第五話:急襲
???「…まぁいい、話してやるよ。クククク…。」
怪しげな微笑を浮かべながらそのゾディアックは話し始めた。
???「全くオマエラときたら…能天気に何も知らねーんだな。」
クレイ「…どういう事だ」
???「ゾディアックって呼んでんだろ?『アイツら』のこと…未確認生命体とか何とかってよ」
???「まずソイツらがどっから来てんのかって話しだが…まぁでもこれは、『別次元から』とでも言うしかねえだろうな。」
『『『!!』』』
レオネル「べ、別次元だと…!?」
???「あぁ。ソイツらゾディアックはどういう訳か別次元…はたまた別世界、それか別の惑星から飛んできてる。どうしてこのタイミングでとか、どうしてこの小っちぇえ星なのかとかは知らねぇけどな。」
クレイ「何故言い切れる?」
???「俺もそうやって飛ばされてきてるからさ。気づけばここにいた。まぁ周りと比べればちっちぇえ星かもしれねぇが、俺が生まれたところに比べりゃあ寒くもねーし暗くもねぇから随分マシになって、ありがたいもんだぜ。」
クレイ「他のものについて知っていることは?ここへはどうやって入った?」
一触即発の状況で変わらず質問しているクレイに対し痺れを切らしたのか、堪らずゼルが声をかけた。
ゼル「…ッ!」
ゼル「おいクレイ!呑気に話してる場合じゃねぇだろ!どうすんだよコイツ!」
クレイ「私はずっと冷静だ。むしろ今はお前が落ち着け。アリエス、お前もだ。」
クレイ「…もしこいつが初めから攻撃するつもりなら、我々はとっくに攻撃されているか既に殺されている。こいつは我々の背後に現れ、明らかに不意を突いていた。不意を突いたのに攻撃しなかったのは何か理由があるか、もしくはそれを出来ない別の事情があるからだ。ただ単にこいつに攻撃能力がないだけかもしれないが、警報も鳴っていない。」
クレイ「つまり他の侵入はまだ確認されていないという事だ。この時点で考えられるのは2つ。1つ目は『敵の侵入にまだこちら側が気付いていない』という事。2つ目は『既に指令部の人間は死んでいる、もしくは捕らえられているか等してこちらに合図を送れない状況になっている』という事。相手の全容を計れない今、我々が取れる最善の手段は保護対象三人を全力で守る事と攻撃対象を必要以上に刺激しない事だけだ。それ以外にはない。」
ゼル「…大したもんだぜ」
半ば参ったと言わんばかりにゼルは感心した。
???「話がわかりゃそれでいい。」
???「それじゃあ、俺が敵じゃないと分かった所でさっきの話の続きだが、まず俺以外に仲間はいない。ここへは一人で来たし、他に侵入してる連中もいない。そしてもう一つの質問だが、これは企業秘密にさせてもらうぜ。」
クレイ「何故だ?」
???「大した問題じゃねぇからさ。特に話す事でもねぇ。まぁ強いて言うなら…ちょっとした瞬間移動って所だな。俺だけが使える。」
クレイ「ESTの防壁は決して薄くはない。そう簡単に入れる物とも思えないが。」
???「だから大した問題じゃねぇっつってんだろ。これでも結構ギリギリだったんだぜ?そんなに気になるなら片っ端から検査でも何でもしてこいよ。穴どころが傷一つ見つからねぇと思うけどな。」
クレイ「……本題は」
???「そう、こっからが話したい事だ。ゾディアックって呼んでるんだよな?あいつらの事…。」
レオネル「それがどうかしたのか…?」
???「アイツらよ…これからどんどんやってくるぜ。」
レオネル「!」
クレイ「!」
ゼル「なッ、なんで分かるんだ!」
???「勘だよ。直感ってやつかな」
ゼル「そんなもん信じるわけねぇだろ!!」
???「いーや、合ってるよ。この前の事件だってそうだろ?デケェ建物で起こったあの事故。」
巫狩 (!)
