第四話:侵入
クレイ「コード要請228!コードクレイ…」
???「……。」
クレイ「ブラックボックス、オープンッ!!」
クレイがそう口にした途端、右手に構えていた黒い箱が突然勢いよく煙を吹き出した。
ボシュウウウゥゥゥゥゥ!!!!!
煙で一瞬視界が霞み、クレイの姿が再び現れたと思ったその時だった。
水野「あ…!あれは…!」
一番初めに気がついたのは後ろで見ていた水野であった。
クレイ「……。」
クレイが先程まで手に持っていた黒い箱の姿はどこにも見当たらない。その代わり右手には、鈍く光り輝く『黒い刀』が握られていた。
???「……それだけか?」
???「…まじでそんなもんで、この俺に勝つつもりじゃねぇだろうな?」
小川「……」
あまりの出来事の連続に小川はついていけてないようだ。
クレイ「…水野!」
そこでようやく、呆気に取られていた水野も目を覚ました。
水野「あっ!はい!」
クレイ「時間がない、早く行け!アイツらにこの事を…はやく伝えるんだ!」
水野「わっ…わかりました!」
それまで、目に見えて分かるほど震えていた水野であったが、不思議ともう恐怖は感じていなかった。
バッと小川の方を振り向き、クレイの言葉に背を押されるように駆け出す。そしてそのまま小川の手を掴んだ。
水野「小川!!行くよ!!」
小川「えっ?!えぇ、あ、ちょっとぉ!」
半ば強引に小川の手を引きながら、逃げた乗客の方へ走っていく。水野達はそのままクレイの後方の車両へ消えていった。
クレイ「……。」
???「……。」
二人を覆う空気が歪んでいく。その静寂は、邪魔者がいなくなったこの車両の中でこれから一体何が起きるかを明確に表していた。
ザリ…ザリ…
二人の距離が近付いていく。言葉を発する必要など無い。そしてその距離がおよそ1mを切った所であろうか、二人の時間は停止した。
???「………。」
クレイ「………。」
クレイ「……い」
行くぞと、そう口にしようとした瞬間であった。
???「うォオラアァッッ!!!!」
ブォンッッ!!!!と、怪物の固く握られた左拳がクレイの顔面目がけて飛んできた。がしかし、
???「…っ!?」
当たれば即死の怪物の握り拳は、その圧倒的な速さにも関わらず虚しく空を切った。
???「こっ…コイツッ…!!」
??? (避けやがった…っっ!!!俺の拳を……こいつ、この距離…この速度で…ッッ!!)
空を切った拳の下で、金色の髪がなびいている。
その間では碧色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめていて────。
???「…ッッ!!」
クレイ「うぉぉおおおおおッッ!!!」
ザンッ!!ザンッ!!ザンッ!!!
一撃、二擊、三撃。
クレイの黒刀がものすごい速さで怪物の体を切り刻んで行く。
???「やっ…野郎ォッ」
ブォンブォンッッ!!!!
怪物の巨大な拳が迫ってくる。しかしクレイは臆すること無く身軽に、そして巧みに躱していく。
クレイ「ふんッッ!!」
ジャキンッッ、ジャキンッッ。
相手の攻撃に重ねるように、クレイは斬撃を加えていく。しかし一歩も引く気はない。
2mに達しようかという化け物を相手に、超至近距離で戦闘しているのにも関わらずクレイは一度も怯んでいない。その人間らしからぬ並外れた強さと今目の前で起こっている事態の異常さに怪物は戦慄していた。
??? (こいつッ…やべぇ!!無茶苦茶だ!まさかこの俺が、戦闘で圧されるなんて…ッ)
クレイ「…ッ!」
???「なッ──」
ザンッ、ザンッ!!
