第九話:出現
~小話その1「我らがリーダー」~
EST本拠地内、どこかの一室…。
ゼル「──なぁ、おい。聞いたか!?」
アリエス「聞いたって…何がです?」
ゼルは部屋のドアを勢いよく開けると、中で一人雑誌を読んで暇つぶしをしていたアリエスに対して半ば強引に絡み始めた。
ゼル「とぼけんなよ~~!!ウチに配属されるリーダーの事だよ~~!!」
アリエス「あぁ…その話ですか…。アナタも飽きませんね…。」
ゼル「そりゃあ興味あるに決まってんだろうがよー!なんてったって、すっげぇ美人なんだろ〜?」
アリエス「やめといた方がいいですよ…。噂じゃあ酷い目にあったって人もいるみたいですから…。」
ゼル「知ってるぜ!すっげェ強ぇんだろ!?二課の女好きで有名な課長が、ケツに手ェ出そうとしたら右腕へし折られたって話じゃねェか!」
アリエス「なんだ…知ってるじゃないですか…。」
ゼル「そりゃあ有名だからな!でも皆顔はまだ知らねェ…。女だってのは分かってるんだが、正確な顔はまだ分かってねェんだ…。」
ゼル「…なぁ。あの部屋、怪しくねーか?」
突然、ゼルがアリエスに耳打ちをし始めた。
アリエス「…?」
ゼルが示した方角。その先にはゼルが入ってきたドアとは別のドア、二人から見て右端にある白いドアが付いた部屋があった。
ゼル「ここは本部とはかなり距離が近ぇ部屋だし、何よりあっち側からは上官の部屋にだって続いてる。」
ゼル「いつ、どんな奴が出てきたっておかしくねェ部屋だ。」
ゼル「──そう、例えリーダーの女が出てきたとしてもな。」
アリエス「!!」
アリエス「──でも、それって」
ゼル「あぁ。まだ決まった訳じゃねェ。別のやつが出てくる可能性もある。」
ゼル「だがどうだ?今この時間帯に本部の近くにいんのは俺らか、その上の連中。後はそれこそ事務職員くらいだ。」
ゼル「事務職員なら今日のこの時間帯にはもう帰ってるはずだし、上の連中がまだ残ってるってのも考えにくい。」
アリエス「でも本人が既に帰ってしまっていたってなったら、本末転倒なんじゃ…。」
ゼル「大丈夫だ。ここに来るまでに、情報室の長野に話は聞いておいた。どうやらウチに入るメンバーが、本部に何らかしらの用があって昼にここを通ったとな。」
アリエス「という事は…。」
ゼル「あぁ。ここで待っていれば、ソイツに会える可能性が非ッ常~~~~~~~~ッッッに高い!!!」
アリエス「………。」
アリエス「……でも、やっぱり僕はいいです。」
ゼル「!」
アリエス「仮にもし本人が帰っていなかったとして、その一人が、これからウチに入るもう一人の方のメンバーだったらどうするんですか?!」
アリエス「リーダーではなく、その人かもしれないという可能性はあるんですよ!!」
ゼル「………フッフッフ…。」
アリエス「!」
ゼル「フッフッフッフッフッ……。」
アリエス「!!」
ゼル「…そこなんだなぁ、アリエス君。そこなんだよ。フフフフフ…。」
アリエス「…!」
アリエス「ま…まさか……!!」
ゼル「……そう」
ゼル「もう一人の方も!!!」
ゼル「絶世の美女なのだァ!!!!!!!!」
アリエス「───ッ!!!!」
ガチャ……。
まるでタイミングを見計らったかのように二人の前の白いドアが開かれる。
ゼル「さぁ、登場してもらおう!!!」
ゼル「彼女こそが!我々と共に!」
ゼル「これから栄光の道を歩むヴィーナスなのだッッ!!!!!」
ギィィィィィ……
???「……………。」
ヌウウウゥゥゥゥゥン……………。
白いドアから現れた人物、それは後のレオネルであった。
180cmを優に越える身長、盛り上がった体格、彫りの深い顔。それはアリエスやゼルが想像していた『ヴィーナス』なんてものとは程遠い、大きくかけ離れた存在である事は瞬時に二人が最もよく理解していた。
