第9話 寧々さん、帰蝶様と同盟を結ぶ
永禄4年(1561年)12月中旬 尾張国清洲城 寧々
「恥は承知の上で、この通り頼む。どうか、わらわに茶の湯を教えてもらえぬだろうか」
もうじき正月を迎えようとしていた年の瀬に、突然、帰蝶様から呼び出しを受けて部屋に赴くと、いきなり前置きもなくそう懇願されて、唖然とした。すると、花楓殿が補足するように説明した。
年が明けた正月15日に、三河より松平元康殿が来られるということで、その際、帰蝶様は茶を振舞わなければならなくなったと。
「なんでも、先日幕府から来られたお使者の方を持て成されて、大層評判がよろしかったとか。帰蝶様はお屋形様よりそのお話を耳にされて、あなたに頼まれているのですよ」
「それは……ありがとうございます」
(なんだ……てっきり、薙刀の稽古でいじめられるのかと思ったよ……最近、生意気だとかいって)
それゆえに、その言葉を受けて、少しホッとする。実は、その時に備えて、この着物の下には帷子を着込んでいたのだ。もっとも、武芸はそれなりに嗜んでいるので、容易くは負けたりしないが。
「しかし……帰蝶様もそれなりに嗜まれているのでは?」
「それなりでは、お屋形様に恥をかかせてしまうかもしれぬではないか!それは、もちろんわらわも下手だとは思っておらぬが……細川殿に褒められたそなたには到底及ぶものではない」
だから、今のうちにできる限り腕を上げておきたいのだと、帰蝶様は言った。無論、そう言う事情なら、断るわけにはいかない。
「承知しました。非才の身ではありますが、全力でご期待に添うようにいたしましょう」
そう述べて、依頼を受けることを明言した。すると……
「ひとつ……そなたに詫びておかねばならないことがあったな……」
不意に帰蝶様はそう言って、頭を下げてきた。
「あの……帰蝶様?」
「すまなかった。そなたが初めてこの城に来たとき、わたしは愚かにもそなたを辱めようとした。この通りだ。どうか水に流してもらいたい」
「え……いや、あのう……」
「「「「すみませんでした!」」」」
加えて、花楓殿をはじめとする侍女たち全ても頭を下げてきた。別に気にしていないのだが、それを言ってもきっと伝わらないだろうと思って、一先ず謝罪は受け入れることにした。
そして、そのうえで提案する。いっそのこと、仲直りの証として、ここにいる全員に教えるというのは如何かと。
「寧々……」
「皆で楽しく学べば、きっとより早く上達すると思います。それに……わたしもこの機会に皆さまと仲良くさせていただければと」
何しろ、その方がこの城での居心地が良くなること間違いなしなのだ。見れば、帰蝶様を始め、感動したかのように泣いている方もいるが、これはわたしにとっても利益のある話である。受け入れてくれて、こちらも嬉しく思った。
「それでは、早速始めるとしましょうか」
「「「「「はい!先生!!」」」」」
元気な声が返って来て、少しむず痒くなる。しかし、こうなった以上、期待に応えなければならない。わたしはかつて千利休から教わった茶道の極意を包み隠すことなく伝授するのだった。