クレイ「…イラザの事を言ってるのか?」
???「そうそうそれそれ!確か野次馬の連中がそう呼んでたな…」
アリエス「じゃあやはり、あの事件も…。」
???「あぁ、そうだよ。あの事故の時だって間違いなく何らかしらの化け物が関わってるはずだ。」
巫狩「!」
その時巫狩は直感的にあの化け物の事を思い出していた。そして『チェイン』の事。授かった『力』の事。
???「あの時だってそうだ。ほら、一年前に突然現れたっつー青い巨人のやつ…忘れたわけじゃねぇだろ?」
???「あん時だってなんとなく分かってはいた。そして俺がそう感じた時にはいつも決まってその直後に、ああやって化け物が現れるのさ。」
???「今日の電車の事だってそう。いつもああいう化け物が現れる時に、何となく直感で分かるんだよ。」
???「だから今回の事も、」
クレイ「直感で分かるという事か?」
???「!」
ゾディアックの言葉を遮るようにクレイが横槍を入れる。ゼルもそれに応答する。
ゼル「何となく何となくってよ…。テメェの言葉には根拠がねぇ。しかもそれをテメー自身が仕掛けてたんだとしたら、分からねぇ事じゃねーよなァ?」
???「まァ…それを言われちまったら証明のしようがねぇが…」
するとゾディアックは、突然謎の単語を挙げ始めた。
???「2058年、4月6日。集落。6月7日、山。7月19日、港町…。」
水野「な…なんの事ですか?」
クレイ「……」
謎の単語を挙げ続けるゾディアックに対し、ZAQのメンバーは心当たりがある素振りを見せた。
レオネル「こ、これは…」
アリエス「これは、今までに発見されてきたゾディアックの前例です。…しかし、公表はされていません。」
???「そうだ。これは俺だけしか知らない情報と言ってもいい。」
???「…俺はな、ゾディアックを探せるんだよ。」
『『『『!!!!』』』』
クレイ「…位置が分かるという事か?」
???「全部じゃねぇ。全部じゃねぇが、ある程度の位置は掴める。」
クレイ「全部では無いとは、大体どの位だ?」
???「分からねぇ奴もいるが、大体9割ぐらいは特定できると思ってもらっていいだろうな。」
???「これまで何度かおんなじ様なのを見かけてきたが、今までに分からなかったのはあの青いヤツだけだな」
クレイ (巨人の事か…)
クレイ「つまりお前は…」
???「あぁ、そうさ。俺はオマエらに『交渉』しに来たんだよ。」
水野「交渉…?」
???「俺はゾディアックを探すことが出来る。出現するタイミングも俺自身で分かるし大体の位置は掴める。だからオマエらは、俺を『保護』しろ。」
クレイ「保護…?」
???「さっきお前の言った通り、俺には誰かを攻撃する手段も無けりゃ自分の身を守る手段もねぇ。それこそ出来るのはちょっとした瞬間移動と敵の位置を割り出す事位だ。」
???「そこで、お互いに協力といこうじゃねぇか。俺はゾディアックを見つける。オマエらはそいつを探して叩く。俺からの干渉はしねぇし、ここでの安全を保証してくれればそれで良い。どうだ?オマエらにとっても大して悪い話じゃねぇだろう。」
両者の間に僅かな沈黙が流れる。
クレイ「…そうだな。悪い話じゃない。」
???「なら───。」
そう聞こえた瞬間だった。
ガチャンッッッ!!!!
