第127話 寧々さん、信長様の美濃平定を聞いて
永禄10年(1567年)9月下旬 近江国小谷 寧々
信長様がついに稲葉山城を落して、美濃を平定したという知らせは、この小谷にも届いた。
これで我が浅井家の後背は、頼もしき盟友に預けることができて安定することになるが、これはわたしにとって予定された事柄であったため、これからやろうとしていることに何ら影響は及ばないだろう。
何をやろうとしているのかって?それは……
「うぉー!寧々ちゃんだ!!」
「我らが女神様ぁ!!」
「寧々ちゃん!寧々ちゃん!寧々ちゃん!」
……こほん。誤解しないでもらいたいのだが、これは決して今から阿国踊りをするとか、歌うからとかで、皆が声を挙げているわけではない。……というか、蜂須賀党の連中も調子に乗るなと言いたい。まあ、あの宴では迷惑をかけたとは自覚しているけど。
「静まれ!これより、若狭侵攻作戦を開始するにあたり、寧々のお方様より皆にお言葉を賜る!」
そう……今、半兵衛が言ったように、これから楽しそうに声を挙げていた蜂須賀党の方々を含めた我が浅井の将兵をうちの人を総大将に戴いて、隣国・若狭国を平定するために送り出すのだ。浅井家が信長様に滅ぼされることがないようにする一手として。
兵力は5千。これは、浅井家が現在動員することができる最大兵力のおよそ3分の2だが……後背が安定したことと政元様の改革によって財政が上向きになったことによって実現できたのは大きい。
ちなみに、対する若狭武田家は国中の国人たちが結束しても、2千にも届くかどうかなので、今の分裂している状況で各個撃破していけば、平定自体はそう難しくないそうだ。
なお、なぜ若狭に攻め込むのかということだが……この先に待ち構えている金ヶ崎の戦いの原因は、そもそもこの若狭の内乱を信長様が口実にして兵を北に向けたことにあるのだ。ゆえに、今回の作戦でそれらの種を根こそぎ取り除けば、金ヶ崎の戦い自体がなくなるかもしれないというのが半兵衛の献策であった。
加えて言うならば……仮に金ヶ崎の裏切りを阻止できなかったとしても、若狭を完全に掌握していれば、信長様の退路を断ち、確実に仕留めることができるという効果も見込めるとも。
流石は今孔明だ。つまり、抜かりはない。
「皆さん、朝から元気ですね。頼もしく思いますわ。ですので、わたしは皆さんが無事に作戦を完遂させて、再びわたしに会いに来てくれると信じております。そう……信じておりますわ。だから、絶対に勝ってきてくださいまし!」
「うおー!!寧々ちゃあん!!」
「寧々ちゃん!我らが女神様、万歳!」
「女神に護られし、我らが浅井家に栄光あれ!!」
そして、わたしに与えられた役割は、皆の心の拠り所になる『偶像』になるということだ。見渡せば、どうやら蜂須賀党以外の将兵からも声が上がっているので、半兵衛の思惑通りに事が運んだとみて間違いはなさそうだ。
しかし……はっきり言って、いくら勝ち戦であっても多くの人が死ぬのだ。今この台上から見えている一人一人の顔も帰ってきた時には、いなくなっている者も少なくないだろう。それを思うと、心苦しく思わないわけではない。
「寧々様……」
「大丈夫。わかっているわ」
だが、わたしは迷わない。恐れない。この罪はもしかしたらいつか受けなければならないとしても、それは今ではない。浅井家の……わたしの大切な人たちのために、犠牲者に例え恨まれても厭わない。
だから、わたしは飛びっきりの笑顔で手を振り、彼らを送り出した。