これまでの攻撃に加え、さらに顔面に二回斬撃を食らったことにより、怪物は後ろによろめいた。
???「ぐッ、おッ…」
出血はしないものの、明らかにダメージは入っている。怪物には反撃する事さえもままならなかった。
一方その頃───
水野は、小川を連れて最前列の車両へと向かっていた。
小川「あ…いう…どうしよう…俺まだ、立てねぇよぉ…」
水野「しっかりしなさいよ!アンタ男でしょ!?こういう時に男が前歩けなくてどうすんのよ?!」
小川「だってっ…だってっ…足に…力が…」
水野「それなら大丈夫!もう黒服の人達にはさっき連絡しておいたから!きっと、あの人たちなら…何とかしてくれるはずだよ!絶対!」
水野からの報告を受けたゼル達は、車でクレイ達を追跡していた。
ゼル「急げ!急げ!もっと飛ばせ!」
レオネル「無理だ。これ以上は飛ばせん。スピードが出すぎて危険になる。」
ゼル「くそッ…アリエス、アイツらの位置はどうなんだ。」
アリエス「電車は未だ走行中、目標までは遠いままですね…クレイはブラックボックスを使用しているので、おそらく中で交戦しているかと思われます。」
巫狩「交戦って…つまり中ではもう、争いが起きてるんですか?」
アリエス「えぇ、そうなりますね…。しかし僕らはまだ、水野さんの連絡を受けただけで中の状況は把握しきれていません。もし本当に、中でゾディアックが確認されていて、それにクレイが応戦しているのなら、相当な被害者が出ていると考えていいでしょう。」
巫狩「そんな…」
ゼル「チックショウ。電車なだけあって全然追いつかねぇ。」
レオネル「全くだ…。道は空いているのに目標に着くにはまだ遠い。せめて電車が止まってくれれば追いつけるんだが…」
巫狩「あの…皆は大丈夫なんでしょうか?」
アリエス「被害は甚大でしょうね…。しかし水野さんの報告によって彼女たち二人と、クレイが無事なのは確認しました。そして今、クレイが中央車両で交戦しているのならそれ以上の被害はひとまず有り得ないでしょう。」
巫狩「有り…得ない…?」
ゼル「クレイはブラックボックス使用ってんだろ?なら大丈夫だ。アイツなら心配ねーよ。」
巫狩「…。」
ゼル「あんな奴に勝てるのは本物の鬼でも
連れてくるか…。それか戦車でも持ってこねぇ限り敵わねぇだろーよ。」
ジャキンッッ!!ジャキンッッ!!!
???「う、おぉッ───。」
グラッ…
あまりの猛攻に耐えかねたのか、2mの巨体が後方へよろめく。
???(こいつッ…強ぇ…全く近づけねェッ…!!)
クレイ「………。」
???「……?」
クレイ「どうした?その程度か?さっきまでの威勢はどこいった?」
???「なッ──」
クレイ「私はまだ一撃も食らってないぞ?…」
クレイ「案外、大した事ないな…。」
そう言いながら、クレイはニヤリと挑発した。
???「こッ……この野郎………ッッッ!!!!」
クレイ本人の近接における戦闘能力、そして回避能力の高さも勿論ではあるが、電車内という限られたスペースの内側で戦う事によって怪物の攻撃の幅自体が狭められているというアドバンテージが生じている事に未だ怪物は気づいていなかった。
そしてそのアドバンテージこそがクレイをここまで圧倒的に優位に立たせ、怪物をここまで追い詰めているのだ。
???「殺すッッ……ブッ殺してやる……ッッ!!!」
そう近づいた瞬間だった。
ギキーーーーーッッッッ!!!!
クレイ・???『!!』
ガタン、と一気に電車内が揺れる。
水野「うわぁっ!!」
小川「うおぉっ!!?」
近くにいた乗客もろとも一気に倒れ込む。
水野「これって……」
クレイ「これは…」
電車が車内の状況を知ったことによって緊急停止したのだ。
アリエス「…?あっ!」
ゼル「お?どうした?」
アリエス「電車が急停止しました!クレイの座標も止まっています!距離は…このまま直進して、すぐ近くです!」
ゼル「よっしゃ!!このまま突っ走るぞ!!」
レオネル「あぁ!すぐそこだ!」
そのまま直進していくと、頭上を通っている線路の先で微かに煙が上がっているのが見えた。
ゼル「おい、アレじゃねぇか?」
レオネル「あぁ。あれみたいだな。」
アリエス「えぇ、ちょうどそこでクレイの座標も止まっています」
水野の方に連絡がかかって来た。
水野「…?電話だ」
ゼル「もしもし?俺だ!今俺達も真下に着いてる!そっちの状況はどんな感じだ!?」
水野「あ、あぁっ?!ゼルさんですか!?え、えぇっと今は…」
ガシャアアアァアァンッ!!!