???「!!」
小型のゾディアックに対し突然、クレイ達が銃を構えたのだ。各々どこに隠し持っていたのか、レオネルは散弾銃、アリエスは狙撃銃と持つ人間によって銃の種類も違う。ゼルに至っては巨大なライフルのようなものまで持っている。
クレイ「…だが、手を組むつもりはない。アリエス。」
アリエス「はい。長野さんからもちゃんと信号は届いています。どうやら向こうも無事なようですね。」
???「なっ…」
アリエス「先程あなたが話してる最中に、向こうの方へ密かに信号を送っていたんです。今もちゃんと返って来ているので問題無さそうですね。」
クレイ「この通りだ。ウチにはお前を信用するつもりも、仲間に入れるつもりもない。第一、お前の言うこと全てが本当って訳でもないしな」
ゼル「何よりウチを、小っちぇえ星だの鳥頭だの抜かしてんのも腹立つしなー。」
クレイ「味方の安全が確認された今、お前を生かしておく必要は無くなった。ここで排除する。」
???「ち、ちょっと待てよ!!オマエらにとっても別に悪い話じゃねーじゃねェか!!」
クレイ「話を聞くつもりはない。さらばだ。」
全員の指が引き金にかかったその時だった。
水野「ちょっ、ちょっと待ってください!!!!」
『『『『 !? 』』』』
クレイ「……何だ?」
水野「あ、あの!撃つのはまだ早いと思うんです!流石に敵って決まった訳でもないし、別に…悪いことして無いし…その…」
ゼル「…あのなぁ、こいつは外から来てんだぞ!?しかも化け物なんだ!信用も出来ねーし、後で何するか分かったもんじゃねェんだぞ!?」
クレイ「ゼルの言う通りだ。ここで始末しておかねばならん。生かしておく理由はないし、後でこいつが危険因子として味方に影響を及ぼすかもしれん。手遅れになっては遅いんだぞ。」
水野「それは…そうかも知れないですけど…」
水野「でも!まだ何もして無いのに殺すのは、さすがに違うんじゃないかって思うんです!!」
クレイ「お、お願いします!!!どうにかして、殺さない方法を…」
水野は必死に頭を下げた。
クレイ「……………。」
ゼル「…………おい、クレイ……。」
クレイ「………。」
クレイは、静かに銃を下ろした。
レオネル「!」
ゼル「なっ、おい!」
クレイ「確かに、味方の無事が分かったからといって即座に排除しようとするのは早計だったかもしれん。」
レオネル「い、いいのか…?」
アリエス「…敵かもしれないんですよ?」
クレイ「…コイツのこの様子を見るに、どうやら瞬間移動もすぐには使えないようだ。」
クレイ「要監視の元、この件は本部に預ける。お前らも銃を下ろせ。」
三人も言われるがままに、ゆっくり銃を下ろした。
水野「あ…あぁ……!」
クレイ「但し!不審な行為や情報漏洩、敵と思われる行動をした瞬間に即座に射殺する!いいな!」
水野「…ぁあ…!!よかった……!!」
水野はそう言うと、ほっと胸を撫で下ろした。
???「……ッフゥ…!!助かったぜ……。」
クレイ「アリエス。本部と連絡して状況を整理しておいてくれ。私たちはひとまずここで待機してこいつを見張っておく。」
アリエス「分かりました。」
クレイ「………。」
その後僕たちは部屋に返され、小型のゾディアックの件はZAQのメンバー含めたESTの職員監視のもと、本部に預けられる事になった。
こうして、ようやく怒涛の4日目が幕を下ろしたのだ。
5日目、朝───。
水野「どっ…どういう事ですか!?」
5日目の朝は思いもよらぬ形で始まった。朝起床してすぐに食堂に集められた僕たちを待ち受けていたのは、ZAQのメンバーとあの謎の小型ゾディアックだったのだ。
???「いやァ~昨日は世話になったな~~嬢ちゃん」
小川「な…なんで…ここに…」
クレイ「昨日あの後本部と話し合って、こいつの事はこちら側で受け持つ事になったんだ。監視するのと同時に何かあれば我々がすぐに対処出来る。」
ゼル「まァ、当然っちゃ当然かもな~。こいつは何するか分かんねぇし、ひとまず本部と離れてりゃあ情報に手出しされる事はねぇって話だろうよ。」
