。わたしがいくらお酒をたんまり飲んでいるからって、こんなお毛々が生えたばかりのお子様になんか負けると思って。丹波のタヌキさん?」
「いや……そうじゃなくて、俺が心配しているのはだな。そんなに飲むまで放っておいた俺も悪かったが……」
丹波守様は、どうやら俺の実力を見抜いたらしい。奥方が痛めつけられるのは、夫として不本意なのだろう。だが、容赦はしない。
「じゃあ、始めようか。どこからでもかかってきなさい。かっちゃん♪」
庭に出て、互いに木刀を握り準備を終えると、寧々殿はニッコリ笑って俺にそう言った。しかし、それは油断だ。
「はあああああ!!!!!!」
先手必勝。俺は開始と同時に駆け出して、渾身を込めた一撃をその脳天目掛けて振り下ろした。相手が油断していようがいまいが、勝てばいいのだ。卑怯とか汚いとかは敗者の戯言だ。
ガン!
「え……?」
渾身の一撃は難なく跳ね飛ばされて、木刀を失った俺に寧々殿は涼しげにこう言った。
「ふふふ、まだまだ青いわね。毛は生えているっていっていたけど、剥けたらまたおいで。一から鍛えてあげるわ」
……剥けたらって、一体何がだ?
「おや?寧々様。子供相手に随分と楽しそうに、大人げないことをされておりますな。しかも、今の卑猥なご発言。……さては、またお酒が過ぎておりますな?」
突然聞こえてきた声に、思わず視線を向けると……同じように振り返った寧々殿が顔を青くして怯えているのが見えた。見ると、その男の人は後頭部を押えながら、もう片方の手で俺の飛ばされた木刀を握って、そこに立っていた。
「あ、あのね……今日の寧々ちゃんは、お酒、ほんの少しだけしか飲んでないよ。ホントだよ」
「先程たんまり飲んでいると仰られていたかと記憶しているのですが、それはまあいいでしょう。では……これは何本に見えますか?」
「えぇ……と、8本?」
いや、どう見ても2本だろう……。
「あれれ?ちょっと間違えたみたいだわって、いたたたた!やめて、頭ぐりぐりの刑はなにとぞぉご勘弁をぉ!!」
「あれほど、飲み過ぎるなと申し上げましたよね?」
「そ、そうです!申し上げられました!本当です。信じてください!」
はぁ……何を言っているのかわからないが、どうやら俺は酔っぱらいの女に負けた様だ。そう思うと流石に凹む。
「……勝蔵。帰ったら、わかっているだろうな?」
そして、そんな傷ついている俺に親父は容赦することなく、死刑宣告を下した。どうやら、屋敷に帰ったら折檻部屋に直行のようだ。ああ……帰りたくない。




