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第12話 藤吉郎は、淡い夢を抱くも……

永禄5年(1562年)1月中旬 尾張国清洲城 木下藤吉郎


もうじき帰蝶様が亭主となり、松平元康に茶を振舞われる手筈となっている。だが、その茶の中にはトリカブトの粉末が混ぜられているのだ。そして、目論見通りに行けば、お屋形様より褒められて、わしの位が上がる……。


「ぐふふ……これで、寧々殿もきっと考え直してくれるはずだ」


噂によれば、寧々殿は実の所、高貴なお姫様だったようだ。だから、気づいたのだ。フラれたのは、わしの身分が低くて貧乏だからだと。それなら、その身分を上げて、いい屋敷に住めるようになりさえすれば、問題は解決だ。


「あのな……藤吉郎。いくら出世しても侍大将だろ?おまえのいう高貴なお姫様には、まだまだ釣り合いが取れぬと思うが?」


「そんなことはないぞ、小六どん!高貴なお姫様と言っても、寧々殿は庶民派だ。侍大将になったわしの姿を見れば、きっとイチころよ!」


「……おまえ、意味わからんぞ?」


蜂須賀の小六どんはどうやら呆れているようだが、この清洲の城下でつい此間まで下級武士の娘を装って暮らしていたことを考えれば、いくら高貴なお姫様とはいっても、何かの事情を抱えているのだろう。侍大将にさえなれば、あとは付け入る隙もあるはずだ。


「おっ……来たぞ」


そう独り夢想していると、小六どんの声が聞こえて慌てて頭を下げた。もうじき骸となる男だが、今はまだ織田家の賓客だ。家臣として礼を尽くす必要があった。しかし……


「えっ!?」


行列が通り過ぎて、頭を上げたその視線の先に坊主の姿があった。しかも、元康の後ろに続き、茶室に向かっていく。そして……同時に慌てふためくお屋形様の姿も確認できた。


「これは一体……?」


「藤吉郎……お屋形様がお呼びだ」


「へっ?」


不意に静かに声を掛けられて、振り返るとそこには権六殿が立っていた。ただ……その表情はどこか青い。それゆえに、何かあったのだろうと思い、導かれるまま後をついていく。すると、その先にはお屋形様が同じく真っ青な顔をして立っていた。


「あの……お呼びで?」


「藤吉郎……暗殺は中止だ。このトリカブト……至急、処分してまいれ」


「はい!?」


どうして急にそんな話になるのだ!元康を殺らねば、わしは寧々殿と結ばれぬというのに!


だが……そんなわしに権六殿が説明する。元康の後に続いて茶室に向かった僧は、お屋形様の師である沢彦禅師たくげんぜんじであると。


「そのようなお方を殺すわけにはいくまい?」


甘い……そう思った。坊主ひとりを犠牲にすれば、三河一国が手に入るのなら、ためらうような話ではない。だから、あえて翻意を促すような言葉を口にした。「この千載一遇の機会を逃してはなりませぬ!」と。


しかし……返ってきたのは、顔面を打ちのめす拳だった。


「このたわけが!そのようなことをしてみろ!甲斐の武田も越後の上杉も、皆、敵に回してしまうわ!!」


お屋形様に代わって権六殿が補足するように言ってくれたが、沢彦禅師はお屋形様の師というだけでなく、諸国に名が知れた高僧で武田と上杉とも親交があると。だから、禅師を巻き込んではならないのだと……。


そんな馬鹿なと……夢が崩れていく音が聞こえた。

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