レオネル「ぬ?その格好は…。もしやッ!?」
レオネル「もしやすると、あなた達がZAQのメンバーなのではないか?!」
レオネル「いやぁ~~よかった。てっきり居るのは私だけかと思って…あ、自己紹介が忘れていた。私、獅子雄蔵之介と申す者で御座る…。」
レオネル「…ん?どうした二人共、そんなに硬直なされて…。」
獅子雄蔵之介、ZAQ加入の瞬間である。
水野「これって……」
白と青の鎧。硬化した体に獣のような顔つき。
間違いなく巫狩に付いているあの力の姿そのものであった。ひとつ気になるのはその姿が赤と白の姿ではなくて、青と白の姿である事だ。
よく見てみると姿も男と言うよりかはどちらかというと女型寄りに見える。
???「ウラヤマシイノ?」
水野「───ッ。」
水野「…羨ましいってよりは、すごいなぁって…。」
水野「巫狩くんやZAQの人達は皆、誰かの為に戦おうとするし今日会ったあの人たちだって何かを守る為に戦ってる…。だから…。」
水野「──って、そんなんじゃなくて!アナタって一体何なのよ!一体いつからそこにいるの!?」
???「ワタシハ、ハジメカラズットココニイマス。ハジメカラ、ズット…アナタノソバニ…。」
水野「私の…そばに?」
水野 (そばにって…。)
水野は一瞬考えを巡らせると、すぐにあの事について直感した。
水野「───ッ!まさかあの時…ッ」
水野の脳裏にはあの事故の時の光景が流れていた。
『絶望的な状況の中、奇跡的に助かった三人』。
???「ハイ。ワタシモソノトキ、アノバショニイタノデス。」
水野「じゃあ、私を守ってくれたのも…。」
???「──エェ。」
水野「……。」
水野 (そうだったんだ…。)
水野「…ずっと」
水野「ずっと、私のそばに居てくれたの?あの時も──。」
水野が次に脳裏の中で思い浮かべていたのは、EST内で透明化する化け物に襲われた時の事だった。
あの時はゼルが助けに来てくれたが、咄嗟に水野の能力が発現した事により化け物を倒すことに成功したのだった。(六話参照)
???「エェ。ドンナトキモ、アナタヲミマモッテイマシタ。」
水野「………。」
水野「貴方は、私って事でいいの?」
???「イイエ、ワタシハアナタジシンデハアリマセン。デスガコレダケハオボエテオイテクダサイ。」
???「ワタシハ、アナタノミカタデス。」
水野「………。」
水野「……ねぇ、他にもあるんだけどいい?聞きたいことがいっぱいあるんだけど」
クレイ「…………。」
水野「…こんな感じで、私が聞いたのはここまでです。」
クレイ「ちょっと待て。あの崩落事故は、水野の目の前に現れたそいつが関係してるのか?」
水野「はい。詳しくは彼女から聞いた方が早いと思います。」
ゼル「彼女って…そんなやつどこにいるんだよ?」
水野「いますよ。ほら、そこ。」
水野がそう指をやると、ゼルもつられるようにそこを見た。
ゼル「そこって…どぅぉわっ!!」
ゼルはあまりの驚きにひっくり返ってしまった。
いつの間にかゼルの左後方に、先ほど水野の前に現れた怪物───精霊がそこに存在していたからだ。
クレイ「これは……」
精霊「アトハワタシガセツメイシマス。」
クレイ「……それじゃあ早速だが、あの崩落事故はアンタが関係しているのか?」
精霊「……オドロカナインデスネ。」
クレイ「最近どうもこういう事ばかりなのでな。慣れてしまった。」
精霊「ソウデスカ。…アノジコハ、ワレワレ『レジオガルム』トヤツニヨッテオキタアラソイノケイセキナノデス。」
(〜あの事故は、我々レジオガルムと奴によって起きた争いの形跡なのです)。」
クレイ「『レジオガルム』?」
