第113話 寧々さん、政変に巻き込まれる(3)
永禄8年(1565年)3月中旬 京・二条御所 寧々
この二条御所は、元々うちの実家である斯波家の屋敷だが、応仁の乱で要塞化しており、防御力には優れている。……もっとも、それなりの兵力がいればの話だが。
つまり、何が言いたいかと言えば、この雅な京の町並みには似合わない櫓も存在しており、わたしはそこで、半兵衛と共に西の表門と北の裏門の方角を見て、戦況を知ることができた。ちなみに、万福丸は流石に危ないので御台様に預かってもらっている。
なお……戦況はあまり芳しくはなかった。
「慶次郎の方はよくやってくれているけど、北の彦部殿たちの方は苦労しているみたいね。鉄砲射撃の援護はしているけど……思った以上に弛んでいるわね?ここの連中は」
「そうですね……」
「それで、半兵衛の見立てはどう?予定通りに義輝公共々、この御所を脱出できるのかしら?」
「……正直に申し上げて、難しいと思います。それどころか、このままでは彦部殿を討ち取った勢いのまま、裏門から敵兵が御所内になだれ込んでくる恐れがあります」
「そんなことになったら、まずいじゃない。どうすれば、勝てるの?」
「鉄砲の援護射撃がもっと手早くかつ的確に行うことができたら、もしかしたらと思いますが……」
「ならば、簡単ね。ちょっとわたし、行って来るわ」
「えっ!?」
半兵衛が驚くのは珍しいとは思いつつも、わたしは櫓を下りて、鉄砲隊がいる主殿の屋根にはしごを使って上がっていく。するとそこには、ひとりひとりがバラバラに球を詰め込みながら、射撃をしている連中の姿があった。
ただ、長篠の戦い以降の「鉄砲と言えば、三段構え戦法」に慣れているわたしにとっては、非効率の塊であった。
(しかし、今、それを言っても連中はわたしの言葉に耳を傾けないだろう。ならば……)
「ごめんなさい。ちょっと借りるわよ」
「なっ!?」
戸惑う幕臣のおじいちゃんには申し訳ないが、わたしは発射の準備を終えたその鉄砲を取り上げて、派手な陣羽織を羽織っている敵将目掛けて発射した。
「うぐっ!?」
「久介様!!」
どなたかは知らぬが、わたしの放った鉛玉はその久介とかいう将の喉を貫き、絶命させることに成功した。その瞬間、三好の兵たちが動揺して、動きに隙が生まれる。彦部殿たちは、その隙を突いて巻き返しを図り始めた。
「いい?鉄砲を撃つとき、馬に乗っている……特に陣羽織を着た侍を狙いなさい。そうすれば、指揮系統が乱れて隙が生まれるから。あと、バラバラに準備して好き勝手に放つのではなく、3人一組で役割を決めて援護射撃を行いましょう。弾を込める者、火をつける者、発砲する者という感じにね」
そうすれば、より多く弾を放つことができるのだから勝てると、わたしは皆を鼓舞して、作戦を改めさせた。
すると、その甲斐もあってか、御所からの援護を受けることができた彦部殿たちは、ついに室町通りに出るとそのまま北に進み始める。その時誰かが「あれは公方だ!」と叫んだため、その後ろを多くの兵が追いかけ始めた。
「打ち方止め!」
もちろん、まだまだ屋敷の外には兵がいるが、義輝公が北に逃げたというのに、いつまでも攻撃を続けては、おかしいと思われかねないと半兵衛に注意されて、わたしは皆に射撃を止めるように命じて屋根から降りた。
「それにしても、寧々様は鉄砲も扱えるのですね?」
「これは浅井家に嫁いでから学んだことよ。だって、もしかしたら運命が変わらず、信長様に小谷が攻め込まれる未来だってあるじゃない。だから、そうなっても困らないように、うちの人にわがままを言って鉄砲の練習をさせてもらっているのよ」
そして、本来であれば高価な品であるから手に入り辛いのだが、浅井家は国友村を領有しているから、鉄砲自体は格安で手に入る。あとは硝石を購入しなければならないのだが、わたし一人が使う分くらいなら、貧乏な浅井家でも買えないことはないらしい。
もっとも、いつも動かぬ的が相手であったため、こんなに上手く人に命中するとは思っていなかったが……。




