第三話:始動
──EST本拠地内、どこかの部屋…。
???『……そんでよぉ、その生き残りってのが何人かいるらしくて、そいつらの面倒を何故か俺らが見なくちゃいけねぇんだってよ~~』
???『ふぅん…それは不思議だな。こういった大きな事故は今までにも何度かあったはず。治療や経過観察なら、医療班や介護班に任せればいいものを…。どうしてわざわざ僕らが出動しなければいけないのか…。』
???『ホントだぜ~~。やーっと久しぶりの任務だと思って気合い入れてたのに、実はただのお守りでしたなんて肩透かし食らってよォ、これじゃあせっかく用意してきた俺の愛しのウェポンちゃん達だって、まーた出番がないまんま終わっちまうんじゃねぇのかぁ?』
???『…あのねぇ、ゼル。べつにあんたの武器は、あくまで戦闘状態になった時に使うためのものであって、それを持ってるからと言って街中で好き放題撃ちまくっていい訳ではないんですよ?』
ゼル『別にそこまで言ってねぇじゃねぇか!俺はただこの、丹精込めて育ててきたマイガールフレンドちゃん達が、日の目を浴びるその日を今か今かと待ってるっつーだけじゃねーか!』
???『そんな穏やかなこと考えてないでしょアンタ!もっと街中で銃ぶっぱなしたいとか、でかい化け物これで仕留めてやるとか、アンタが考えてることなんかどうせそんなレベルでしょ!』
ゼル『ふ、ふざけんな!そんなこと考えてるわけねぇだろ!俺はしっかり任務の事を考えていてだな…』
夕日が差し込んでいるこの部屋で、オレンジ髪の短身の男と青い髪の男が自分達の課せられた任務について話していた。すると、
???『おい、お前らもう少し普通に会話できないのか?声が部屋中に響いてどうにかなりそうだ』
着替え終わったのであろう熊のような男が、奥のロッカーから顔を出してきた。
ゼル『仕方ねーだろレオネル!せっかく任務だなんだってこっちも特訓してきてんのによォ…今回だってなにか特別な任務だっつーから緊急で急いで集まったってのに、よくよく聞いて見りゃそれが大人のお守りなんてよォ、これじゃあ俺たちが、一体なんの為にこのZAQのメンバーになったのかよく分かんなくねぇかァ?』
レオネル『無…?お前ら知らないのか?今回の事故は大規模な事故に加え、しかもその内のいくつかでSFDが大きく反応したって言われているんだ。』
ゼル『SFD…?つー事は、ゾディアックかなんかがでたっつー訳か?』
レオネル『いや、それがだな…なんとSFDが反応したのは、生身の人間らしいんだ。しかもそれが三人もいて…』
ゼル『何ィ!?人間!?それって故障じゃねぇのか!?』
レオネル『あぁ。俺も初めに聞いた時は耳を疑ったが、どうやら故障という訳でもなければ、嘘というわけでもないらしい。』
???『なるほど…それならば確かに、僕らが保護観察の命を下されるのも納得というわけですね…。』
レオネル『ちなみにまだあるぞ。そこで救出された三人ってのは、実は高校生だったんだ。』
ゼル『高校生!?マジかよ!?てことは本当に子守りじゃねーか!』
レオネル『しかも三人とも同じ高校の生徒らしい…』
???『同じ高校の…。偶然にしては少し出来すぎですね…』
三人が話に夢中になっていると、もう一人のメンバーが部屋に入ってきた。
???『そこまでだ。』
???『『『 !! 』』』
???『情報室の長野から、生存者の検診が終わったと連絡が来た。全員出るぞ。さっさと準備しろ。』
???『それと…それ以上生存者たちの前で下らん話は許さない。時間の無駄だからな…以上だ。』
そのメンバー、金髪の女はそれだけ言い残すと、またすぐに部屋を出ていった。
ゼル『…ひぇ~~っっ!おっかねぇ~~。やっぱ未だに慣れねぇよぉ~~あの人』
???『まぁ、仕方ないですね…ああいう人ですから、あの人は…』
レオネル『………。』
そう言いながら三人も、女の後を着いていくように部屋を出ていったのであった。
………
長野「…ゾディアック対策本部最高機密特殊部隊、通称 ZAQの皆さんです。」
水野「こ…この人達は…」
金髪の女。
オレンジ髪の男。
熊のような男。
そして、最後に細身の男。
