第130話 寧々さん、美濃に行く口実を手に入れる
永禄10年(1567年)12月中旬 近江国小谷 寧々
正直、お義父様が来たと言われ、それを理由に席を立つことができてホッとしていた。
(まさか……あの人が斎藤龍興だったとは……)
半兵衛を頼ってきているとはいえ、浅井家は織田家の盟友だ。突き出すべきか、それとも他国に行くなら見逃すべきか……口にするわけにはいかなかったが、心の内で迷っていたのだ。
だが、それは一先ず置いておいて、わたしはお義父様の応対のために、別室に入る。すると、今日のお義父様は珍しく莉々たちを周りに侍らしてはいなかった。それゆえに、どうやら真面目な話だと推察して、身構えた。
「実はな……」
そして、スッとわたしに差し出したのは、斎藤に嫁いだ妹君……つまり、わたしが現在進行形で頭を悩ましている龍興のお母上からの助命嘆願であった。そこには、「どうか織田様にお口添えを頂きたく……」と記されていた。
「お義父様……」
「わかっておる。そなたは『甘いことをいうな』というのだろうな。だがのう、美代は……儂の妹は、儂のために斎藤に輿入れしたのだ。この浅井家を護るためにな。ならば、この願いを無視するのは忍びないのだ……」
だから、お義父様は言う。その仲立ちのためにわたしに美濃へ行って貰いたいと。それは丁度、対朝倉のために支援を約束してもらわなければと考えていたわたしにとって、好都合な話であったが……
「そなたならば、織田殿に顔も効くし、何よりも言いたいことをズケズケと言えるだろう?」
……などと言われたら、流石にイラっと来る。ただ、相手はお義父様だし、その事を申し上げるわけにはいかないのと……
「どうか、お願いできないだろうか」
……と、両手を合わせて「頼む」という姿を見せられてしまえば、わたしの答えは決まる。元々、この家に現在進行形でその龍興が留まっていて、こちらとしても信長様を説得できれば、渡りに船であるからし、もう迷わなかった。
「わかりました。お義父様の妹君の子となれば、うちの人にとっては従弟になるわけですし、お力をお貸しすることにしましょう。ところで、実はなんですけど……」
わたしは、今、茶室でその龍興が居ることをお義父様に告げた。
「どうされます?会われますか」
「会われますかって……その前に、どうしてそんなことになっているのだ?」
それはそう訊かれるだろうと思いながら、わたしは驚くお義父様に事の次第を説明した。美濃を失い、思うことがあったようで、昔諫めてくれた半兵衛に詫びに来たと。
「そうか……喜太郎は反省しているのか」
「はい。ただ、ご存じのように半兵衛は今、若狭に行っておりますので、これからどうされるのか。まだ、はっきりとおっしゃられては……」
それゆえに、信長様に相談しに行く以上は、しばらくこの小谷に留まってもらった方がいいだろうとわたしは提案した。
「だが……織田殿が許さんと言ったらどうする?」
「そのときは、最早これまでと淡海の海に身投げしたことにして、叡山にでも預けましょう。あそこならば、知っている方も居ますし……」
「義輝公か……」
「はい。あの方ならば、きっとわたしたちの味方になってくれるはずですわ。貸しは以前いっぱい作ってきましたので。ほとぼりが冷めるまで秘密を守ってくれることでしょう」
やはり、わたしも殺すという選択肢はない。どうやら、お義父様と同じで甘いようだ。
しかし、龍興は同じ半兵衛の凍てつくお説教を受けた同士なのだ。助けられるのならば助けてあげたいと思った。