水野「きゃあぁあっっ!!」
後方で破壊音が響く。きっと二人が戦っている途中なのだろう。
ゼル「おいっ!!大丈夫か?!」
水野「うっ…。はい、私達は大丈夫です。でもクレイさんが後ろで戦ってくれてて…」
ゼル「そうか。とりあえずお前らにケガはねーんだな?…」
電車の真下まで到着した僕らはとりあえず車を降りて周りを確認していた。
バゴオォッッ!!!
ドガアァァァァンッッ!!!!
巫狩「……。」
巫狩(ここからでも破壊音がはっきりと聞こえる…。一体電車の中で何が起きているんだ…。)
その時だった。
ガシャァアアアアンッッ!!!
『『『!!』』』
今まで起きていた破壊音の中で最も大きい音が鳴った。明らかに鮮明で、他とは何か違う音。
巫狩「この音は…」
車両が完全に破壊され、怪物が外に出た音だった。
クレイ「うぉおッッ!!!」
???「ゥオリャアアァァアッッ!!!」
ギャインッ!ギャインッッ!!
ゼル「この音は…ッ!」
アリエス「えぇ、間違いなく上で戦っています!」
レオネル「くそ…ここからじゃ何も出来ん」
???「オラァッッ!!!死ねェッ。死ねエェッッッ!!!」
クレイ「くっ…こいつ…ッ」
クレイ(くそっ…なんてパワーだ…。やたら滅多ら暴れているだけだが、当たれば終わる。上手く踏み込めない…ッ)
ドガァアッッ!!
怪物の一撃が地面に激突すると、そこにヒビが入った。そしてそのヒビはどんどん大きさを増して線路の外へ開いていく。
クレイ「しまっ…!!」
ビキッと音がした。そしてその直後、
ドガアァァッッ。
線路の外側。コンクリートにヒビが入っていき側面の壁が崩壊してしまった。ちょうどゼル達のいる方角、しかも場所もゼル達がちょうど待機している所の真上であった。
クレイ「逃げろォッッ!!」
ゼル「!!」
クレイが叫んだのとゼル達が気付いたのはほぼ同時であった。
ドガシャアァアアァァアァンッッ。
コンクリートの塊やら壁やらが突然降ってくる。
───ッ。
レオネル「うぉぉぉぉっっっ!!!!」
ドグォォオッッと凄まじい崩落音がし、やがて静かになった。その音は電車の中にいた水野達でさえも気がつく程であった。
水野「!」
???「オラァッ。よそ見すんじゃねェッッ!!」
クレイ「ッッ!!!」
ギュインッ、ギュインッッ。
ガラッ…。ガララララッ…。
アリエス「うっ…」
ゼル「み、皆…無事かぁ…っ」
アリエス「ええ…僕はなんとか…。巫狩君の所までは届いてないみたいですね…」
ゼル「そうか…く、くそォ…ッ。危ねぇ所だった。」
ゼル「おめぇが居なきゃやられてる所だったぜ…」
レオネル「…。」
崩落してきた位置を静かに見上げるレオネルの手には、その高い身長を越すほどのさらに一回りも大きな『盾』が握られていた。
レオネル「あぁ…。万が一の為にブラックボックスを予備解除しておいて良かったな…。」
ゼル「ふぅっ…全くだぜ…。」
ガラララッ…。
近くの瓦礫をどかして、ZAQの二人は立ち上がった。体は埃まみれだがとりあえずは無事のようだ。
僕も瓦礫が落下してくる位置とは少し離れていた為なんとか助かった。
巫狩「…ん?あれは…」
ごたついてて気が付かなかったが、先の自販機の影に女の子が座っているのが見えた。どうやら怖くて震えているらしい。
女の子「うぅ…うぅ~~…」
巫狩「…」
スタスタと歩み寄っていく。
ゼル「お?巫狩のやつ…」
レオネル「どうやら女の子がいるみたいだな」
巫狩「…君。大丈夫?」
女の子「…え?」
巫狩「お母さんとはぐれたの?一緒に探そう」
ビキ…
ゼル「…?」
その一瞬の違和感に初めに気付いたのはゼルだった。
そして気付いた次の瞬間、
ビキビキビキッッッ!!!!
