第128話 寧々さん、同志を見つける
永禄10年(1567年)12月中旬 近江国小谷 寧々
結論から言うと、若狭では大きな戦は起こらなかった。わたしは知らなかったが、どうやら半兵衛があちらこちらに調略を仕掛けていたらしい。最後は、後瀬山城に居た守護の武田孫犬丸様が孤立無援のまま降伏なされて、若狭は事実上浅井家の版図に組み込まれた。
但し……それを快く思わぬ者もいる。越前の朝倉だ。
義父である久政様から聞いた話では、つい5日前にも敦賀郡司の朝倉孫九郎が来て、再度、武田孫犬丸殿の引き渡しと無条件での若狭からの撤兵を求めてきたそうだ。当然、浅井家中では反発する声が高まっているし、なにより長政様自身も要求を拒否する方向に傾いていると聞く。
「まあ、うちと朝倉の仲が悪くなるのは、金ヶ崎であちら側に付く可能性が減るわけで、悪い話ではないけど……」
それでも、朝倉は70万石を越える領土を持つ大国。若狭を含めても、その半分しか持たない浅井家が真っ正面からぶつかって勝てる相手ではない。そのため、信長様との連携を強化しておく必要があるだろう。
ただ、問題はうちの人も半兵衛も慶次郎も皆若狭に行っていて、わたしの元には人がいないのだ。
流石に、長政様に直談判をするわけにもいかないし……結局、わたしはこうして暇を持て余して、友松尼殿に描いてもらった朝倉孫九郎の糞の似顔絵を貼り付けた的を目掛けて、射撃練習をするしかなかったりする。これはこれで、スカッとして癖になりそうではあるが……しかし、そのときだった。
「寧々様。屋敷の外をウロウロしながら、中の様子を伺っていた不審者を捕えたのですが……」
慶次郎の叔父で、この屋敷の留守を任されることになった佐脇藤八郎殿がそう事態の発生を告げてきた。まあ、叔父といっても慶次郎より2つほど年下で、こちらも中々の美男子。目の保養になるが……。
「寧々様?」
「ああ、ごめんなさい。それで、捕まえたってどんな人なの?」
「歳はまだ若く、身なりは少し薄汚れているものの、どこか気品が漂う者にて……あと、その者は『半兵衛殿はいるか』とも……」
「半兵衛?」
その言葉に、わたしは首をかしげてしまった。こういってはなんだが、どう考えても半兵衛に慶次郎という変わり者以外に友達の類がいるとは思えない。
しかし、それは藤八郎殿も同じ意見だったようで、「もしかしたら、引き抜きに来た他国の回し者では?」と、わたしに即刻首を刎ねてはと提案してきた。
「いや……流石に疑惑で処刑はできないでしょ」
「そうですか?そこの的に立たせて、射撃したら楽しく踊ってくれるのかと思いましたが……」
なんと楽しそうな提案をしてくれるのだと少しだけ感心したが、さっきも言った通り、疑惑だけで処刑はできないし、友達じゃなくても本当に半兵衛の知り合いだったら、あとで的の前に立たされるのはわたしたちになりかねないのだ。
だから、わたしはその者に会うと藤八郎殿に告げた。すると、しばらくして確かに薄汚れてはいるが、どこか気品のある身分の高そうな若者がわたしの前に連れてこられた。
「あの……半兵衛に何の御用で?」
「…………」
しかし、当然かもしれないが、そう簡単に口は割らないようだ。ゆえに、少々脅しをかけてみることにした。
「あら?答えたくないの?だったら、藤八郎殿。この方を的の前に立たせてくれる?」
「な、何をする気だ?」
「いえ、丁度射撃の練習をしていましてね。あなたをその的にしたら、面白いのではないかと」
「ちょ、ちょっと待て!何でいきなりそうなるんだ!?」
「だって、あなた。わたしの質問に答えてくれなかったじゃない」
これでも答えてくれなかったら、こういう厄介ごとがプンプン臭うモノは、さっさと始末するに限る。すると、わたしの覚悟が伝わったのだろう。この若者は顔を青くして、その目的を白状し始めた。
「俺は……半兵衛に謝りたいと思ってここに来たんだ」
「謝る?もしかして、わたしみたいにお酒で羽目を外し過ぎて、怒りでも買ったの?」
「……その通りだな」
「わかるわ、その気持ち。あの人、怒らせるとホント怖いからねぇ……」
蜂須賀丸での一件は、今でも思い出に残る恐ろしい体験だ。あの日、屋敷に帰ったわたしを襲ったネチネチいびる魔王の凍てつく『お説教』は、もう二度と味わいたくはないと心の傷だ。
だが、そうなるとこの人はわたしの同志ということになるわけで、急に親近感も湧いてくる。ゆえに、すっかり警戒を解いてしまい、「お酒はダメだけど、茶は如何ですか?」と誘ってしまった。
もちろん、二人きりではなくて、藤八郎殿にも同席して頂くようにはしたのだが……これがのちに頭を抱える事態に繋がるとは、この時のわたしは思いもよらなかったのだった。




