第955話 寧々さん、母を見舞いに日向へ旅立つ(7)
慶長3年(1598年)8月中旬 日向国延岡城 寧々
「蒲生家家臣、島左近にございます。この度は、御母君ご逝去との由、お悔やみ申し上げます。また、斯様な折にこうして御前を騒がせたことを心よりお詫び申し上げます」
まあ、ホント……さっきも小一郎殿の挨拶でも思ったけど、こんな時に面倒ごとを起こさないでと言いたくもなる。立場的には言えないけど。ああ、お酒が飲みたいわ。
「大政所様……」
「こほん。それで……事のあらましは、こちらに居られる小一郎殿から伺いましたが、まずはどうしてここまで騒ぎが大きくなったのか、教えてくれますか?」
「はい、実は……」
もちろん、島殿の言い分だけを鵜呑みにするわけにはいかないが、こうして遠路はるばるこうして筑前からやって来たのだ。その事情とやらを聞かないわけにはいかない。
「つまり、全てはその蒲生四郎兵衛とかいう家老に原因があるという事?わたしとしては、当主である藤三郎殿にも問題があると思うのだけど……?」
「無論、殿にも問題がないとは申しませんが、何分まだ齢16にて。四郎兵衛の専横を止めることができなくても、仕方ないかと存じます」
本当にそうなのかしら?いや、そうとでも言わないと、蒲生家はお取り潰しにしないといけないから、そういう事にして欲しいという意味か。だったら、わたしとしてもそういう事にして話を進めよう。
「わかったわ。此度の一件は、蒲生四郎兵衛に問題があるという事ね?小一郎殿……そのように処理して頂戴」
「畏まりました。では、西国管領として、関白殿下へはそのように報告書を送ることに致しまする」
「お願いね」
忠元ならば、きっとわたしの意に添う処分を下してくれるはずだ。そう信じて話題を転ずる。残る問題は、ここに居る島殿を始めとする大和派の今後についてだ。
「単刀直入に訊くけど、蒲生家にはもう戻る気はないのでしょう?」
「ええ……こうなってしまった以上は、そうなりますな」
わたしの口添えで戻してあげることはできなくもないが、それは結局火種を蒲生家にもう一度返すだけの結果になりかねない。その事は島殿も理解しているようで、ここまで行動を共にした大和派の面々は、このまま新たな仕官先を探すと言った。
「だったら、もしよかったらなんだけど、その仕官先をわたしに紹介させてくれないかしら?」
具体的には、いずれ豊臣家の分家となる秀頼の家臣になって貰いたいと思う。前に新次郎に頼んだら、江戸も人手が足りないと言われて断られたし、菜々さんからも「流石に気持ちを察して欲しい」と言われて断られている。まさに渡りに船である。
「よろしいのですか……?」
「ええ、お願いしますわ」
ちなみに、秀頼が大名になるまでは、わたしの化粧領の管理をやってもらうつもりだ。どちらにしても、生活には困らないだろうし、このまま浪人になるよりかはマシだと思う。
「ところで、大政所様……」
「どうしたの、小一郎殿。話がまとまったのだから、もうそのように難しい顔をなさる必要は……」
「実は、父上の事なのですが……どうやら、そう長くはないようでして」
「あ……」
そうだ。忘れていた。前世において、藤吉郎殿が亡くなったのは、母上が身罷られてから7日後の事だった……。
「それで、どうか一緒に小谷へと思いまして……」
「わかりましたわ!大蔵!!」
「は、はい!?」
「今すぐに母上の葬儀を執り行うように兄上に言いなさい!これは、大政所であるわたしの強い願いだと言ってね!あと、坊さんの手配がつかないのなら、半兵衛にお経を読ませるから……と」
「しょ、承知しました!」
そうだ。半兵衛はすでに出家しているのだ。何も問題はない。
「お、叔母上、お、お待ちを!」
「何かしら?宮内」
「流石にそれは如何なものでしょうか?今日はお通夜で、葬儀は明後日とすでに決したはずです。それを……たかが一大名の見舞いを優先するとは……」
たかが一大名……?
「お、おい、宮内。今のはマズい、マズいぞ!早く謝って取り消せ!」
「兄上、何を狼狽えているので?大体、叔母上が無茶な事を言われるのが問題かと……」
「ば、馬鹿者!叔母上のお怒りがわからぬのかぁ!!!!」
あはは、大蔵は中々に鋭いわね。そう……わたしは猛烈に怒っている。だけど、今は処分を下す時間すら勿体ない。言い争うこの二人に改めて行動に移すように命じるとすぐに席を立った。政元様らにも帰り支度をしてもらうように告げるために。
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