どの人間をとっても、なんだか異様な雰囲気を放っている。
小川「あ、あの…お世話になるってのは、一体どういう…」
長野「…暮礼さん、お願いします。」
長野さんがそうペコッと頭を下げると、金髪の女が前に出て話し始めた。
???「…あぁ。ここからは、私が説明しよう。」
???「先程も紹介された、『ゾディアック対策本部最高機密特殊部隊』所属の暮礼千春だ。ここから先は、団体名を省略してZAQと呼ばせてもらう。」
巫狩 (暮礼…千春…)
鋭い目つきに、金髪の髪。異常な程の存在感を放つこの四人の中でも、一際目立って見えるのがこの女性。なぜだかこの女性に目が惹かれていっているような気がするのは、その凛とした態度のせいだろうか。
???「それと我々は、本来身分を隠さなければならない立場である故、本名では呼び合ったりはしない。基本的には決められたコードネームでお互いを呼び合っている。ちなみにこれから私のことは、『クレイ』と呼んでくれ。次にZAQのメンバーを紹介する。」
そのクレイと名乗る人はまず初めに左にいた、気だるそうに頭をかいているオレンジ髪の男を指さした。髪は後ろで小さくまとめられている。
クレイ「私から右に向かって、こちら側に立っているこの男が碧智咲。これからは『ゼル』と呼んでくれ。」
ゼル「よろしくな…。」
クレイ「次に私から左に向かって、こちら側にいるこの二人…」
クレイは次に、熊のような男から指を指した。彫りの深さといい、体格の大きさといい、その野生の獣を連想させるような風貌はまさに野生の熊というよりほかないだろう。後ろで一本にまとめているその長い髪が所々白髪めいているのもその理由の一つだと思われる。
クレイ「この男が獅子雄蔵之介。こいつは『レオネル』と呼んでくれ。」
レオネル「よろしく頼む……。」
最後にクレイが、一番右端の深い青髪の男を指さす。
クレイ「そしてそっち側にいるその男が、日下一恵と言う。コードネームは『アリエス』だ。」
アリエス「よろしくお願いします。」
群青色の髪に丁寧な口調が特徴的なこの男。言葉や立ち振る舞いの端々から、その育ちの良さと知性が伺える。この四人の中では最も普通そうに見える。
クレイ「ZAQのメンバーはこの私を含めて四人だけだ。名前や呼び方で分からない事があるなら、後ほどまた私に聞いてくれ。」
そこまで聞いていると、水野が話を遮った。
水野「ちょ、ちょっと待ってください…一体…何の話をしてるんですか?」
クレイ「事故の被害者であった君達には突然の話で動揺するかもしれないが、ひとまず落ち着いて聞いてほしい。」
クレイ「これから説明するにあたって三人には、前もって分かっておいてほしい事が二つある。」
クレイ「一つ目は、我々が君たちの監督義務を背負わなければならないと言うこと。何度か聞かれたりしたから知ってるとは思うが、今日の昼に起きた大事故によって君たちは何らかの影響を受けた。それによって、この先の君たち自身の安全性を保証するのとともに、街にとって君たちが危険な存在ではないということを証明する為に、ESTの直属の命令により君たちには経過観察を受ける義務が発生する。」
クレイ「つまり、君達にはここで何週間か過ごしてもらい、街にとって君たちは安全な存在であるという事を証明しなければならない。」
小川「なっ何週間もですか!?」
クレイ「あぁ…。今言った日数はあくまで私の予想でしかないが、何日になるかはわからない…。だが、とりあえずは二週間ほどを目安に考えておいた方がいいだろう。」
小川「そんな……。」
クレイ「つづいて二つ目。二つ目なんだが……。」
そこまでスラスラ話し続けていたクレイが、そこで突然言い淀んだ。
クレイ「ここからの話は、EST内の機密情報として他言無用でお願いしたいのだが…」
水野と小川は分かっていなかったようだが、なんとなく僕は予想がついていた。
クレイ「実は地球外生命体…いわゆるゾディアックだな。これらは、テレビなどの表上では一体しか発表されていないが実はこれまでに、こういったものは何度も各地で発見されているんだ。」
水野「えっ……」
小川「そんな………」