精霊「ハイ。…マズサイショニ、『レジオガルム』ハワタシタチスベテヲソウショウスルヨビナノコトデス。バショノヨビナトシテツカウコトモアレバ、イキモノノヨビナトシテツカワレルコトモアル。ワタシタチハ、『レジオガルム』ニツカエルコトニヨッテソノソンザイヲカクリツサレ、『レジオガルム』ニツカエルコトニヨッテソノコウフクヲショウメイサレルノデス。『レジオガルム』ハ、タマシイデアリ、イキモノデアリ、バショナノデス。シソウデアリ、ケンリデアリ、クニナノデス。」
(はい。…まず最初に、『レジオガルム』は私たち全てを総称する呼び名の事です。場所の呼び名として使う事もあれば、生き物の呼び名として使われる事もある。私達は『レジオガルム』に仕える事によってその存在を確立され、『レジオガルム』に仕える事によってその幸福を証明されるのです。『レジオガルム』は、魂であり、生き物であり、場所なのです。思想であり、権利であり、国なのです。)
クレイ「………。」
精霊「ワレワレハ、ヒトツノクニトシテキョウリョクシナガラココマデイキナガラエテキマシタ。シカシソレモ、ヤツノセイデスベテガカワッテシマッタノデス。」
(我々は、ひとつの国として協力しながらここまで生き長らえてきました。しかしそれも、奴のせいで全てが変わってしまったのです。)
ゼル「…奴?」
精霊「エェ。ソイツハ、トツゼンアラワレマシタ。」
…
『ウワァアアァァァーーーーッッ!!』
『キャアァアアァーーッ!!』
精霊「!?」
???「ググルルルルグル……。」
建物の影から血まみれのレジオガルムが一体現れる。
その右手には死んだ同胞が掴まれており、爪は鋭く同胞の喉に突き刺さっている。
???「グルグル…グル…。」
…
精霊「…ハジメテデシタ。ミズカラノドウホウニテヲカケルレジオガルムナド…。」
(…初めてでした。自らの同胞に手をかけるレジオガルムなど…。)
精霊はゆっくりとその名を口にした。
精霊「ソイツノナハ…『グラン』。ソウナヅケラレマシタ。」
(そいつの名は…『グラン』。そう名付けられました。)
精霊「カラダハアカクロクソメラレ、ソノセイカクハキョウボウソノモノ。ヤツハマワリノドウホウタチニモテヲカケヨウトシマシタ。」
(体は赤黒く染められ、その性格は凶暴そのもの。奴は周りの同胞たちにも手を掛けようとしました。)
ゼル「なぁクレイ…それって……ッ」
クレイ「あぁ…ヤツだ……。」
クレイはゼルの言わんとしている事を分かっていた。
二人共、あの電車事故の時の怪物が頭によぎっていた。
精霊「ナントカオオゼイデトリオサエ、ヨウヤクトジコメタカトオモワレタソノトキニ、アレガハジマッタノデス。」
(何とか大勢で取り押さえ、ようやく閉じ込めたかと思われたその時に、アレが始まったのです。)
水野「アレ?」
精霊「トツゼン、ワタシタチノトコロカラヤツノトコロヘムカッテ、ジメンニオオキナヒビガハイッタノデス。マチガマップタツニワレルホドノ…。」
(突然、私達の所から奴の所へ向かって、地面に大きなヒビが入ったのです。街が真っ二つに割れるほどの…。)
精霊「ソノシュンカン、ワタシタチハスイコマレテ…。キヅケバコノセカイニイマシタ。ソコデ…。」
(その瞬間、私達は吸い込まれて…。気付けばこの世界にいました。そこで…。)
クレイ「奴と再開した、という訳か…。」
精霊「エェ。ソノケッカガアレデス。」
ゼル「そういう事か…。にしても、随分と激しくやり合ったんだな?」
精霊「エェ。ワタシタチレジオガルムハ、キホンテキニハタタカウノウリョクヲモッテイマセンガ、ナカニハソウイウチカラヲモッタモノモイマス。」
(えぇ。私達レジオガルムは、基本的には戦う能力を持っていませんが、中にはそういう力をもった者もいます。)