巫狩「!」
崩壊した箇所からさらにヒビが広がり、巫狩達の頭上で割れてしまったのだ。
ドゴオオオオォォォォ!!!!!
ゼル「危ねェッ!!!」
アリエス「!!!」
レオネル(いかんッ…間に合わんッッ!!)
女の子「きゃあぁっっ!!」
ドガガガガァアァァァアァァン……
クレイ「!!」
二度目の崩落音にクレイは気づいた。
クレイ(今の声は…ッ)
???「こっちだぁッ!!」
クレイ「っ!」
ガンッ!!!!
崩壊の音に気を取られ一瞬反応が遅れてしまう。クレイは怪物の攻撃で吹っ飛ばされた。
???「フンッ!何とか間一髪で防いだか…」
クレイ「ぐっ…」
???「だが次はねぇ。これで終わりだッッ!!」
怪物が手を振りあげたその時であった。
???「──ッ!?」
突如、怪物が足から崩れ落ちたのだ。
???「ぐ!?な、なんだ?!ち、力が…ッッ」
クレイ「………。」
クレイはその時、時間を要すること無く直感で気がつく事ができた。怪物はこの時理解していなかったが、それはクレイがここまで与えた攻撃が怪物の予想を大きく上回った為、今この瞬間になってそれがダメージとして返ってきたのだ。
ザッザッザッ…。
…カチャッ
???「!?」
クレイ「…お前の負けだ。」
その鋭い剣先を怪物の顔に向けてクレイは静かに言い放った。それは怪物にとって一つの餞別のようにも聞こえたかもしれない。
???「……ッッ。」
クレイ「人の強さを知らず、目前の敵の力量を計れず、そして何より、己の脆弱さに気づけなかった自分自身にお前は敗北したのだ…。」
???「…ぐ、グオオォォォォッッッッ!!!!!」
赤子のように剣を払い、怪物は途端に後ろへ駆け出した。
クレイ「ッ!」
クレイ(逃がすかッ!)
そして突然立ち止まり、後ろを振り向いて怪物は言った。
???「ぐぅッ……!!」
???「つ、次に会う時は…お前を…お前を殺す時だッ…!!」
そう睨んだかと思うと怪物は、一気に足に力を込めて思いっきりビルの向こう側へ飛び上がった。
クレイ「!!」
ビルへ移るとまた隣のビルへ。そこへ移るとまた別のビルへ。怪物はそうして昼の空に去っていった。
カチャ…。
何事も無かったかのように静寂が戻ると、ただ黒刀が風に揺らぐ音だけが響いた。
クレイ「……………。」
クレイ(何度だって来い…。どんな手を使ってこようが、我々はそれを打ち砕くだけだ。)
心の中でそう言うと、クレイはまず崩落のあった壁沿いの方へ向かっていった。
クレイ「おい!大丈夫か!ゼル!お前ら!そこにいるんだろう!」
抜け落ちた間から覗こうとしてみたが、下まではそれなりに距離がある上にまだわずかに砂埃が舞っているようでよく見えない。
ルルルルル…
クレイ「…アリエスか?私だ。」
アリエス「リーダー…」
クレイ「…?どうした?先ほどの崩落でゼルの声が聞こえた。下まで来ているんだろう?何が起こっている?」
アリエス「いや…それが…」
クレイ「……?」
パラ…パラ…パラ…
巫狩「………」
女の子「はっ……はっ……」
ゼル「あれは……」
レオネル「……ッッ」
女の子を庇うため無意識で走り出していた巫狩であったが、巫狩の『左腕』だけが全く別の行動を取っていた。巫狩の左腕は頭上から落下してきた瓦礫をまるで引き寄せられたかのように一撃で跳ね返し、女の子と巫狩自身をも守ったのだ。
巫狩「こ…これは……」
『ソレ』はまるで白く尖った鎧のように硬化し、自分自身の左腕に纏われているのを感じる。湧き上がるようなエネルギーと白く纏った鎧。巫狩はこの見覚えある光景を直感的に脳裏に写った『あの記憶』と結びつけていた。
…
(???:いいか、この力はお前に託す。)
(巫狩:な、なんだと?)