巫狩 (やっぱりか…)
途中で言い淀んだのを見て、なんとなくゾディアックの話だろうとは思っていた。しかしそれはもう既に長野さんの話によって知っていた為(不本意ではあるが)、特に驚くということはなかった。
クレイ「そしてそれはいつどこで、どんな状況で現れたとしてもおかしくないと言うこと。未だ現時点では遭遇した際に人を襲うといったケースは存在しない。だが、次に現れたゾディアックが襲いかかってこないとは限らない。そのためにまずは君達には、『常に戦闘に巻き込まれるかもしれない』という非日常の中に存在している事を認識してもらわなければならない。」
水野「なっなら!私たちは、襲われるっていう可能性が、あるかもしれないって事ですか!?」
クレイ「あくまで可能性の話だから、否定は出来ないし肯定も出来ない…。しかし可能性はおおいにある。そこで…」
???「そ!こ!で!」
と、突然オレンジ髪の男が話に入り込んできた。
するとクレイが鋭い剣幕で、その『ゼル』という男を睨み付けた。
クレイ「おい……。」
ゼル「こ、これぐらいいいだろ!説明聞いてる間は俺らだって棒立ちなんだからよ…いい加減飽きるってもんだぜ。」
今度は説明していたクレイの代わりにゼルが話し始めた。
ゼル「そこで!アンタらの監視役に俺らが選ばれたって訳よ。俺達は訓練してるし、いざって時は戦える。あんたらを守ってくれるのに丁度いいから適任だったんだろうな」
クレイ「おい、あまり勝手な事は話すなと…」
ゼル「わーってるよ。余計な事は言わねえって。」
ゼル「つまり、経過観察中にアンタら三人が襲われそうになった場合には俺らが代わりに出ていって戦うって訳。ちなみに今日からここで生活するっていう話はそれぞれから連絡先を聞いて、親御さんには既に連絡してある。親御さん達がここに到着次第、こちらからすぐに説明させてもらう。」
長野「その時には一応、皆さんにもそれぞれ立ち会ってもらいます。それと…」
クレイ「あぁ。学校の事だな。その事なんだが…。」
クレイが言うには、学校は状況がはっきりするまでは各々理由をつけてしばらく休みにしてほしいそうだ。その後の観察によって登校しても良いと判断されたならば問題なく生活できるとは言っていたものの、実際はどうなるかはまだわからない。
水野「そうなんですね……。」
クレイ「とりあえずの説明はここまでだ。ここからは親御さんが来るまでの間、三人がこれから生活する所について実際に一緒に行って話す。質問などがあれば、いつでも私に聞いてくれ。」
長野「私はここらで一旦失礼させていただきます。
後の事は、クレイさんに聞いてください。」
そう言って長野さんは頭を下げて行ってしまった。
僕らは現状を飲み込めないまま、流されるように生活スペースへと案内されて行った。
───同日某所、とある田舎町にて…
母親「こら〜!○○~~!あんまり離れちゃだめよ~~!」
女の子「はーい!」
その日は豪雨で、午後を過ぎたあたりにようやく雨が弱まりつつあったので両親は子供を連れて祖母の家に向かう途中であった。
ザー…ザー…
どんよりとした空に、ただひたすら雨の音が響いている。
女の子「あははははははっ。」
幼女はあまり雨の日に出かけるという習慣が無かった。なので雨の日に外に出れるという新鮮さと、河童の模様が描かれた雨具を着れた興奮とあり今日は心を躍らせていた。
女の子「………」
少し駆けた先にあった池を覗いてみる。すると池の水面には自分自身の鮮明な姿が映し出された。
女の子「……えいっ。」
自分が右に手をやると、水面に映った自分も同じように右に手をやった。
女の子「……じゃぁ、えいっ。」
今度は左に手をやると、水面の自分も同じように左に手をやった。
女の子「あはははははは。おもしろーい。」
幼女は手を叩いて笑った。すると、
女の子「…………。」
自分は手を叩いて笑っているはずなのに、水面に映る女の子は左の手を上げたままでいる。
よく見てみると女の子の顔はまるで表情を失った人形のように見え、その目は赤く光っているような…。
女の子「…………あ…れ?」
バシャッッッッ!!!!!
