第143話 お手紙公方は、乗り換えのお手紙を出そうと決める
永禄11年(1568年)4月中旬 越前国一乗谷館 足利義昭
京より二条太閤を招いて、余の元服式が執り行われている。なんでも、『秋』の字が不吉だどうのと細川兵部あたりが騒いだが故、このような大袈裟な儀式を執り行い、名を『義昭』と改めることになったのだが……正直どうでもよい話である。
そんなことよりも、余の望みはただ一つ。1日も早く大軍を率いて京に上り、義栄(旧名・義親)から将軍の座を奪い返すことだ。
「それで、朝倉殿。前にも言うたが、そろそろ上洛の兵を挙げてはいただけぬか。このままいつまでも手をこまねいて居れば、全国の諸大名が義栄を将軍だと認めかねないぞ」
もちろん、余のための宴でこのような事を訊くのは、無粋であることは承知している。しかし、時はいつまでも待ってくれないのだ。
「まあ、そう慌てめさるな。それについては、某にも考えがござってな」
「考え?それは一体……」
「作戦は秘匿する必要があるかと思いますので、多くは申せませんが、今年の内には必ず兵を挙げることをお約束できるように検討します」
義景は胸を張って余にそう申したが、この回答にはがっかりさせられた。もうそれなりの長い付き合いになっているのだ。「考え?そんなものおまえになんかないだろう」とはっきりとそう言いたい。言わないけど。
それに年内って……今はまだ4月だぞ。何でそんなにあやふやで動きが遅いのだ。余は以前より1日も早くと申しているではないか。しかも、それでいて「検討」とは……。この検討使めが!
「畏れながら、お屋形様。斯様なお約束を評議にかけずに軽々しく口にされるのは如何なものですかな?さては、少々お酒が過ぎましたかな」
また出たよ。大野郡司・朝倉景鏡の必殺技『揚げ足取り』。義景や先日死んだ敦賀郡司の朝倉景垙(孫九郎)が何か言えば、必ずこの男が反対意見を言って潰しにかかる。本当に鬱陶しい男だ。
「う、うむぅ……ならば、どうすればよいとそちは考えるか」
「はっ……では申し上げますが、死んだ孫九郎殿が要らぬことをしたせいで今、南の浅井との関係が悪化しております。まずは、使者を遣わして和睦を成立させてから改めてその話はなされるべきかと」
さもなければ、いずれにしても朝倉の兵が京に向かうことは不可能だと景鏡は言った。
もちろん、その言葉が間違っているとは言わない。浅井は織田と手を組んでおり、数年前ならともかく、今となっては朝倉の力だけで潰すことは無理だ。
「なんだ、その言い草は!孫九郎は朝倉のために死んだのだぞ。そう認めて頂きましたよね、お屋形様?」
「そ、そのとおりだ。孫九郎は余のため、朝倉のために名誉の戦死を遂げたのだ。式部、少々口がし過ぎようぞ……」
「某は事実を申したまで。大体、お屋形様!孫九郎に若狭へ攻め込むよう命じられたのですか?」
「い、いや……余は知らぬ」
しかし、余が聞きたいのは、こんな言い争いではなくて、上洛をいつまでに朝倉がやるのかということだ。この男の卑怯な所は、その時期を明言しないことだ。そして、義景や敦賀郡司を受け継いだ景恒が何らかの期日を言おうものなら、また揚げ足をとっていちゃもんをつけるだろう。
「そらみろ!やっぱり、余計なことをしたということではないか!!」
「黙れ!式部!!よくも、我が息子を愚弄しおって!!」
「父上、落ち着いて。公方様の御前ですぞ!」
「そう言われる中務大輔殿は得をなされましたな。馬鹿な兄のおかげで、家督を継ぐことができまして」
「な!何を申されるか!無礼が過ぎましょうぞ、式部殿!!」
はあ、ため息が出そうになる。ホント、何でもかんでも揉めてばかりで、まとまりのない奴らだ。
つまり……この連中に任せておいても、話は一向に前に進まないのだ。それならば……
「……十兵衛。あとで余の部屋に参れ」
義景と景鏡、それに敦賀郡司家の隠居である景紀と当主景恒。こやつらが言い争いをする脇で、余はこっそり明智十兵衛を呼び寄せた。目的は、ヤツを通じて美濃の織田に渡りをつけることだ。書状は既に用意してある。
「よろしいので?」
「ああ……構わん。余はこれを見て、決心がつかぬ愚か者ではないわ」
目の前では、相変わらず言い争いが続けられている。三者三様、どいつもこいつもろくでもないが、一番悪いのは決断できない当主義景だろう。世話になったことには感謝しているが、余はいずれ沈むと分かっている船に乗り続けるほど、愚かではないのだ。




