第947話 寧々さん、母の見舞いに日向に旅立つ(2)
慶長3年(1598年)7月上旬 摂津国大坂城 寧々
小谷を出発したわたしたち一行は、海路で日向に向かうために一度大坂に立ち寄った。急な話だったがゆえに、奈佐(2代目)の船が堺の近くにいなかったため、その到着を待っているのだ。
「おお、これは女王陛下!ご無沙汰しております!」
「ええ……カルロスさんもお元気そうで何よりですわ」
……だけど、忠元と彩殿の様子を見るためにと思って、この大坂城に立ち寄ったのは失敗だったのかもしれない。二人の仲直りは確認できたものの、こうしてまた厄介ごとに巻き込まれてしまった。
前世でもあったが……土佐に漂流したサン=フェリペ号という船の荷物を長宗我部家が押収した挙句、船員たちを拘束した件について、話し合いの最中だったのだ。
「だけど、忠元。これって2年前の話よね。まだ解決できていなかったの?」
「船員はルソンに送還したのですが、押収された積み荷の返却、あるいは補償を求める声がルソンでは強く上がっており、現地の世論は反日、さらには報復として台湾島への侵攻を望む声も日に日に強くなっているそうで……」
いくさになったとしても、台湾は島津がしっかり固めていて、ルソン総督府が仮に兵を侵攻したとしても容易く奪われるようなことはないと思うが……しかし、これまで築いてきたイスパニアとの友好関係は一気に破綻してしまう。
「つまり、それを何とかするために、カルロスさんが間に入って話し合いを……ということかしら?」
「そのとおりにございます、女王陛下」
最後はそうカルロスさんが締め括ったが、話し合いはきっと難航しているのだろう。笑顔ではあるが、目は必ずしも友好的というわけではなかった。
「ならば、長宗我部に積み荷の返却、あるいは賠償金の支払いを命じればいいのでは?」
「それが……」
「どうしたのよ。歯切れが悪いわね」
言葉を濁してその理由を答えようとしない忠元に、わたしは不信感を抱くが……その答えは側に控えていた喜兵衛が代わりに答えてくれた。
即ち……朝廷がこの対応を弱腰だと言って、幕府に「一歩も退くな」と求めているそうだ。
「え……?どうして朝廷が出てくるのよ。しかも、一歩も退くなって……穏やかじゃないわね?」
「何でも、長宗我部から提出された報告書に、抗議した船員の代表が『積み荷を返さないのなら、本国に通報してこのような小さき国など滅ぼしてくれるわ!』と豪語したと記されていたとかで……」
「待って!何で、長宗我部から提出された報告書が朝廷に届いているのよ!普通は、幕府の下に届けられるから、あなたが知らせない限り、情報が漏れるわけがないわよね?」
しかし、忠元は少しイラついたようにその答えを口にした。情報の発信源は、土佐一条家だと。
「おそらくは、我らが積み荷の返却を要求してくると読んだ長宗我部が隣の一条家に相談したのでしょう。現当主・政親は、宮内少輔(元親)の孫ですから……」
なるほど……確かにそれならば、朝廷が御存じなのも理解できる。土佐一条家は太閤・一条内基公のお身内ゆえに。
「……なんだったら、わたしが主上とお話をしようかしら?」
「そうして頂けると非常に助かりますが……母上はこれから日向に赴かれるのでしょう?流石にそこまでお願いするわけには……」
そうだった。主上に直接お話するのであれば、流石に京に上らなければならない。奈佐の船ももうじき着くということだし、本音を言えば避けたいところだ。
「でも、それならどうするつもりなの?」
「今、カルロス殿と話しているのですが……賠償という形ではなく、別の形でルソンの民の不満を鎮めようかと」
具体的には、この日の本から輸出するいくつかの商品の価格を下げて販売し、その差額で賠償の補填をするとか。
「無論、この事は国内では秘密ですが……」
なるほど。落としどころとしては妥当と言える。ゆえに、わたしもこの提案を支持する。但し、その対象となる商品がうちの美容薬となれば……話は変わってくる。
「まさかとは思うけど……うちにかぶれとかは言わないわよね?」
「お願いします!母上が頼りなのですよ!!」
忠元はそう言って頭を下げるが、簡単に言わないでほしいと思う。わたしはすでに隠居の身の上で、工場の管理は新次郎に任せてあるのだ。流石に勝手するわけにはいかない。
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