その時突然、水面に映っていたはずの幼女の左の手が飛び出し、女の子の顔を掴んだ。
「あっ」
────────……。
都内、EST本拠地内。
あれから僕らは生活する部屋を紹介された後、別々にやって来た僕らの親たちとそれぞれ親子に分かれて再度説明を受けた。どうやら僕を含めた三人共親からは無事了承を得れたようで、ZAQ観察のもとEST本拠地内での生活が始まったのだ。
ちなみに学校の事だが、三人ともしばらくは休むことになった。学校の教材はこちらに持ち込み、教材用のビデオを見ながら学習するという形になった。学校を休んだ理由として、イラザでの事故に巻き込まれ現在は自宅療養中という事にしているらしいが、それにしてもまぁよくもこんな嘘を思いつくものだ。ある意味感心してしまう。
そんな僕らの一日の流れはというと朝に看護師訪問と採血があり、それが終わると昼すぎまで教材ビデオで学習。昼食を済ませた後はEST職員による定期検診があり、それらを全て終えると生活している部屋に戻って一日が終わっていく(ちなみに食事は最初僕らが集められたあの部屋がちょうど食堂となっており、そこで昼食などを取る)。大体こんな感じだ。
僕らがここで生活を始めてから三日が経った。これから四日目を迎えようかという前日の夜、僕たち三人はクレイに呼ばれ食堂に集められた。
クレイ「よし。全員揃ったな。明日の予定は普段とは違うスケジュールを取らせてもらう。」
水野「違うスケジュール?」
クレイ「あぁ。皆はまだ知らないと思うが、実はESTが所有している建物はこの本拠地だけではない。」
小川「えっ。そうだったの…」
クレイ「実はこの本拠地とは別にもう一つ、EST所属の研究所がある。」
巫狩「研…究所……」
僕は長野さんとの、『あの時』の会話を思い出していた。
…
(長野:あれは、とても大切な所に保管しています。)
(巫狩:大切な所?)
(長野:えぇ。とても警備が厳重な所ですよ。なにせあれは相当数値が大きかったですからね。一定の調査を終えるまでは返却するのは難しいと思います。)
(巫狩:そんな…。)
…
あの時長野さんの言っていた『大切な所』。
そして、僕の持っていた『チェイン』の居場所…。
(ほぼ間違い無く、チェインはそこにある…!)
クレイ「この場所について、君たちも一応知っておいた方がいいと思ってな。まぁ何をしているかはだいたい名前の通りだ。その名の通り、ゾディアックについての研究や対策など作戦を実行する上では欠かせない場所になっている。後のことはもう見た方が早いだろう。明日は我々も同行する。起床一時間後に出発だ。準備が出来た者からここに集まってくれ。」
明日の説明はそれで終わった。各々部屋に戻ろうかとしたその時、最後にクレイが僕に耳打ちをしてきた。
クレイ「それとお前には明日…途中で別行動を取ってもらう。例の『大切な物』についての話だ。」
そう言ってクレイは去っていった。
巫狩「……。」
(やはり研究所か…それにしても…)
あのクレイと言う女の人には何か引っかかる気がするのはどうしてだろう。彼女とは、何かある気がする。何かが…。
水野「…ん?何してるんですか?」
水野は後ろで話を聞いていたゼルに話しかけた。ゼルは何やら、人の顔写真が載った書類を漁っている。
ゼル「ん?あぁ、これの事か。これはな、ここ最近で行方不明になった人間達のファイルだよ。何ヶ月も前の情報から、一昨日ぐらい前のものまで大体の情報がここにある。こういった中で怪しいのがあったら、大体うちの連中が捜査するんだよ。もしかしたらその中に、ゾディアックが関係してるものがあるかもしれねぇからな。」
水野「!」
水野「この子…」
水野はカッパ柄の雨具を着た幼女を指さした。
ゼル「あぁ…それか。ちょうど俺が怪しいって思ってたヤツだ。」
水野「怪しい…?」
ゼル「あぁ。この子はちょうど三日前に行方不明になったんだ。雨の日にばあちゃん家に親と向かってたら、少し目を離した隙にいなくなっちまったんだと。でもそれがだな、当時そこにいた警察官が現場を見たらしいんだが、足跡ひとつ見つからねぇ。しかもそこはなんとただの畑の通りで、全くの更地なんだとよ。一応畑の中も見たらしいんだが、当然こんな子供一人見つかるわけもなく…。」
水野「それで、行方不明って事に」