精霊「…アノトキワタシハ、サンニンデコウドウシテイマシタ。」
水野「!」
水野「まさかそれが……!」
精霊「ヒトリハイガリサンニ、ヒトリハオガワサンニ、ソシテワタシガミズノサンニウツッタノデス。」
(一人は巫狩さんに、一人は小川さんに、そして私が水野さんに移ったのです。)
水野「───ッ。」
クレイ「…………。」
クレイ (やはりな…。)
精霊「…アトノコトハワカリマセン。ワタシタチガシッテイルノハココマデデス。」
(…後のことは分かりません。私達が知っているのはここまでです。)
クレイ「──なぁ、三人と言うことは小川にも入ったんだろう?小川にもその内、同じような能力が目覚めるという事でいいのか?」
精霊「…ソレハワタシニモワカリマセン。ワタシガチカラヲツカエルヨウニナッタノハミズノサンノナカニハイッテカラノコトデシタカラ…。」
(それは私にも分かりません。私が力を使えるようになったのは水野さんの中に入ってからの事でしたから…。)
ゼル「その時になってみなきゃ分かんねーッて事か…。」
一同「……。」
一同の空気を切り裂くようにクレイが声を出した。
クレイ「──よし!考えていても仕方無い。とりあえず私は本部に報告に行ってくる。」
そう言ってクレイが、部屋を出る為に立ち上がったその直後だった。
ピロロロロ…
クレイ「…?何だ?」
それはZAQメンバー全員の招集を意味する連絡だった。
クレイ「招集…?」
タッタッタッタッタッ……
バタン!
クレイ・ゼル「!」
駆けてきて勢いよくドアを開けたのはレオネルだった。レオネルは息切れ気味にこう言った。
レオネル「──ッ二人共、テレビ見てないのか?」
クレイ「?」
不思議に思ったゼルが直ぐにテレビを付ける。
ゼル「!」
クレイ「…!」
テレビの中継画面に映し出されたその光景を見て、二人と水野はすぐに状況を理解した。
リポーター『…見てください!一年数ヶ月という時を越え、遂にあの青い巨人が現れたのです!しかも全長が一年前の時と比べて遥かに伸びています!推定されるに…なんと今の全長は、300mを越えると言われています!』
水野「…こ、これって…」
ゼル「……クレイ」
クレイ「あぁ。水野も来い。皆の所へ行くぞ。」
水野「えっ?あぁ、ハイ!」
…
リポーター『巨人はまだ徘徊を続けています。何処かを目指しているのでしょうか?歩き出してから10分が経過しました……。』
一同「………。」
EST本拠地内にある情報室。そこにZAQのメンバーを含めた一同が会していた。よく見てみると新しく入った久我翔太郎と伏見楪(八話参照)、そしてそこにはセス(七話参照)とメルル(五話参照)の姿も見えていた。
ゼル「まさかこんなタイミングで現れるなんてな~~…。」
レオネル「一年越しに現れるとは…。何かの影響か?」
アリエス「上官は何て言っているんです?」
クレイ「今のところ何もなしだ。」
ZAQの四人がそう話していると、メルルが会話に入ってきた。
メルル「まァ当然だろ。こんな奴が出てきた所でオレたちみたいなアリンコに出来る事なんざ何にもねぇ。コイツからしたら俺達なんて、目にも入ってねーだろーよ。」
クク。とそう嫌味ったらしげに四人に返事を返すと、言われるまでもなくクレイやゼルに睨みつけられた。
ゼル「コノヤロウ…。クチ開けばそういう事しか言えねーのか?」
クレイ「忘れたのか?私達にはその気になれば、いつだってお前を殺してもいいという許可が下りてるんだぞ。」
メルル「そんな事言ったって、じゃあどうすんだよ?こういう時出てくる奴と言えば、強いて言えば航空自衛隊(空自)か、あとは海上自衛隊(海自)ぐらいのもんじゃねェのか?」