(???:だから今度は、お前が俺の代わりに戦え。)
…
巫狩「………」
巫狩はあの時の事を思い出していた。そしてこの左腕は間違いなく『アイツ』の左腕だという事も分かっていた。
アリエス「巫狩くんの左腕が──」
クレイ「……!」
こうして、ようやく波乱の4日目が終わったかのように思われた。しかしこの日はこれだけでは終わらないのである。
その後、ESTに戻ってきた巫狩達は行動を別にしていた。
小川「ハァ…。」
小川はPC室に来てうなだれていた。そこへゼルとレオネルがやって来た。
ゼル「オゥ、もう来てたのか」
小川「えぇ、まぁ…。はぁ…」
ゼル「……。」
机の上でうなだれている小川に対し、ゼルは頭の上からチョップを仕掛けた。
ゴスッ!
小川「い、痛っ!なんですか急に!」
ゼル「…特に何も。」
ゼルは周りを少し見渡してから小川に聞いた。
ゼル「水野は部屋か?」
小川「えぇ…。戻ってきてからはずっとあの状態で…。」
レオネル「まぁ仕方の無い事だろう。いくら襲われたからとはいえ、あんな年齢の子が突然あんな物を見てしまったんだ。ショックも相当大きいだろう。」
ゼル「だな…。部屋からは出て来れねぇか…。」
小川「あ、あの…巫狩は…?」
ゼル「今クレイとCTで検査中だ。」
レオネル「そろそろ帰ってくるはずだが…。」
ゼル「だな。」
そう話しているとPC室のドアが開いた。
ゼル「!」
レオネル「あ、あれは…」
小川「水野!」
水野「………。」
水野の顔には明らかに疲れが浮かんでいた。
その目は酷く落ち込んでいるように見える。
小川「だ、大丈夫か?」
ゼル「まだ部屋にいていいんだぞ?話し合いが終わったら後で誰かが伝えに行きゃいいんだから。」
レオネル「そうだ。別に無理して来る必要ない。酷く疲れているように見えるぞ。」
水野「いや、いいんです…。確かにお昼は色々見ちゃってまだ抜けてないけど、やっぱりこういうの、私も参加しなきゃいけないと思うから…。」
レオネル「そんな…。別に無理して参加しなくても」
ゼル「レオネル。」
レオネル「…」
ゼル「…話してる時に気分が悪くなったら、いつでも部屋に戻ってくれて構わねぇからよ。」
水野「はい…ありがとうございます…。」
水野がそう席に座ると、立て続けに扉が開いた。
クレイ「お前ら、全員いるか?」
ゼル「あぁ。全員いるぜ。」
どうやら扉を開けたのはクレイのようだった。後ろにはアリエスと巫狩の姿もある。
クレイ「!」
クレイ「水野も一緒なのか…」
ゼル「あぁ。気分が悪くなったら離席するように言ってある。そっちは?」
クレイ「何も掴めなかった。CTで検査もしてみたが、何も変わった所は無かった。」
ゼル「結果も正常通りって訳か…」
クレイ「よし、始めるぞ。」
室内の人間がある程度位置に着いたかと思うとクレイが話し始めた。
クレイ「今日の昼ごろ、我々も乗っていた電車で起きたゾディアックによる襲撃事件。今回の件はこれまでに起きた、ゾディアックが確認されるいくつかの事案とは大きく打って変わり、明らかな攻撃性を感じる襲撃事件として多くの死傷者を出した。」
クレイ「これを受けてESTは『ゾディアック対緊急特別命令』を発令した!」
クレイ「この発令はゾディアックに遭遇した際、対象やその関連性があるものを危険要素を含めたものとして扱う事を許可するという発令である!」
