第112話 慶次郎は、花の舞う都で華麗に傾く
永禄8年(1565年)3月中旬 京・二条御所 前田慶次郎
門の外には、大勢の兵が居て殺気が伝わってくる。だが、それが心地よい。たぎる体中の血が、今か今かと開戦の時を待っている。
「慶次郎」
すると、そこに心の友である半兵衛がやってきた。寧々様も一緒だ。そして、どうやら作戦が決まったようで、俺に内容を説明してくれた。
「まあ、単純にそこの門で弁慶のように仁王立ちして、敵の侵入を阻めばいいんだろ?」
「ああ、そうだ。だが、分かっていると思うが、調子に乗って前に少しでも出れば、周囲を取り囲まれてしまうから気をつけるようにな。あくまでも、門の屋根がある範囲から出るなよ?」
「わかっているって。それで、いつ門を開ければいいんだ?」
「今、裏門から出て囮になる連中が準備をしている。門が破られたらその限りではないが、できれば四半時(30分)ほどして始めてもらえれば助かる」
それは流石に難しいのではないかと俺は思った。外の雑音は何かと聞こえてくるが、苛立つ声が少し前と比べて増えているのだ。おそらく、それまでにこの門は破られるだろう。そして、門が破られてから戦うのは、俺の性にはあっていない。
「半兵衛、外の様子からすれば、待てて小半時(15分)あるかないかだ。それを過ぎたら始めるからそのつもりでいてくれ」
「そうか……仕方ないな。ならば、精々派手に暴れて、こちらに連中の耳目を引き付けてくれ」
「承知した」
もちろん、簡単なことではない。しかし、やらなければ義輝公はどうでもいいが、寧々様と万福丸様を危険にさらしてしまう。だから、無茶でも何でもやらなければならない。そう思っていると……
「ねえ……連中の耳目を引き付けるのならば、普通に派手に暴れるだけじゃ、物足りなくないかしら?」
「寧々様?」
「いっそのこと、相手があっと驚くようなド派手な格好で戦ってみない?朱槍を持ったり……あと、丁度桜も咲いているから、背後で花びらが舞う演出もつけて」
「遊びじゃないんですが……」と、思わず言ったが、この提案に何と半兵衛が食いついた。それは妙案だと言わんばかりに。
「半兵衛?」
「慶次郎。そのように傾いて戦えば、相手も頭に血が上って、意地でもそなたを討ち取ろうとこちらにより兵が集まるはずだ」
「そうなのか?」
「ああ、きっとそうなるさ。だから、そういうことで慶次郎。すぐに衣装を用意して持ってくるから、それに着替えろよ?」
「おいおい、本気か?」
「本気も本気よ。やっぱり、あなたは傾いてこそ、華が咲くと思うのよ。この京で、『慶次』の名前を刻みつけてきなさい!」
「はぁ……」
何を言っているのかよくわからないが、特に寧々様が乗り気のようなので、それで満足して頂けるというならばと、それ以上は反論しなかった。
しかし……持って来られた真っ赤な鎧と首にかける特大の念珠、さらにトラ柄の陣羽織を見て、流石にためらってしまう。
「ね、寧々様……本当にこれを着て戦うのですか?」
「そうよ。あと、この朱槍も忘れずにね」
「朱槍はともかく……背中に墨で書かれた『大ふへん者』って、『大武辺者』っていうことですよね?流石に調子に乗り過ぎって思われませんか……」
「それはね、慶次郎。大武辺者じゃなくて、大不便者という意味よ。もし、何か言われたらそう言ってからかっておやりなさい!」
「はぁ……」
全く意味が理解できないが、もう時間もないことだし、俺は言われるがままに用意されたそれらのド派手な衣装に着替えることにした。そして、寧々様と半兵衛が去り、定刻が来たところで門を開いた。
「な、なんだ!?おまえは……」
「我こそは、前田慶次郎利益!いざ見参!!」
やはり、俺を見た多くの敵兵が驚いているが、だからといってためらったりはしない。義輝公から頂いた大典太光世を腰に差し、手にした朱槍を思う存分振り回して、近くの者から手あたり次第、あの世に送っていく。あれ?何だか実に気持ちがいい。
「あ……そういえば、桜吹雪を舞わすよう頼むのを忘れていたな……」
戦い出してからしばらくして、そのことを思い出したが、丁度その時風が吹いた。そして、良い塩梅に俺の周囲に花びらが舞った。