レオネル「………。」
ゼル「………。」
室内が静まり返るかと思われたその瞬間、水野の横からさっきまで話していた精霊が出現し、不意に水野に対してこう言い放った。
精霊「イキマショウ。ミズノサン。」
水野「えっ!?い、行くってどこに──。」
精霊「カレノトコロデス。イエ、『カレラ(彼等)』、トイッタホウガ、タダシイカモシレマセン。」
精霊は満を持したかのように、スッと水野の方を振り向くとこう言った。
精霊「カレラガ、ヨンデイマス。」
水野「………。」
水野がバッとクレイの方を振り向く。
水野「クレイさん!」
クレイ「………」
精霊の方を一瞥すると、クレイが口を開く。
クレイ「いいんだな?信用して」
水野「……はい!」
クレイ「…ゼル。車を頼む。」
ゼル「了ー解ッ!」
クレイ「アリエスは本部に報告。」
アリエス「はい。」
クレイ「レオネルは皆を頼む。」
レオネル「分かった。」
クレイ「水野───」
クレイ「───行くぞ!」
水野「───はい!!」
クレイ、ゼル、水野の三人は、こうして勢いに乗るように車に乗り込んだ。
そうして、三人は青い巨人が待つ海辺の地点へと向かったのであった。
…
道路は人でごった返していた。人道橋や海沿いは珍しいもの見たさに集まった人で溢れかえっており、もはや車の通る隙間などそこには無かった。
その為クレイ達はひとつ向こう側の田舎道を使って遠回りする事で、少しでも巨人に近付こうと考えたのだ。
ゼル「すげェ~人だな…」
野次馬で溢れ返った道路を見て、若干引き気味にゼルがそう言った。
クレイ「あぁ。だが人が多いと言うことは、それだけ巨人も近いという事だ。」
まさにクレイの言う通りであった。車窓から顔を出して探すまでもなく、はっきりとクレイ達の右側の視界にはあの先程までテレビに映っていた青い巨人が立っていた。
オオオォォォオォォォオォォォ………
クレイ「…まぁ、言うまでもないか」
クレイ「…このまま直進して右にいけば、海に接する港の所に出れるだろう。多分そこは地元の警察が先に通行止めにしているだろうから、私たちなら話せば通れる。きっと先回り出来るはずだ。」
クレイ「応援も呼んでおいたから、マスコミや見物客に邪魔されると言うことも無いだろう。」
ゼル「にしても…。」
田舎道をゆっくり進みながら、青い巨人を一瞥してゼルが叫ぶ。
ゼル「デカすぎだろォ~~~~~~~~!!!!!」
…
???「…すっげぇなぁ」
エンジンを切った白い軽のワゴンに寄りかかりながら、中年の男がそう呟いた。
中年の男「──おい、早くしろよ!」
男がそう言うと、道の向こう側から白いワイシャツを着た青年、男の部下が息切れ気味に走ってくる。
走ったせいだろう、白いワイシャツは少し汗ばんで縒れて(よれて)しまっている。
シャツの青年「酷いですよぉ~~!!センパイだけ一人で軽ン乗って先に行っちゃうんですからぁ〜。」
青年に対して、男はため息混じりに返す。その視線は青年の方を向いてすらいない。
中年の男「…お前がノロいのが悪いんだろ。」
シャツを着た青年「なっ!そんな事ないですよぉ〜!もうどこ行っちゃったのかと思ったンですからぁ~。」
中年の男「………。」
中年の男「…なぁ。アレすごいと思わねぇか?」
シャツの青年「…え?何がですか?」
中年の男「何がってお前、アレしかねぇだろうが。」
男は眼前にそびえ立つ青の巨人を首で指してそう言った。
シャツの青年「あぁ。アレですか…。」
中年の男「何だァ?テンション低いな…つまんねーの…。」
中年の男「…俺ぁこの道40年生きて来たが、あんなもんをこの目で見たのは生まれて初めてだぜ。目の前で見てる今でも信じられねェ…。」