ゼル「あぁ。普通に考えておかしいよな…物陰一つねぇ全くの更地で、子供が急に姿を消す。いくら人目につかない田舎とはといえ、たった一瞬で、しかも足跡さえ残さずに突然消えちまう…。現場じゃ神隠しだなんだって大騒ぎになってるそうだが、これはもしかしたら、もしかすると思ってな」
水野「ゾディアック…。」
これまでただの噂にしか聞いた事のない何の馴染みもない存在だったものが、目の前の事件を知った事により自分の口から不意にその名が飛び出したことで、水野は何やら言い知れぬ恐怖に襲われていた。
それぞれがそれぞれの想いを抱えたまま一日が終わっていく…。しかしその不安とも呼べる謎の感情はこの日、思いもよらぬ形で現実になるのである。
クレイ「各々、準備はできたようだな。それでは行くぞ。全員この車に乗り込んでくれ。」
ESTが用意したZAQ専用車。大人数が乗用可能で、そのフォルムは黒に包まれており、右の側面には白字で大きくESTと書かれている。
運転席から後方から、それぞれが車に乗り込んだ。
小川「あ、あのぅ。それ、一体何が入ってるんですかねぇ~…?」
小川が恐る恐るZAQのメンバー、あの「レオネル」と呼ばれる熊のような男に聞いた。
レオネル「無ッ…?これか…?」
今日はZAQも同行するという事でメンバーは全員着いてきてはいるのだが、通常から異色を放っているこの四人でもこの日はさらにその異色さを増大させていた。
ガシャンッ!ガシャンッ!
大きな音を立てて、何やら相当の重さを誇っているであろう黒い箱をぶら下げて、少し沈黙してレオネルは言った。
レオネル「まぁ、気にするな…。そう大したものでは無い…。」
そう、四人とも『とある黒い箱』を持ち歩いているのだ。大きさは人によって大小それぞれで何が入っているかは分からないが、なんとも言えない物々しい雰囲気を漂わせている。
小川「き、気にするなって…気になるに決まってるでしょう…そんなもん…」
クレイとアリエスが運転席と助手席、その他のメンバーは全員後方側に乗り込んだ。
クレイ「よし、車を出すぞ。」
そうして僕らはZAQのメンバーと共に研究所へ向かったのだ。
…
ゼル「…どこにいんだぁ?その話をしてくれる職員っつーのはよー。」
クレイ「もうすぐだ。白い扉が目印だと言っていたが…。」
研究所についたZAQと僕らは、話を聞かせてくれるという職員の元へ向かっていた。
小川「なんか、研究所っていうより…」
水野「うん、博物館って感じがするね…」
レオネル「まぁな。一見外からじゃ大した事ないように見えるが、さらに奥へ入っていけば凄まじい程の研究が見れるぞ。」
クレイ「…あったぞ。あそこだ。」
クレイの指さした先に両開きの白い扉があった。
すると、
クレイ「ここで二手に分かれるぞ。巫狩、お前は私に着いてこい。」
巫狩「!」
水野「分かれるんですか?」
クレイ「あぁ。私たちは別の場所から話を聞くことになっているからな。お前たち、二人のことは任せたぞ。」
アリエス「えぇ。任せておいてください。」
クレイ「よし、行くぞ。」
巫狩「……。」
そうして僕は、促されるがままにクレイについて行った。
階段を降り、いつから持っていたのか特殊な鍵を使って通路を抜け、エレベーターで降下する。
二人はこの時まで無言を貫き通していた。しかし突然、クレイが口を開いた。
クレイ「…例の物はこの先だ。しっかり見ておけよ。」
巫狩 「……。」
…ガコン。ピーーーーッ。
エレベーターが目的の階に到着した。扉がゆっくり開かれる。
巫狩「こ、これは…」
クレイ「…なるほど。こんな感じだったのか。」
薄暗い大きな部屋。壁や床など部屋中に張り巡らされた情報系統の数々。それらの放つ薄青色の光。
そこには、近未来を彷彿とさせる情報系統の海が広がっていた。そしてその中心にあるものは…。
巫狩「あれだ…。」
部屋の中心に位置するひとつのケース。厳重なガラスケースに覆われた神秘的な光を放つ白銀色のこの物体。これこそが巫狩の探し求めていた物。あの事件の時、何者かによって託された光の源『チェイン』である。
クレイ「なるほど…。随分頑丈に守られているとは思ったが、これを見ればなんとなく納得もいく…。」
巫狩がふと、チェインに近づいていこうと足を進めていたその時であった。
巫狩 (……ッ!?)
