第976話 寧々さん、勝利宣言を行う(後編)
元和元年(1599年)1月上旬 京・二条城 寧々
新年を迎えるのと同時に、元号が『慶長』から『元和』に改まった。しかし、すんなりとは決まらなかったとも聞いている。この元号が唐で昔使われていた事、加えて幕府が決めた物を押し付けてきたことで、二条と九条の両太閤が主上を巻き込んで反発したとも。
「揉めるのなら、別に他の元号でもよかったのよ……」
「そうは申されますが、母上。元和は『和を元る』と読めますからね。乱世の終結に対する勝利宣言の後に、太平の世をこれより始めるにあたっては、相応しいと存じます。某は気に入りましたよ?」
「そう……?」
「それに、揉めても最終的に押し通したわけで、朝廷に幕府の力を思い知らせることもできました。まさに一石二鳥というやつです」
まあ……忠元がいいのなら、わたしが口を挟む必要はない。兎に角、こうして前世よりも16年前倒しになったけど、今日より新しい元号は、『元和』だ。
「では、そろそろ参りましょうか?」
「ええ……」
その言葉を合図にして、襖がゆっくり開かれる。
「大政所様、並びに関白殿下のおなぁりぃー!!!!」
大広間には全国の諸大名が集結している。その中には新次郎や徳三郎、さらには浅井本家の新九郎殿も孫婿の秀忠殿の姿もあるが、皆は当然だが席は下座だ。
そして、そんな中でわたしたち二人は……天下人が座る場所、即ち最上段へと進む。
「皆の者、大儀である」
「「「「「ははっ!!」」」」」
隣に座る忠元は、一同を前にそう述べてから、元号が『元和』に改まった意味……即ち、今日より平和な時代が始まる事を宣言して、その上で一国一城の令を命じた。
「いくさ無き世を始めるにあたり、領国防衛のための城は不要であると考える。よって、本日より向こう2年のうちに、居城以外の城、砦は悉くこれを破却するように命じる」
また、同時に諸大名の家族を大坂に置くことや、隔年で大坂に参勤する事も発表された。全ては、平和な世を実現するために必要な事だとして。
「これは、天下を泰平ならしめんために、心を鬼にしてもやらなければならない事である!諸君の中には、不満を抱く者もおるかもしれないが、どうかこの関白の決定に従って貰いたい!」
突然の発表に、諸大名たちの間であれこれと囁き合っているのがわかる。まあ、当然なのかもしれないが、忠元は意に介すことなく、毅然とした態度を崩さずにさらに続けて言った。
「なお、不満がある者は、直ちに帰国していくさの準備をするがよい。不本意ではあるが、天下泰平を乱す者はこの関白が許さぬ。例えそれが我が身内であろうと、必ず成敗いたすゆえ、覚悟いたせ!!」
そう宣言する忠元の言葉に、諸大名のざわめきは一層大きくなり、中には明らかに不満そうな顔をしている者も幾人か見受けられる。ただ、それでも分別はあるのか、表立って反論する者もいなければ、本当にいくさ準備をするために席を立つ者も居ない。
だから、それを見届けてわたしは、景勝公に目配せした。ここが出番ですよとばかりに。
「おほん!恐れながら、関白殿下。某より一言よろしゅうござるか?」
「構わぬ。申して見よ」
「はっ!それでは……」
景勝公は仰々しく立ち上がり、諸大名に向かって所信を表明する。即ち、「もし、このお下知に従わず、兵を挙げる者がいるのであれば、その時は関白殿下のお手を煩わせることなく、我が上杉の全力を持ってこれを叩き潰す!」……と。
すると、他の副将軍格四家——浅井信政、武田信勝、豊臣政敦、羽柴秀勝もこれに続き、その際は同じように自分たちも加勢すると宣言した。
もちろん、これは誰が見ても茶番劇に見えるだろうが……効果は抜群だ。この大広間のざわめきは収まり、反対意見が上がらなかったのが結果となって、この3つの制度は天下泰平の象徴としてこの後の世に引き継がれていく。
「上手くやったわね」
「ふふふ、お陰様で」
なお……名称は少し不本意ではあるが、この勝利宣言は前世で糞康がぶち上げたのと同様に……のちに『元和偃武』と呼ばれることになる。
しかし、何はともあれ……天下はこれにて泰平だ!
(最終章 藤吉郎編・完 ⇒ エピローグへ続く)
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