巫狩「あの…大丈夫なんですか?こいつは知らされていないはずの事件のことも知っていたんですよね?」
???「あれはな、奴らの位置が大体分かったからあそこまで特定出来たんだ。普通だったら出来ねぇよ。もちろん、アイツら以外にも見つかってる奴らはいくつか居るだろうけどな〜」
クレイ「とりあえず様子見だ…。怪しい動きを見せた瞬間、即刻排除する。」
???「ヒィ~~…おっかねぇ…俺はそんなんじゃねぇって何回も言ってんだろうが。」
ふわふわ浮いているゾディアックを改めて間近で見た為か、小川は驚いてるみたいだ。
小川「マジかよ…本当に浮いてんぞ…すげぇ…。」
クレイ「とりあえずこいつの事は別として、三人は通常通りこれまでと同じ生活をおくっていってもらう。こいつの監視は我々がするからな。」
すると水野が思いがけない事を言い出した。
水野「あの、この子に…名前付けませんか?」
小川「えぇ!?」
ゼル「はっ…はァ?!名前?!」
???「名前かァ…別に構わねぇぜ。考えた事は無かったけどな。」
水野の相談にほぼ同じタイミングで小川とゼルが驚く。ゾディアックが満更でもない反応を見せた直後にクレイがきっぱりと否定した。
クレイ「だめだ。コイツはあくまで観察対象、犬や猫とは違うんだ。変な愛着を湧かせてもらっては困る。」
水野「いや、別に愛着とかそういうつもりで言った訳じゃ無いんです。ただ、いざって時に呼び名が無いと後々(あとあと)困るんじゃないかと思って。」
ゼル「ほぉ~…なるほど…。確かにそうかもしんねぇな。」
クレイ「…いや、駄目だ。コイツには、名前など必要ない。」
巫狩「…僕も水野さんには賛成です。」
クレイ「!?」
巫狩「水野さんの言う通り、いざという時に名前が無かったり、呼び名を統一していないと、緊急の時に反応が遅れてしまうかもしれません。呼び名は、あった方が良いと思います。」
クレイ「なっ…」
小川「ほぉ~~…確かに。あった方がいいかもしんねぇな!」
ゼル「…まぁ、あってもいいんじゃねぇかァ?」
クレイ「……………ハァ。」
そう小さくクレイの方からため息が聞こえたかと思うと、クレイは仕方なさそうに聞いた。
クレイ「…ちなみに名前は?」
クレイが渋々そう聞くと、発案者の水野は少し考えてからこう言った。
水野「メルルはどうですか!?伝達って意味と、『メール』から呼びやすく取って、メルル!」
EST本拠地内、とある一室。
レオネル「…なるほど。そんな事があったのか…。」
ゼル「あぁ。」
レオネル「わかった。とりあえずアリエスにも伝えておこう。それと巫狩くん」
巫狩「…はい。なんですか?」
レオネル「まだここに来て間もないのに色々な事が起きて大変だろうが、あまり無理はしないでくれ。」
巫狩「えぇ。お気遣い頂きありがとうございます。」
レオネル「それじゃ私はこれで。」
ゼル「おう。」
レオネルはそう言うと去っていった。
ゼル「…なぁ、暇じゃねえか?」
巫狩「暇…ですか?」
ゼル「ああそーだよ。こんな所でいつまでも特訓ばっかしてちゃ、そのうちどーにかなっちまうぜ!
お前ェ、本好きなんだよな?」
巫狩「まぁ…それなりには…」
ゼル「じゃあ丁度いいな!一緒に図書館にでも行かねぇか?!」
巫狩「図書館っていう事は…外に行くんですか?」
ゼル「ああそーだよ!お前だって、こんな所にいつまでも居たんじゃ気が持たねえだろ?だから、俺の『仕事』にちょっと付き合ってくれよ」
巫狩「し、『仕事』…?」
ゼル「いやー!お前が着いてきてくれて助かるぜ!俺もさすがに1人じゃつまんねえからな〜。」
ゼル「他の奴も仕事で忙しいし…」
巫狩「………」
巫狩は本拠地を出る直前の会話を思い出していた。
…
(巫狩:仕事ってなんですか?)
(ゼル:お前らがいっつも使ってる参考書ってのあんだろ?あれで足りねぇモンが出てきてよ。図書館に行って借りてこなきゃ行けねぇんだ。)
(巫狩:でも、僕たちは外には出れないんじゃないですか?)
