第957話 忠元は、母の旅路の後始末をする
慶長3年(1598年)8月下旬 摂津国大坂城 斯波忠元
土佐に立ち寄った母上が長宗我部家と交渉してくれたおかげで、サン=フェリペ号の一件に対する処理は概ね片付いた。一条家がせしめた3万貫(36億円)についても、我が子・千寿丸を養子とし、その跡目を継がせることを条件に不問としたし……。
「だから、これでしばらくは静かに過ごせると思っていたんだけどな……」
それなのに今、俺の手元には、蒲生騒動に関する羽柴小一郎から届いた報告書がある。誰もこの件まで口を出してくれなどとは頼んでいないにも拘らず、どうやら母上は口出しされたようで、そこには「大政所様の思し召しにより」と前置きされて記されていた。
即ち、「全ては家老の蒲生四郎兵衛が幼主・藤三郎を蔑ろにした事が諸悪の根源であり、蒲生家に対しては減封の上で国替えが妥当である」と記されている事柄全てが、母上のご意向であると読み取れるわけだ。
「まあ、俺としても改易は避けたかったから、渡りに船ではあるが……」
さて、問題はどのようにして処理を図るかだ。国替えと言っても、代わりの領地を用意しなければならないし、それによって玉突きで他の大名の移動も行わなければならない。
だから、慎重に吟味しなければならず、俺は皆の意見を訊いた。ちなみに、この場には喜太兄ぃや喜兵衛のみならず、信元とその側近である崇伝も加わっている。
「殿下。鳥羽の一件があるので、大政所様のご意向は重々承知しておりますが……やはり、藤三郎は父親に及ばない愚物と考えるべきでしょう。よって、国替えをするにしても当たり障りのない場所にするしかございますまい」
そう言いながら、目の前の地図にいくつか印をつけていくのは喜兵衛である。備中、丹後、讃岐、美濃、下野、陸奥、出羽のいくつかの場所に丸を付けて、「このいずれかで如何でしょう?」と。
「待て、喜兵衛殿。その中に大政所様の化粧領や朝廷の御領、さらには新選組の賄領も含まれていないか?」
「喜太郎殿。それらの領地は基本的に代官しかいないので、動かしやすいと思いますよ?だから、大名の国替えよりも混乱が少なくて済む」
「なるほど……」
そして、今……珍しく声を出したのは信元だった。しかし、すぐに恥ずかしくなったのか、言いたいことは崇伝に頼んで話をさせることにしたようだ。
「上様は、それなら大政所様の所領・讃岐7万石への国替えではどうか……と仰せにございます。それで少なければ、備中の御領から必要な分だけ分けたら……とも」
ただ、信元が出してくれた折角の意見ではあるが、7万石では少ないと思うし、かといって海を隔てた場所に飛び地を作るというのも統治し辛いだろう。それに、ただでさえ家中は一枚岩ではないのだ。将来、備中と讃岐の領地で別々の後継者を立てて、分裂する可能性も考えられる。
「ちなみに、殿下は蒲生家の領地を如何ほどにするおつもりで?」
「そうだな……15万石から20万石といった所か。甘いと言われるかもしれぬが、それだけ俺は忠三郎に感謝しているのだ。せめてこの程度は残してやらねば……とは思っている」
「それなら……こちらでは如何でしょうか?」
崇伝はそう言いながら、地図に新しい丸を一つ書き加えた。そこは、陸奥平泉……浅野家の従弟・満太郎が治めている領地だ。
「聞くところによれば、浅野家の叔母君は……御子息が遠く奥州平泉に封じられた事が気に食わぬとか?」
それは否定しない。俺も直々に叔母上から「何とかして貰いたい」という書状を受け取った事はあるのだ。
「つまり、崇伝。そなたは、蒲生を奥州平泉15万石に移せというのだな?」
「御意にございます。それならば、殿下のご希望通りに石高は維持しつつ、大政所様のお手を煩わせる程のお家騒動を引き起こした罰としても周りからは見えるでしょう」
そして、空いた筑前には豊前から畠山平三を移して32万石をそのまま与えて、その平三の旧領のうち豊前24万石は満太郎に与えたらいいと崇伝は続けた。
「いや、平三については異論ないが、まだ何も手柄を立てていない満太郎に24万石は多いのではないか?」
「上様のご一門を強化する事は、即ち幕府の安定に繋がりまする。この際、思い切って抜擢なさってはいかがでしょうか?」
加えて言うならば、崇伝はこの機会に満太郎を信元の側近に加えるつもりらしい。それならば、と俺もこの提案に同意する事にした。もし、上手く行かなければ、その時に考えればいいと……そう決めて。
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