第14話 信長様は、藤吉郎の暴走に頭を抱える
永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲城 織田信長
「な……ななな、なんだと!?藤吉郎の手の者が、元康の首を狙って返り討ちに遭っただと!!」
「下手人の名は、蜂須賀小六。美濃国川並衆の頭領にございますが……ここのところ、藤吉郎の側にいたことは某も存じております」
「なんということだ……あのくそたわけめが!」
早朝の清洲城に青い顔をしてやってきた柴田の権六から事の次第を聞いて、飯粒を飛ばすことも厭わず驚き、そして……頭を抱えた。一体、どうしてそんなことになったのかと。
「……幸いと言っていいのかわかりませんが、松平の者は美濃の斎藤龍興の手の者だと思ってくれているようです。しかし……本当に命じておられないのですね?」
「当たり前だ!昨日、事の全てを沢彦禅師に知られて、大目玉を喰らったばかりだというのに、流石にすぐには事を起したりせぬわ!!」
しかも、帰蝶には泣かれ、市からは「卑怯者!もう兄上とは口を利きませぬ!」とまで怒鳴られる始末だ。機嫌を直してもらおうと差し出した金平糖は頭に投げつけられて、最後は土下座して謝って何とか許してもらったが、あれは本当に堪えた……。
「でしたら……藤吉郎の独断と言うことですか……」
「それしかないだろうが……」
はぁっとため息を吐いて、権六も頭を抱えた。そういえば、最近何かとこの男は藤吉郎の肩を持つようになった。きっと、此度のことも残念に思っていることだろう。
「それで……藤吉郎は今何をしておる?」
「松平の目もありますので、一先ず我が屋敷にて閉じ込めております。やはり……切腹、ですか……」
「そうしたくても、それは無理だろう。そんなことをしたら、我らが企てたことだと松平に教えるようなものだからな」
「では……ひと月の謹慎と共に、草履取りへの降格というのではいかがでしょう。表向きはそうですね……お屋形様ご秘蔵の金平糖を盗み食いしたとかで」
「金平糖を食べたからって重いな、その罰は……。だが、そうだな。俺も、ヤツの才能は買っているから失いたくはない。かまわぬ、それで進めてくれ」
「かしこまりました」
こうして藤吉郎の処分が決まったところで、権六と共に大きなため息をもう一度吐いた。そして、そもそもどうしてこのような事になったのかと、訊いてみる。
「おそらくですが……寧々殿と結婚したいがために、功を焦ったのではないかと」
「そういえば……元康の暗殺が上手くいけば、侍大将にしてやると約束したな。だが、侍大将になったところで、あの女は靡くとは思えぬのだが……?」
「某もそう思います。ですので、やつには諦めて我が姪と一緒になったらどうかと勧めたのですが……」
「おいおい、権六。おまえの姪って、まだ5歳ではなかったか?」
「あと10年も経てば、子を産める年になりますので問題ないかと」
「いや……流石にそれはないな」
そういう人の心の機微がわからぬから、おまえもモテぬのだと言いたくなったが、口には出さなかった。しかし……やはり、藤吉郎については、まずは寧々との関係を何とかせねばならぬと思った。
「結果はどうなるかはわからぬが……一度、じっくりと話し合う機会を設けさせようかのう」
さもなくば、藤吉郎はきっとこのまま暴走を繰り返したあげく、破滅への道を進むだろう。それは俺の望むところではない。それゆえに、寧々をこの場に呼ぶようにと小姓に命じたのだった。