(ゼル:たしかに!保護観察はしなきゃいけねぇけど、実は外に出ちゃいけねぇとは一言も書かれてねぇんだ。まぁだからと言って外でずっと遊んでるってのもダメなんだけどな〜。)
(巫狩: ……。)
…
巫狩「………。」
(いいと言われたから来てみたものの…前回と違って何だか変な感じだ…。本来ならどの時間帯もESTの中にいるからだろうな…。)
今思えばこの時には、いや、地球外生命体が地球に現れた時から、もう既に『全て』は始まっていたのかもしれない。僕たちの知らないところで、僕たちの知らない何かが───。
巫狩「随分…広いですね…ここ…」
ゼル「そうだろ〜?なんたって都内有数の指定図書館だからな~~。」
ゼル「よし!じゃあ早速だが、お前はあっちの方を探してきてくれねーか?」
巫狩「わかりました。…ちなみに」
ゼル「ん?何だ?」
巫狩はゼルの左手に目をやった。
巫狩「持って来てるんですね。ちゃんと」
ゼル「…あぁ、まぁな。何が起きるかわかんねーし」
ゼルは左手にブラックボックスを持っていた。ESTを出る時におそらく持ってきたのであろう。
ゼル「そんじゃ、手分けして探すぞ。」
そう言うと二人は二手に分かれて探し始めた。
………………キシ…………
巫狩「……?」
巫狩 (一瞬音が聞こえたかと思ったが、何でもないか…)
同時刻、EST本拠地内───。
レオネル「お、ここに居たのか」
アリエス「えぇ。大体の事はもうリーダーから聞きましたよ。」
クレイ「…コイツの事もな」
クレイが鬱陶しそうに目を逸らすとその反対方向から例の小型ゾディアック、『メルル』がふわふわと飛んできた。
メルル「おいおいそんな冷たい顔すんなよ〜。これから仲良くやってく『仲間』じゃねぇかこっちはよ~~。」
クレイ「誰が仲間だ。その時が来たら即刻叩き斬ってやる。」
メルル「何だよ、つれねぇなぁ~~。」
水野「あ!レオネルさん」
レオネル「…水野に小川!全員ここに居たのか」
アリエス「えぇ。どうやら、たまたま皆暇になっちゃったみたいで。」
レオネル「そうか…」
アリエス「ゼルさんの事は聞きましたか?」
レオネル「ゼル?あいつがどうかしたのか?」
クレイ「買い出しだ。と言っても西の方の図書館に参考書を借りに行くだけだが。」
アリエス「巫狩さんも一緒みたいでしたよ。」
レオネル「そうだったのか…ならちょうど入れ違いになったようだな。」
クレイ「…そうみたいだな。」
そんな会話をしてるその時だった。クレイがメルルの異変に気付いたのだ。
メルル「………!」
クレイ「…?」
クレイ「おいどうした?」
メルル「…現れたぜ。」
クレイ「!」
水野「現れたって事は…まさか…」
メルル「あぁその通り。出やがったんだよ、ゾディアックが。」
クレイ「…場所は?」
メルル「あっちの方だ。」
そう言ってメルルは敵が居るであろう方角を向いた。
アリエス「あの方角は……」
水野「あっちって…!」
ゼル「オゥ、見つかったか?」
巫狩「いえ、中々見つかりませんね…」
ゼル「…どうやら一周してきたみてぇだな」
ゼル「よし、それじゃ他の所探してみようぜ。」
巫狩「分かりました。」
そう答えて、巫狩はゼルの後をついていこうとした。その時、近くの机の上にあった銀色のペン立てが目に入った。
その綺麗に反射した銀の筒は真っ直ぐに巫狩自身を写し出し、そして───。
巫狩「………!」
巫狩の後ろに現れた、巨大な黒い甲殻の怪物を鮮明に写し出した。
巫狩「────ッ!!!」
怪物「グギィィッ!!」
バッと振り向いたが一瞬反応が遅れ、化け物の鋭い爪に吹き飛ばされてしまう。
ドゴォッ!!!!