クレイ「今日起きた襲撃事件によって、君達三人を含め我々が攻撃されないという保証はどこにも無くなった。なのでこれから我々は臨戦態勢に入る。」
小川「りっ…臨戦態勢…?」
クレイ「あぁ。いつどこで襲われても我々が戦えるようにしておくという事だ。これは初日にも言ったが、君たちが襲われるかもしれないという可能性は0(ゼロ)じゃない。だからそんな状況になった際、こうして各々の携帯している武器を使って三人を守るという事だ。ちょうど今日、私が戦ったようにな。」
クレイ「ちなみにこの後、悪いが水野と小川には検査を受けてもらう。」
小川「えっ!?何でですか?」
クレイ「巫狩の事は聞いているだろう?二人にも何か変わった事がないか再検査してもらわなければならない。」
小川「そ、そんなぁ…」
クレイ「…。」
クレイ「……水野、頼めるか?」
水野「…はい。段々、落ち着いてきたので。」
クレイ「そうか。すまないな。昼の事と言い、頼りにしてしまって。」
水野「いえいえ。」
ゼル「巫狩の方はどうなんだァ?」
クレイ「収まってからは何も異常なし。今は何も感じないんだろう?」
巫狩「えぇ。特に異常はありません。」
巫狩 (あの時は不意に手が出たと思ったが、あそこまでの力は込めていなかった。しかも瓦礫をあんな所まで吹き飛ばすこの威力…。)
巫狩 (この力は…一体…。)
クレイ「とりあえず、しばらくは巫狩を中心に経過観察を続ける。アリエスは今日の事件について報告書をまとめておいてくれ。」
アリエス「分かりました。」
クレイ (それにしても、一体どうなっているんだ…?今日寄って行ったあの『部屋』が原因なのか…)
クレイ「一体…なにが起こっているんだ…?」
???「少しぐらいなら教えてやってもいいぜ?」
『『『!!!』』』
巫狩の方に意識を向けていた全員が、一気にクレイの方を向いた。聞いた事のない謎の声が部屋の右端から聞こえてきたからだ。
???「クク、本当に何も知らねーんだな。」
ゼル「な…何だコイツ…ッ!?」
クレイの方角、部屋の右端にそれはいた。いつの間にかクレイの左側にいてふよふよと浮いている。誰もが一目で分かった、ゾディアックだ。
突如現れたのは謎の浮遊物。30cm大の白い胴体に細長い耳が前に垂れている。胴体にはニヤついた顔が描かれていて、どことなく無機質さを感じさせる。
どういう訳か、ふわふわと浮いていても羽が付いている訳でもなければエンジンが付いている訳でもない。
クレイ「何者だ、貴様」
???「名前か?ねぇよそんな物。」
???「大事なのは、テメーらに俺の話を聞く気があんのか、だろ」
クレイ「……。」
ゼル「クレイ、こいつどうすんだ?!」
一触即発の状況で、ゼルがクレイに聞いた。
レオネルとアリエスも指示を待っている。
クレイ「……いや、とりあえずは話を聞いてみよう。」
ゼル「……」
クレイ「おいお前。何が目的かは知らんが、とりあえず話してみろ。」
???「フン、誰彼構わずぶちかます鳥頭じゃねぇってのは利口だな。まあいい、話してやるよ。」
そう言うとゾディアックは不気味げに笑いだした。
???「クク、ククク……。」
???「クククク、ククククク………。」
僕らの波乱の4日目が終わろうとしていた夜に、不気味な笑い声が響くのであった。