第969話 寧々さん、藤吉郎を送る(8)
慶長3年(1598年)8月下旬 近江国小谷城 寧々
「だ・か・ら!あれほど料理はなさいませぬようにと、何度も何度も何度も何度も何度も、お願いしたではありませんか!!」
虎御前山の屋敷に連れ戻されたわたしは、政元様や弥八郎が同席する中、半兵衛直々の取り調べを受けている。一応すでに、味噌汁を食べたいと言ったのは藤吉郎殿である事は伝えてはいるが……誰も信じてはくれない。
「だ・か・ら!何度も何度も何度も何度も何度も言ったとおり、どうしてもって頼まれたんだから仕方ないでしょ!!!!」
いや、信じてはくれているかもしれないが、藤吉郎殿は羽柴66万石の隠居でもあるから、それを殺してしまった以上は、安易に釈放することはできないという事か……。
「しかし、寧々をこうしていつまでも責めたところで始まらぬぞ。半兵衛……儂は如何すればよい?」
「まずは、羽柴家に謝罪が必要でしょうな。そのためには畏れ多きことながら、大殿には頭を丸めて頂く必要があるかと……」
「つまり、出家だな……」
つるっぱげは嫌だなと、頭を撫でながら零される政元様に、何もそこまでする必要はないのではと口出しするが、代わりに弥八郎が答えてくれた。「そこまでする必要はない……とは、まだまだ反省が足らぬようですな?」……と。
そして、さっき書くようにと渡された反省文用の紙を……さらに、どさっと上積みしてくれた。
「ちょ、ちょっと!だから、何度も言うけど、あの味噌汁は藤吉郎殿たっての願いで作ったって言っているでしょ!わたしだって毒だからと止めたけど、どうしてもって言われたのよ!」
それなのに、こんなに反省文を書けと言われるのは承服できなかった。わたしは、わたしなりに精一杯やったのだ。誰にも文句を言われる筋合いはない!!
「ですが、寧々様。羽柴殿に対する殺人についてはそうかもしれませぬが……異臭騒ぎによって近隣住民がおよそ百人。症状の重い軽いはありますが、体調不良を訴える者が続出しており、この責任をどうお取りになるつもりかという声もあちらこちらから上がっております……」
「そういえば、徳川殿もお稲さんの病院に緊急搬送されたのであったな……」
「はい。道糞殿は現在……意識不明の重体で、今夜が峠と聞いておりまする」
やった!あの糞タヌキ……ついに仕留めた!仕留めたわ!!これは、盛大にお祝いしないと!!
「……寧々様。そのお顔、実に嬉しそうですね?」
「え……キノセイジャナイカナ?ソンナコトナイワヨ……半兵衛」
あぶない、あぶない……つい、喜びが溢れてしまって、わたしに更なるお仕置きが降り注ぐところだったわ。
しかし、冗談抜きにして、どうしたらいいのだろうか。菜々さんが激怒する事は覚悟していたけど、いざあのように全力で殺意を向けられるのは堪えたわ。慶次郎や清兵衛殿が止めてくれなければ、防ぐことができずに恐らくそのまま刺殺されていたわね……。
「それで……大殿が出家して、羽柴家へ謝罪と弔問に行かれて、その後はどうされますか?関白殿下にお願いして領地のご加増、あるいは銭を与えるなどを条件にして、小一郎殿と和解交渉を進めるように取り計らいましょうか?」
「そうだな。そうしてくれ、半兵衛。羽柴家との交渉は、そなたに一任する故、良きにはからってくれ」
「畏まりました。それで……あとは、寧々様への処罰ですが……」
「え?それは反省文を書く話では……?」
「それは、異臭騒ぎに対するものです。羽柴家への謝罪は別儀にて……」
うそ……だったら、わたしも頭を丸めようかしら?尼になるからと言えば、許してくれるかな……?
「も、申し上げます……」
「如何したか、慶次郎。そのような不思議そうな顔をして、羽柴屋敷で何か言われでもしたのか……?」
「そ、それが……只今、羽柴のご隠居様がお見えになられています。奥方殿と共に……」
「「「「えっ?」」」」
あれ?藤吉郎殿は死んだのではなかったのか。わたしだけでなく、政元様も半兵衛も弥八郎も……驚きのあまり、目が点になった。
だけど、慶次郎は言う。間違いなくやって来たのは藤吉郎殿であると……。
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