巫狩「ウッ……!!」
ゼル「!!」
ゼル「巫狩!!大丈夫か!!」
巫狩「ぐ………!」
突然の急襲と全身を強く打ったことにより、巫狩は声を上げることも出来なかった。
ゼル「な、何だコイツ……ッ!?いつ現れやがったんだ!!」
怪物「グッ…ギギ……ギギ…グ……」
ゴツゴツした黒い甲殻、2本の鋭い爪、そして胴体に並ぶ何本かの鋭い足。爪の部分は蟷螂を連想させるが、胴体に繋がっている足の部分を見ると海老のようにも見える。
一般人1「な、なんだ何だ…?」
一般人2「大丈夫ですか!?」
ゼル「!」
物音を聞きつけた利用客やら店員やらが顔を出してくる。怪物が物陰に隠れていた為、まだ何が起きているのか理解出来ていないのだ。
ゼル「来るなァッッ!!!」
ゼル「全員早く逃げろ!!殺されるぞ!!!」
「!!」
「キャアァアアアア!!!!」
「うわぁぁあ!!!逃げろ逃げろぉおお!!」
怪物に気付いた図書館内の人間が、一目散に逃げていく。しかしその一瞬のやり取りの隙にゼルの近くまで怪物が近づいて来ていた。
ゼル「や、野郎ォッ!!」
ゼルが行動を起こそうとした瞬間、反射的に読み取った怪物がもう一方の爪でゼルを吹き飛ばす。
ゼル「グッ……!!」
しかしこちらも、手に持っていたブラックボックスで反射的に防御した事によって最小限のダメージに抑える事が出来た。
ゼル「…ッ!」
攻撃を防いだゼルは怪物の方へ向き直り、
ブラックボックスを掲げて叫んだ。
ゼル「コード要請431!コードゼル…」
ゼル「ブラックボックス、オープン!!!」
ブラックボックスが青く光ったかと思われた次の瞬間、ゼルの手には変わった形をした『長筒の黒い銃』が握られていた。1mという長さを超え、その素材は黒の合金から成り、銃口から青い光を放っている。
キュオオオォォォ……
ゼル「…頼むぜベイビー!」
怪物「グギャァアアアアッッッッ!!!」
ゼルの一言を開始の合図かのように、怪物が凄まじい勢いで襲いかかってきた。
怪物は両爪を大きく振りかぶり突進してくる。
ゼル「……」
両爪が迫ってくる。
ゼル (これは………)
ゼル「──ッ右足!!」
ドガァンッッ!!
距離的に近かったのはゼルから見て左足であったが、ゼルは右側の足を狙い撃った。それが敵の最も力が入っている場所、『本命』であると自分の直感とこれまでの経験がはっきりそう語ったからだ。
怪物「ギギャァアッッ!」
渾身の力を込めた左脚を止められた事と至近距離で銃弾を食らったことで、怪物は大きく仰け反った。それによりゼルの至近距離まで迫っていた右脚の爪も同時に引っ込んだ。
ゼル「よっしゃァ!命中!!」
怪物「ギギ……ギ…」
刹那の状況の中で物事を判断し、自らの命が掛かっていても冷静に取捨選択が取れる。これがゼルの強みなのだ。
ゼル「しかし驚いたな…。通常はショットガンモードにしてんのにこれでも壊れねぇのか…。どんだけ硬ぇカラしてんだよ、お前ェは」
怪物「ギ……」
ゼル (…来る!)
怪物「ギャォラァアッッ!!」
ガンガンッッ!!
ガンッ!
ガンッッ!!!
ゼル「うぉっ!危ねェッ!!」
怪物による2本の爪の猛攻。ゼルは間一髪で避けるが、遥かに自分を超える体格差の者と戦っているため逃げる事も追撃する事もままならない。
ゼル (クソッ!!追撃する暇がねェ!『アレ』を使うしかねぇが、使うのにはまだ時間がかかる!何とかして稼がねぇと…!)