何も掴んではいないが、左手になにか大きな力を感じる。何かが湧き出てくるような、大いなる力。その力の漲りを巫狩はしっかりとその左手に感じ取っていた。
巫狩「こ、これは…。」
フッと一瞬、左手に光が薄く宿ったようなそんな気がした。
巫狩「……。」
クレイ「よく見ておけ。次にいつ来られるかは分からないからな。とりあえずこれは、その力の正体が明らかになるまではここに置いておくしかない。気が済んだのならもう行くが。」
巫狩「…え?あぁ。えぇ、もう大丈夫です。」
そうして僕らは、皆の所へ戻って行った。
初めに僕らが車を降りた場所に戻ると、ちょうどゼル達も帰ってきたようだった。
ゼル「お、戻ってきたか。」
クレイ「そっちも終わったか?」
ゼル「あぁ。」
クレイ「この後のことについては話したか?」
ゼル「いや、まだだ。どうせ言うのは今でいいと思ってな。」
クレイ「そうか。よし、それでは皆聞いてくれ」
クレイは全員に向かって話し始めた。
クレイ「実はここに来たのはもう一つ目的がある。我々が研究所に視察に来るのとは別で、ここから本部へ戻る間にウチの情報をいくつか管理してもらっているビルがある。」
クレイ「そこで何個かウチが預からなきゃいけない備品を持って帰らねばならないのだが、途中でスペースが何人分か足りなくなってしまってな。途中で誰か下りなければならない。」
クレイ「そこで、誰にするか…よし、水野、小川。二人は私と一緒に来い。ビルの近くに駅がある。そこで先に下ろしてもらい、私達は電車で本部へと戻る。それでいいな?」
水野・小川「分かりました。」
水野と小川が返事をし、全員車に乗り込んだ。
クレイ「…もうすぐ電車が来る頃だ。悪かったな、わざわざ駅の中を案内させて。」
水野「ゼルさん、ありがとうございました!こんな広い駅の中を色々紹介してもらって!」
小川「んむっ、ほひらもはひふぁほうほはいはひた。(こちらもありがとうございました)。」
さっき買って貰った饅頭を口に詰めながら、小川もそう口にした。
駅に着いた際に三人はゼルと一緒に車を降りていた。次の電車までの時間が空いていたのもそうだが、構内は広いため何度か利用したことのあるゼルに案内してもらった方が乗る車両を間違えずに済むからだ。
ゼル「いいんだよ別に。俺も何度か利用してるし、それにアンタだってここ使った事ないんだから分かりにくいだろ。何より、アイツらが帰ってくるまで俺が暇だからなー。」
クレイ「そうか…それじゃあ行くぞ。電車はもうすぐだ。小川、水野、はぐれるなよ。」
水野「はい!」
小川「ふぁい。」
ブルルル…。
ゼル「お?ちょうどアイツらも終わったみたいだな。それじゃあ俺も行くか。」
クレイ達と別れ、ゼルは駅の出口へと向かった。
ゼル「!」
駅の出口の階段前。駅前を見渡せる窓ガラスからESTと描かれた車が見える。その時ゼルの携帯に着信が掛かってきた。画面にはレオネルの字が写っている。
ゼル「…もしもし?もう着いたか?」
レオネル「あぁ。向こうが予め備品を用意しておいてくれててな。こっちは何も問題ないぞ。そっちはどうだ?」
ゼル「こっちも特に異常なし。さっさと終えて帰ろうぜ~。」
そう言っていると携帯を耳に当てたレオネルが階段下に見えた。どうやら迎えに来たらしい。ゼルはわざと茶化すような物言いで話しかけた。
ゼル「おっ?わざわざご丁寧にお出迎えですか~~?」
レオネル「勘違いするな。あまり座りっぱなしだと腰に来るのでな。」
ゼル「はっ。そりゃお気の毒な事で。にしてもこういう所は苦手だぜ。人が多いのなんのって、疲れるったらありゃしな………」
