第950話 寧々さん、母を見舞いに日向へ旅立つ(4)
慶長3年(1598年)7月中旬 土佐国浦戸城 寧々
「それで、お腹もいっぱいになったから本題に入るけど……」
もっとも、宮内少輔は予測していたはずだ。それゆえに、わたしに酒を飲ませて、酔い潰そうとしていたようだし……。
そして、積荷の賠償として12万貫(144億円)をすべこべ言わずに支払う様に命じた。
「お、お待ちを!そ、その件は、主上からもこのように支払う必要はないと……」
宮内少輔がそう言いながらわたしに見せてきたのは、「そのように仰せられた」と記された一条太閤からの文であった。だけど、それがどうしたと……わたしは破り捨てた。
「ああ!な、何をなさいますか!いくらなんでも、このような無法は……」
「あら?そういえば、わたしにはこのような物があったわね」
懐から取り出して、宮内少輔に見せるのは……太上天皇に任じると記された主上直筆の宣旨だ。つまり、一条太閤が何を言おうと覆す力を持っているわけだ。
「あとね……あんたが払わなかった時のことなんだけど、どうやらわたしが支払うことになりそうなのよ」
「え……?」
「だって、12万貫もの大金、他に誰が支払える?幕府も財政は火の車で帳簿は真っ赤っかだし……」
まあ、確かにうちならば、払えなくもない。イスパニアとの交易で儲けた利益で、ペソ立ての預金もしているし。
だけど、なんでうちがかぶらないといけないのよ!……という気持ちには当然なるわけで、その上で改めて宮内少輔に訊ねることにした。わたしの不興を買うことになるけど、本当にこのまま進めるのかと。
「そ、それは……」
「自分たちで賠償するというのなら、美味しい鰹も食べさせて貰ったし、わたしも水に流すけど、どうする?」
わたしの不興を買っても、この長宗我部家が安泰だと思うのならば、好きにすれば良い。近い内に何か理由を作って、隣の一条家共々潰せばよいのだ。そうすれば、土佐一国と伊予東部が空くのだ。それはそれで必ずしも悪い話ではない。12万貫を考えたら、赤字ではあるけど。
「し、しかし……当家にはそのような大金は……」
「やっぱり、使っちゃった?」
「はい……家臣たちにお揃いの鎧を支給した他、新田開発など内政を進めるための資金に……」
そして、長宗我部家の蔵に残っているのは、わずか1万貫(12億円)。いくらなんでも使い過ぎでは、と思っていると、一条太閤が「万事、上手く取り計らうから」と、3万貫(36億円)を持っていったとか……。
「それは……酷いわね……」
京に帰ったら、事の次第を忠元に伝えて、一条家シメめなければと思うけど、その分を猶予したとしても、残っている1万貫と合わせて宮内少輔から取り立てなければならない。
しかし、それは必ずしも何も今すぐと言うわけではない。
「うちが一旦立て替えるけど、毎年少しずつ返してくれたらいいのよ」
更に言えば、返済は銭である必要はない。例えば、江戸で大きな工事をするときに人足を出してくれたり、船が必要なときに応援を出してもらうなど、この貸しに対する返済方法は色々とあるわけで。
だから、糞タヌキを始末するために有意義な情報を提供してくれた事もその一つとなる。
「これであの糞タヌキを殺処分できたら、1万貫は帳消しにしてあげるからね!」
「は、はぁ……そ、それはありがとうございます……」
「それで、どうかしら。問題がなければ、その証文に署名と血判をお願い」
弥八郎に促して、予め用意していた証文を宮内少輔の前に置いて、最後の決断を促す。
これで拒めば、後はどうなっても知らないというところであったが、わたしの気が変わらないうちにとばかりに、宮内少輔は言われた通り、証文を差し出してきた。「どうかよろしくお願いします」と言って。
「じゃあ、これにてこの件は御仕舞ね。ところで何だけど……」
わたしは、早速商談に話を切り替えた。即ち、この鰹を使った料理で一儲けしないかと。
 