巫狩「う…」
激しい攻防を続ける両者の横で、巫狩はフラフラと立ち上がった。
ゼル「巫狩!!!」
巫狩「ゼ…ゼルさん…!」
その時だった。一瞬巫狩の方に意識を向けた瞬間に怪物の爪がゼルの脇腹を掠ったのだ。
ゼル・巫狩「!!」
怪物「ギギャアアァッ!!」
ゼル「や…野郎ッ──!」
脇腹を掠ったことにより判断が遅れたのが原因か、ゼルはさらに怪物の続けての連撃により横側から追撃を受けてしまったのだ。
ゼル「………ッッ!!!」
脇腹に怪物の攻撃を食らったことにより、ゼルは後方の本棚まで吹っ飛んだ。
ドグオォッッッ!!!
ゼル「うぐっ……!!う……」
ゼルは本棚まで吹っ飛ばされた衝撃によって気絶してしまった。
巫狩「そ、そんな……!」
怪物「ギ………!!」
ガンッ!!
巫狩「!」
好敵手を打ち負かした事による勝利宣言なのか、新しい獲物を見つけた事への愉悦なのか、怪物は主張するようにその大きな爪を地面に深く突き立てた。
怪物「ギャギャギャギャ……!!!」
ガンッ……!
ガンッ…………!!
巫狩「………ッ!」
巫狩 (駄目だ!どんどん近付いてくる!逃げる事は出来ない!)
巫狩 (それにここで逃げてしまったら…ゼルさんは…もう…!)
巫狩「…………。」
瞳を閉じて、そしてまた開く。
巫狩「…………よし!!」
巫狩は覚悟を決めた。最後に、自分の中にあるものに託すことにしたのだ。
巫狩 (あとは……信じるだけだ。)
怪物「ギ………」
巫狩が覚悟を決めた事を悟ったのか、怪物も明らかな攻撃態勢に入る。身を斜めに構え、獲物を捕らえる為に全身全霊で襲い掛かる気だ。
巫狩 (あとは…信じる…だけ…。)
怪物「ギ……ギ……ギ………」
巫狩は再び目を閉じた。
巫狩「……………。」
荒らかったはずの呼吸がだんだんと収まっていく。周りの音もだんだん聞こえなくなる。雑音も、瓦礫が軋む音も、怪物の鳴き声でさえも耳には入らない。
巫狩「………」
(…………………。)
その時、暗闇の世界の中にたった一つの光が見えた。音もなく、ただその光は漂うようにして上へと昇っていく。光はさらに他の光を集め、輝きを増して行き、そして────。
(………………。)
再び目を開く。すると、
怪物「グギャアァアァァアアァァア!!!!!!」
その刹那。巫狩はただ、何を考えるでも無く
巫狩「…………ッッ!!」
ドグォォオッッ!!!!
怪物「ギャァッ──」
ボグォオオォォォオオォォォン!!!!!
ゼル「……………な……なんだ………?」
突然の破壊音に気絶していたゼルが目を覚ました。
ゼル「あ………!」
ゼル「あれは………!!」
そしてある異変に気が付いた。
怪物「グッ……ギャッ……ギ……ッ!」
響き渡るほどの破壊音。荒れ果てた部屋。暴れ狂う怪物。滅茶苦茶に破壊された風景の中心に、確かに『ソレ』は立っていた。
巫狩「……………。」
鎧のような白い骨格に獣のような顔付き。いつの日にか見た『アイツ』のような『鎧』を纏って、巫狩はそこに立っていた。
ゼル (巫狩……なのか……?)
怪物「……ギィ」
怪物「ギギャァァアアア!!!!」
怪物が再び襲いかかった。しかし、
ドグォオン!!
ドグオォンッ!ドゴォッッ!!!
巫狩は襲い掛かる爪を躱し綺麗に三発、怪物の腹へと撃ち込んだ。
怪物「ギグゥウッ…」
怪物「ギャャアッ!!」
一瞬怯んだが、さらに怪物は爪を振り下ろしてくる。
しかし更に四発、巫狩は拳を叩き込んだ。
ドゴォッドゴォッ!!