特に気にせず階段を下りていたその時、ゼルの動きが突然止まった。
ゼル「……………………。」
ゼル「…………ッ」
バッと後ろを振り向く。しかし違和感の正体はそこにはない。
レオネル「……?」
レオネル「一体どうした?」
ゼル「……いや、なんでもねぇ」
ゼル (見間違いか?だが今のは……)
ゼルはその時確かに感じたのだ。すれ違ったはずの少女、否、『カッパ柄の雨具を着た幼女』が間違いなく自分の右側を通り過ぎて行ったことに。
クレイ「…もう電車が出るな。電車は20分で到着する。二人とも降車する駅を間違えるなよ。」
水野「はい。」
ピーーーッ…。
『~〜行き、まもなく発車します。黄色い線から離れて…』
──同時刻、後方車両にて
ざわ…ざわ…。
男「あの子、一人なのか?まだあんなに小さいのに電車なんか乗れて立派なものだ…」
女「あの子、どうしてこんなに晴れてるのにわざわざ雨具なんて着てるのかしら…」
後方車両の入口付近で大人達が好奇の目を向けていた。その視線の対象は見るからにして10歳にも満たないであろう幼女である。見た目が幼いことは勿論のこと、母親らしき人物が居ない事に加え、明らかに天候と合わない格好をしている異様さからか周囲の大人の目を惹いている。
幼女「………。」
幼女はただ、言葉を発することも無く俯いていた。
『…ドアが閉まります。』
プシューーッッ。
ガタン、と音を立ててドアが閉まった。電車が徐々に動き出す。
クレイ「………。」
水野「………。」
小川「………。」
水野 (うぅ~~…。気まずい…。こういう時ってやっぱり何か喋んなきゃいけないのかな…。小川は…。)
小川「…ぅっ。グゴッ…。」
水野 (コ、コイツ…。小川って、結構マイペースな所あるよね…。それにしても…)
スーッと、ゆっくり視線をクレイの方へ写してみる。
クレイ「………。」
水野 (うぅ~~。やっぱり怖いよぉ~~!)
男「…ねぇ。君、一人なの?」
幼女「………。」
あまりの異様さについに痺れを切らしたのか、一人の男が話しかけた。しかし幼女はただ黙っていた。
男「…あの、お母さんは?はぐれちゃった?どうしてそんな格好をしているのかな?」
幼女「………………。」
男「……あの、聞こえてるかな。お母さんは──。」
言葉はそこで止まった。俯いていたはずの幼女が真っ直ぐ前を向いていたからだ。目は大きく開いており子供ながらの無邪気さなど微塵も感じられない。むしろ機械のような冷徹さまで感じられる。
男「……………あ、あの」
幼女「あ」
そう、幼女が口を開いた。次の瞬間、
男「え?あ…………」
その時、男は言葉を発することはもうしなかった。いや、出来なかった。幼女の体が見る見るうちに膨れ上がっていくからだ。
グチャ、グチャ、グチャ………。
それまで小さかったはずの幼女の体とはとても似ても似つかず、ぐちゃぐちゃとおぞましい音を立てて、まるで筋肉がその体の中で喰らいあっているかのように体の中で膨張していく。
ぎゅる。ぎゅるるるるんっ。ぎゅるっ。
先ほどまで女の子の物だったとは思えないほど、瞳孔がありえない動きで目の中を動き回っている。やがてその瞳は赤く滲んでいき、体の至る所から赤黒い触手が飛び出し皮膚を突き破っている。そしてそれはどんどん大きさを増していき…。
???「…………」
体長は2m程あろうか、全身を赤黒の触手で覆われた化け物が突如姿を現した。
男「あ、あ…………」
???「…………。」
男「た、たすけ──。」
そこまで言いかけた所で男は、頭上半分をその鋭い爪でえぐり取られて絶命した。
水野「……」
クレイ「………」
