第111話 今孔明は、その叡智を絞り出す
永禄8年(1565年)3月中旬 京・二条御所 竹中半兵衛
正直言えば、策などまだ何も考えついていない。昨夜、慶次郎と飲み明かしたのがここに来て響いている。
しかし、それを言えば、進士殿を止める手立てもなく門は開かれてしまい、事態が最悪の方向へ向かうだろう。ゆえに、さも妙案があるように装わなければならない。大丈夫だ。慶次郎が時間を稼いでくれるはずだから、まだ何とかなるはずだ。
「半兵衛殿。これが御所の見取り図にて……」
「念のために確認しますが、屋敷の外に通じる抜け穴などはございませんよね?」
「はい……残念ですが」
「ならば、この屋敷から逃げるには、慶次郎の向かった西側の表門か北の裏門しかないということですか……」
最悪な状況だった。北の裏門が面している道は広くなく、そちらに展開している兵は少ないようだが、どのみち東は川で阻まれているため、西の室町通りに出ざるを得ないのだ。そうなれば、そちらに展開している大軍によって、あっという間に取り囲まれてしまうだろう。
しかも、東の川もそれなりに深く、歩いて向こう岸に渡ることはできそうにないという。まさに八方塞がりだった。
「半兵衛殿……?」
「大丈夫ですよ。問題ありません」
大丈夫じゃなくても、こう言わなければならない所が軍師の辛い所だ。それでも、何とか会話の中できっかけを探そうとする。
「あと、この館内には今、どれほど人が残っていますか?」
「そうですね。およそ、百名余りかと。但し……いずれも一騎当千の強者ぞろいにて、三好の弱兵になど負けませぬがな!」
負けない程の実力があるのなら、「ひとり50人斬り」の目標を与えて突撃させようかと一瞬思ったりしたが、それは流石に思い止まる。しかし……このような無駄としか思えない冗談も意外と役に立つようで、突然天から降って来たかのように妙案は浮かんだりする。
(それならば……)
「進士殿。その実力者の中で、上様と背格好がよく似た方はどなたかおられませぬか?」
「影武者ですか。……ならば、彦部孫四郎がよろしいかと思います。じっくりと顔を見られたら、バレてしまいますが、遠目で見る限りは気づかれることはないかと」
「では……その彦部殿に上様と同じ格好を。このあと、表門の慶次郎にひと暴れしてもらい、そちらに注意を向けさせますので、使いが来たら50人ばかりを連れて、裏門から騎馬で強硬突破し、そのまま朽木谷に向かう体で北上してください。残りはその援護を」
「援護と言われても、何をすれば?」
「屋根に上って、彦部殿たちの行く手を妨げる兵に鉄砲を撃ってください。見取り図には『射撃場』とありますから、皆さん、使えるのでしょう?」
「まあ、多少は。しかし、当たるかどうかは……」
「当たらなくても構いません。発砲した時大きな音がするので、敵を怯ませることはできるでしょう。それで十分です」
そして、三好の兵がそちらに大きく傾いたところで、我らは義輝公とその家族共に、西の表門から下働きの者たちに紛れて御所を脱出し、御所の南の通りから橋を渡ってその後は北上。そのまま内裏に向かうこととする。
「内裏に逃げ込めば、流石の三好も手出しはできなくなるでしょう。攻撃をためらっている間に、上様はすぐに政権を朝廷にお返しください。そうなれば、三好は目的を失い、やがて京から撤退するでしょう」
「なるほど……難しすぎて何を言っておるのか全然わからんが、それが最善のような気がしてきたな。美作、早速半兵衛殿の策を実行に移せ」
「はっ!承知いたしました」
頭に疑問符を一杯浮かべながらも、義輝公はこうして決断した。あとは、無責任かもしれないが、上手くいくことを神に祈るのみだ。