ドゴォッ!!!
ドグォオオォンッ!!
怪物「ギッ…グッ、グ…………」
爪に二発、顔と腹に一発ずつ食らったことにより流石に効いたのか、怪物の動きが止まり始めた。
ゼル「な、何だよ…ありゃあ……」
クレイ「…どうだ!?繋がったか?!」
アリエス「いえ、繋がりません!」
クレイ達は巫狩の元へ一刻も早く向かう為、装甲車で現場まで直行していた。
クレイ「クソッ!レオネル、後どのくらいだ?」
レオネル「まだ時間がかかる、渋滞してるみたいでもう10分はかかるぞ!」
クレイ「くっ…!」
小川「本当にいるんですか!?こんな街中に…」
メルル「あぁ、いるとも。はっきりとした位置までわかる訳じゃねぇが、近づけば近付くほど分かる。間違いなく、ゾディアックの野郎とアイツらが行った図書館の位置は重なってるぜ。」
クレイ「…5分ほど前に何件か同じ内容の通報が来ている。そいつの言ってる事はおそらく合っているだろう。」
小川「そ…そんな…。」
クレイ (ブラックボックスは発動している…。だが連絡はない…今頃苦戦しているのか…?)
怪物「ギ…ゴゴッ……!」
巫狩「……来い」
怪物「ギグアァッッ!!!!」
巫狩「ッ!!」
ボグォオッッ!!ボゴォッ!!
一発、二発。怪物の爪と顔にまた一発ずつ命中した。
怪物がいくら攻撃しても巫狩には当たらない。
その時だった。
ビキビキッ!!
ゼル「!」
今受けた攻撃の影響だろう。
とうとう怪物の爪と顔にヒビが入ったのだ。
怪物「ギエェェェエエエッッ!!!ギエエエェェェエエェェェエエ!!!」
痛みからなのか怪物が怒り狂い始める。怪物は巫狩目掛けて一直線に飛びかかってきた。
巫狩「…終わりだ。」
最後に巫狩がそう言ったかと思うと、物凄い勢いで飛びかかってきた怪物の攻撃を難なく躱し、巫狩は最後の一撃を怪物に食らわせたのだった。
巫狩「うおおおぉっっ!!!」
ドグォォオン!!!
怪物「……ギ…ギギ…ギ」
怪物が少し後ろにふらついたかと思うとその瞬間、
バリバリバリッッ……!!
バカァアァッッ!!
突然怪物の頭が割れたのだ。
怪物「………………。」
息絶えたのだろう。後ろに仰け反ったまま、怪物が頭から黒い煙の様なものを出して灰になっていく。そしてそれはどんどん全身に広がっていき、やがて原型を持たない程に崩れていった。
バラ…バラ……バラ……。
ゼル「……終わった…のか?」
怪物の死骸が砕けていくのとほぼ同時に、巫狩の姿も元に戻っていく。白かった骨格は剥がれるように散っていき、獣のような顔の鎧も光のように消えていった。やがて全ての装甲が消えて無くなると、いつもの巫狩の姿になった。
巫狩「う……」
フラ…
ゼル「巫狩!」
倒れそうになった巫狩を、ゼルがとっさに庇おうと駆け寄る。
巫狩「あぁ…ゼルさん……」
ゼル「だ、大丈夫なのか…?」
巫狩「えぇ…まぁ。なん…と…か……。」
そう言いながら巫狩は倒れてしまった。
ゼル「あっ!?お、おい!!巫狩!?巫狩!!」
巫狩 (…………。)
激しい戦いを終えた巫狩は深い眠りの中へ落ちて行くのだった。
メルル
…
時空の歪みにより突然日本に飛ばされてしまった小型のゾディアック。憎たらしいキャラクターと馴れ馴れしい口調が特徴的で、『伝達』と『メール』の意味合いを取って水野にこの名前を付けられた。短い瞬間移動や敵を探知する能力に長けていて、巫狩達やZAQのメンバーのサポート役としてESTに保護される。攻撃能力は無い。定期的に人を見下す。