第123話 蜂須賀党は、再出発する
永禄8年(1565年)4月下旬 近江国虎御前山 蜂須賀七内
正月の雪解けから取り掛かったこの『蜂須賀丸』の建設は、今日でようやく終えることができた。よって、今宵はお力添えを頂いた丹波守様と寧々の方様を主賓としてお招きして、今、ささやかではあるが宴を催している。催しているのだが……
「あははは!七内、あんたもやるじゃない!あの慶次郎から美里さんを寝取って、もうすぐ雨森さんちの入り婿になって、清兵衛さんって名乗りを変えるんですってね!もう、お姉さん、びっくりだわぁ!!」
「お、おい、寧々……七内殿が困っておるゆえ、絡むのはその位でな……」
「なによ!丹波の狸さん。可愛らしいお顔をして、わたしになんちゅう口を利いているのかしら?まあ、かわいいから許してあげるけどね」
はっきり言おう。寧々の方様は途轍もない酒乱だ。まあ、飲みっぷりが豪快だったからと、どんどん勧めた我らも悪いのだが……御夫君であらせられる丹波守様も大困りされている。
「さて、そろそろ脱いで、ひとさし舞おうかしら?」
「え?」
しかも、背中をバシバシと叩かれている耳元で、またとんでもない言葉が聞こえてきた。今、脱ぐって言わなかったか?この人。
「みんなー!これから披露するのは、阿国踊りって言ってねぇ!」
「ちょ、ちょっと、寧々。本気で止めようね。お市様にまた『破廉恥な』ってしかられちゃうでしょ?」
「いいのよ、わたしこう見えても脱いだら凄いし、何よりも偉いのよ!実はね、従四……」
しかし、そのときだった。何かを言いかけた寧々さんの顔に思いっきり水をかける人がいた。もちろん、側にいた俺もとばっちりを受けてびしょ濡れになってしまったが、それよりも寧々の方様を見てニッコリ笑う半兵衛殿の冷たい視線が恐ろしくて、震えあがる方が先だった。
「あ、あの、半兵衛?」
「寧々様。少々、おいたが過ぎると思いますが?」
「あ、あははは……そ、そうね。ど、どうやら、わたし、少し酔ったみたいね?」
「ほう……あれで少しとは。某はあらゆる書物に目を通しており、日の本随一の天才と自負しておりますが、全く知りませんでしたな」
「あ、あわわわ、ご、ごめんなさい」
「ならば、反省しておられるのですね?」
「は、はい!反省しております!!」
「よろしい。でしたら、皆さんに謝って、丹波守様とお屋敷に帰りましょうね?」
「承知しました!皆さん、本当にごめんなさい!寧々ちゃんは、これより帰ります!!」
……さっきまで、豪快に暴れていたのが嘘のように、寧々の方様はまるで叱られた猫のように半兵衛殿に連行されるようにして、丹波守様と出て行ってしまった。だが、同時に一同から笑い声が上がった。
「今の見たか?いつも清楚で完璧な寧々様の乱れっぷりも面白かったが、半兵衛殿の魔王の如き恐ろしいお顔。何か、凄い物を見れたなぁ!!」
「いや、ホントだな。まあ、欲を言えば、寧々様の裸踊りを見て見たかったけど、あれはあれで面白かった!」
「しかも、自分のことを『寧々ちゃん』っていっているし。まあ、かわいかったけどな」
「じゃあ、次も我らの寧々ちゃんを是非呼びましょうな!!」
主賓はいなくなったが、皆口々にそう言って楽しそうに酒を酌み交わす。これは、尾張を追われて以来、久しく見なかった光景だ。それだけに、俺も嬉しくなって酒を飲む。大丈夫だ。蜂須賀党は前を向いて進んでいる。
するとそこに、亡き小六兄上の奥方であるお松様がやってきて、酌をしてくれる。
「これは、どうも」
「……もうすぐ、ここを出て行かれると聞きました。雨森様の婿養子となられるので、仕方ないのかもしれませんが、本当によろしかったのですか?」
それは至って真面目な話だった。実の所、俺がこの蜂須賀党の党首になるという話はあったのだが、お松様はそれを断ったのはご子息である小六殿に遠慮したのではないかと思っているのだろう。
だが、それは誤りだ。
「よろしいもなにも、そうしないと美里殿と結婚できないのですから、仕方ないじゃないですか。ですので、義姉上。この蜂須賀党を……新たな党首、小六殿をしっかり頼みますぞ」
「はい……承知しました」
ここで生きるのも悪くはないのかもしれないが、すでに俺の気持ちは決まっているのだ。だから、晴れ晴れしい顔で受け取った杯を飲み干した。それぞれの再出発の先に幸せがあると願って。




