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第140話 信長様は、小谷を訪問する

永禄11年(1568年)3月中旬 近江国小谷城 織田信長


「ふむ……」


小谷の城に入る刹那、左方の虎御前山に築かれた砦を見て俺は思う。もし、この小谷を攻めるようなことになれば、苦戦は確実。下手をすれば、数倍の兵を擁しても、落とすことは叶わないことを。


(実に見事な築城術よ。これは、侮っていい相手ではない……)


その相手が竹中半兵衛なのか、それとも浅井左少将なのかはわからないが、いずれにしても今の浅井家を敵に回すことはできないことだけはよく理解した。


「遠路はるばる、ようこそお越しいただきました。義兄上」


「わざわざの出迎えかたじけない。わが義弟よ」


そして、本丸玄関まで出迎えた浅井左少将は、実にさわやかな好青年であった。ならば、俺としても、好意を抱かないわけにはいかない。我らは、本当の兄弟のようにと思い、案内されるがままに広間に入った。


「兄上!お久しゅうございます」


「おお、市か!元気そうだな。あと、そちらの子が……」


「はい、我が浅井の嫡男、猿夜叉丸にございます!」


水面下の話は、俺の耳にも入っている。左少将には八重という側室がいて、そちらに次男を産ませたらしい。それゆえに、市は我が子こそが跡取りであると、この場にて皆に知らせたいのだろう。ならば、妹のために一肌脱ぐのはやぶさかではない。


「猿夜叉丸殿。俺が伯父の織田上総介だ。さあ、こっちへ来るがよい」


懐には金平糖が入った袋をきちんと用意している。膝の上に来たところで、一粒、二粒与えてやれば、きっと俺に懐いてくれるはずだ。それは、この浅井家において猿夜叉丸こそが嫡男であることを印象付けることにつながるし、何よりも他日我が悴、奇妙丸の力になる。


しかし、そう思ってはいるのだが、どういうわけだか猿夜叉丸は俺のところに来ようとしない。 市もどうやら想定外だったようで、どうしたらいいものかと戸惑っていると、その後ろからそっと耳打ちする子供がいた。


(なんだ?あの子は)


そう興味を抱いていると、猿夜叉丸の表情が一変して、俺の元に歩み寄ってきた。ゆえに、予定通りに猿夜叉丸に金平糖を授けると、先程の子を紹介するように左少将に促した。


「万福丸、こちらへ」


「はい」


斯波万福丸——。名は知っている。寧々が数年前に市のことを慮って、我が子として引き取った左少将の隠し子だ。血縁関係が全くないのに、名門斯波家の家督を継がせることになったと知らされた時は、帰蝶と共に大笑いしたものだが……そうか。それがこの子か。


「そなた先程、猿夜叉丸殿に何か耳打ちをしたな。何と申したのだ?」


「行かねば、確実にお母上の折檻が待っておりますぞ、と」


「ははは!なるほど、それは効果てき面だな。市、それに寧々、そなたらは良き母親をやっておるようだな?」


「「恐れ入ります」」


「それで、万福丸殿。もう一つ聞きたいのだが、どうしてそれを猿夜叉丸殿に言った?別にそなたが言わずともよいのではないか?」


「それでは、ボクの良心がボクを許してくれません。まして、猿夜叉様は主にして、弟のようなもの。厳しいお叱りを受けると分かっているのに、見捨てるなどできません」


「万福兄上ぇ……」


その言葉に感極まったのか、猿夜叉丸は大粒の涙を流していた。ただ……俺は直感的に感じた。この子は野放しにしては危険な存在だと。


「なあ、寧々。この万福丸だが、俺に預けぬか。もちろん、人質とかではない。この俺が我が子同様に育てて、いずれ大名に取り立てよう。そうだな……長じた暁には、斯波家のかつての居城である清洲城に尾張半国30万石ではどうだ?」


その言葉に、この場にいた者の多くがざわついた。実質人質ではないかと憤る者、幼子に30 万石とはいくら何でもやりすぎではという者。大体この二つに分かれるが、俺は答えを寧々から受け取るべく、雑音に耳を傾けない。すると……


「恐れながら、某の家臣には喜太兄ぃがおりますゆえ、ご辞退させていただきます」


なんと、そう答えたのは寧々ではなく、この万福丸だった。しかも、その理由が斎藤龍興を家臣にしているからというのだから、驚きだ。


「なるほど……確かに、その者は同行させるわけにはいかぬな·……」


「はい、それが上総介様の御為になるかと」


多くは語らない。だが、それゆえに小賢しい。俺は「それならば仕方ないな」と笑いながらこの提案を引っ込めるも、この子に娘を差し出すことを考える。獅子の子は鎖で繋がねばいけないとして。

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