中年の男「この世にはまだ見た事もねェあんなもんがウジャウジャいるかもしんねぇって思ったら、なんだか楽しくなってこねぇか!?」
シャツの青年「どうですかね~…。」
中年の男「あァ?なんでオメーの方がテンション低いんだよ。こういう時は大体、オメーみたいな若いのの方がテンション上がるモンだろーが。」
シャツの青年「いや、こう見えてもテンション高くなってる方ですよ!それより八城センパイも何なんですか!さっきからテンションテンションって!」
八城「テンションはテンションだろーが!上がってなにが悪ぃんだよ!」
ブロロロロロ……
二人がそう話していると、向こう側から黒い車が一台やってきた。
八城「…あ?何ンだあの車。」
シャツの青年「アレ?センパイ聞いてないんスか?ESTから直属で人が来るみたいっスよ。」
八城「ESTって、あのESTか?!」
シャツの青年「はい、なんでも緊急みたいで。」
キキィッ。
二人の目の前で車が停車したかと思うと、すぐに中からクレイとゼルと水野の三人が出てきた。
三人に気付くなり、シャツの青年は敬礼した。
一作「お疲れ様ですッ!三翠県警の伊野一作ですッ!!」
八城「馬鹿。声がでけぇよ」
一作の頭をはたきながら、八城もクレイ達に敬礼する。
八城「お疲れ様です。三翠県警の八城です。」
クレイ「ESTから来ました。クレイと申します。」
八城「クレイさん…。えっと、そちらの女の子は?それと…あと…子ども?」
八城は最後にゼルを見てそう言った。
ゼル「あァ!?何言ってんだオッサ───」
ゴンッ!!
挑発しようとしたゼルにすぐさまクレイの拳骨が振り下ろされる。
ゼル「ブッ!」
クレイ「突然すみません。彼女のことは気にしないでください。少し、用があって。」
クレイはそう言って水野の方を振り向くと、コクリと頷いた。『行け』という合図だった。
水野「!」
水野もそれに応えるように頷く。バッと八城達の方を向いて「失礼します!」とだけ言い礼をすると、水野は二人を抜いてさらに奥の方へ駆けて行った。
八城「あの子は…。」
ただ唖然とする八城に対して、補足するようにクレイが付け足した。
クレイ「彼女は、やるべき事があるんです。」
クレイ「…もう少ししたら係の者が来ると思うので、それまで待機しておいて下さい。」
クレイ「───おい、いつまでそうしている。とっとと行くぞ。」
痛がっているゼルにそう呼びかけると、二人は車に乗り込んでさっさと行ってしまった。
八城「…………。」
八城「………行っちまった……。」
水野「ハッハッ…。ハッハッ…。」
タッタッタッタッ…
階段を下りて港に出る。そしてその先にあるのは──。
水野「……ッ。」
オオォォォォォ……。
巨人「…………………。」
視界に広がる広大な海。
そしてそこにそそり立つもう一つの大きな"海"。
全長300mを越える超大型の人型ゾディアック、青の巨人である。その体内では赤い核のような物が蠢いていて、ゆっくりと動きながら脈動を繰り返している。
巨人「………………。」
何が目的なのか、巨人はどこかあらぬ方向を向いている。
…
ゼル「なぁ、本当に大丈夫なのか?アイツ一人で行かせちまって」
クレイ「…あぁ、大丈夫だ。」
クレイ「アイツらを…信じてみる。」
…
水野「………。」
水野「……これで…いいんだよね」
水野の横から、静かに精霊が現れる。
精霊「………。」
巨人「───!」
ズゥゥゥゥゥ……
水野「!」
こちらに気付いたのか、突然巨人がこっちに向かって振り向いた。その視線は間違いなく水野本人を捉えている。
水野「──ッ。」
巨人「………………………。」
巨人がゆっくりと近づいて来る。
精霊「………。」
水野「────ッ!」
巨人「…………………………。」
第十話へ続く…。