水野 (…う〜ん、話しかけるなんてやっぱり無理だなぁ…さっきまではゼルさんがいて話題とかがあったから何となく話せたけど、なんにも話題が無い時じゃ何話したら良いかわかんないよ~…)
水野「……」
水野 (い…いや!だめだ!ここは勇気を持って話しかけなきゃ!いくら年上でちょっと怖い…結構怖い女の人でも、ここで怖気付いてちゃきっといい関係なんて築けない!…うん、そうだよ!ここは勇気をもって何かを…。)
水野「……あ、あの」
クレイ「…………?」
水野「クレイさんって…普段は、一体なにされてる」
クレイ「ちょっと待て」
水野「ひゃいっ!?(はいっ!?)」
クレイ「………。」
クレイは少し黙って、水野とは反対側の方角を向いている。
水野「…?」
水野「…あの、どうしたんですか?」
クレイ「なにか聞こえないか」
水野の言葉を遮るようにクレイはそう言った。
水野「え?」
クレイ「…後方から何か来る」
その瞬間クレイの向いていたドアから一斉に、大量の乗客がドタドタと悲鳴と共に押し寄せてきた。どの乗客の顔も恐怖で歪んでいる。
乗客1「うわぁぁぁああぁーーーー!!!!!」
乗客2「逃げろ逃げろ逃げろ!!!皆んな殺されちまうぞ!!!!!!」
その乗客達の鬼気迫った表情と叫び声は、こちら側の乗客達に只事では無い事を一瞬で理解させた。
乗客3「どけどけどけ!!!!」
ドタドタドタ!!!!!!
突然の出来事とあまりの騒音に小川も目を覚ました。
小川「うおっ!?なんだなんだ!!?」
クレイ「…水野、お前は小川連れて下がってろ。」
水野「え?でもそれじゃあ、クレイさんは一体…」
水野の言葉はそこで途切れた。クレイの真っ直ぐ見ている方向。乗客達が逃げてきた後ろのドアに、この世のものとは思えない程おぞましい真っ赤な血に濡れた赤黒の化け物が、右手に人間の上半身を持ったまま立っていたからだ。
水野「あ、あ、あぁ…………」
水野は『ソレ』を見た瞬間、子鹿のように力が抜けてしまっていた。足が目に見えて分かる程震え、小川を連れて乗客の方へ走って行ったりするなど出来ないであろう事は彼女の様子を見れば容易に想像出来ることであった。
小川「な…なんだよ…あれ……」
突如現れた化け物によって二人は完全に度肝を抜かれてしまった。人気の無くなった車内にクレイの声が響き渡った。
クレイ「水野、小川、しっかりしろ。まずは後ろへ下がってうちのメンバーに連絡してくれ。ある程度状況を伝えればそれでいい。」
そう二人に伝えると、クレイは最後にはっきりとこう言った。
クレイ「こいつは…私が相手をする。」
すると突然、血塗れの化け物が口を開いた。
???「ほぉ。そいつは面白ぇや。たかがメス一匹、しかもただの人間風情が、この俺を食い止めようってか?」
クレイ「ほお。これは驚いたな。まさか化け物にも喋る口があったとは。」
クレイ「何度かお前のようなやつには出会ってきたが、人の言葉を話すやつは初めてだ。」
???「なら残念だったな。お前が出会う化け物は、この俺で人生最後になっちまう」
クレイ「ふん…まぁせいぜい満足いくまで喋ってろ。すぐにその口、叩き落としてやる。」
???「……後悔すんじゃねぇぞ」
水野「あ…あの、クレイさ」
クレイ「水野、さっき言った事は覚えているな?」
水野「え、あ…はい?」
クレイ「小川を連れて後ろへ行け…頼んだぞ。」
目前の敵と睨み合ったまま、クレイは落ち着いた口調でそう言った。そして右肩に携えていたあの『黒い箱』を構えてこう叫んだ。
クレイ「コード要請228!コードクレイ…
ブラックボックス、オープンッ!!」