第13話 蜂須賀小六は、活躍せぬまま退場する
永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲城下 蜂須賀小六
「頭……本当にやるんですかい?」
辺りが静まり返った真夜中。松平元康の宿所を前にして、配下の者が不安そうに確認してきた。もっとも、この者が言いたい気持ちもよくわかる。何しろ、俺自身が馬鹿げていると思っているからだ。
しかし、だからといって、泣きながら頼み込んできた藤吉郎の頼みを無下にすることはできなかった。俺たち川並衆は美濃の者と言うこともあり、表向きは同盟を阻止しようとする斎藤龍興の手の者ということで、これからこの宿所に押し入る手筈となっている。
「では……皆の者、かかれ」
あまり大きな音を立てるわけにはいかない。寝込みを襲わなければ、多勢に無勢で勝ち目はないのだ。塀を乗り越えて、内側に入った者が門を開けて……俺たちは元康の首を取るために押し入った。幸いにして人の姿は見当たらない。ゆえに、このまま行けると思ったのだが……
「なんだ?貴様らは。いや、聞くまでもない事か。……敵だな」
あらかじめ聞いていた元康の寝室に隣接する中庭で一人立つその男は、只者ではない風格を漂わせていた。もっとも、そうだからといって、今更尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。腹を括って、部下たちに攻撃を命じた。
「ふん!」
槍が一閃。その一振りで、幾人かが鎧もろとも体を真っ二つにされた。それゆえに、ここは俺が受け持たなければ犠牲者が増えるだけだと考えて、自ら前に出た。そして、同じように槍を構える。
「ほう……その方は大将というだけあって、少しはやるようだな」
「お褒めに預かり光栄だな。まあ……見ての通り、こちらは名乗るわけにはいかないが……貴殿の名は聞いて構わぬか?」
「ああ、いいだろう。俺は、本多平八郎……では、参る!」
それは、鋭くかつ強烈な攻撃だった。とてもじゃないが、一瞬で敵わない相手だと理解した。だから、部下たちに逃げるように命じた。「龍興様に作戦は失敗だと伝えてくれ」と、わざと美濃の手の者であるかを偽装して。
「うぐっ!」
そして……ついにその時が訪れる。少し下を見れば、本多の槍は俺の胸を突き刺していたのだ。同時に口から止めどなく血が噴き出た。
「さて、間者。おまえ、本当は誰の命令でここに来た?」
「ふっ!言うと思ったか?」
「さっき、美濃って言っていたじゃないか」
「…………」
これで良しと思った。どうやらこの若武者は、俺を美濃の手の者と認識してくれた様だ。あとは、偽の指令書が懐に入っているので、それを見れば勝手に話を結論付けてくれるだろう。
つまり……俺の役目は終わったということだ。
「……せめてもの情けだ。止めを刺してやろう」
そう言って本多は、容赦なく俺の首に脇差を当てた。
(藤吉郎……すまぬ。ここまでのようだ……)
最後に浮かんだのは、あの人たらしの笑顔。それも一瞬で消えて……




