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第30話 秘密主義

 最寄りのバス停で乗り込み、暖房の効いた車内で揺られること十分。神尾は七和町の栄えたエリア、駅周辺へとやってきた。三年もいれば車窓から見える景色にも慣れ、御嶋が隣にいた時の、つまりはここに引っ越したばかりの頃よりも街並全てが色褪せたように感じた。神尾は二十一になっていた。

「確かこの通りをまっすぐ行けば」

 そうひとりごちり、ビル群とコンクリート砂漠を抜けていくと辿り着いたのは暖かなセピア色の建物だった。窓際には大仰な観葉植物が並び、白や灰色ばかりのこの通りだと暖かみはより際だって見える。

 入ると木を基調とした内装が広がっていた。『Rコール』のようにテーブル席とカウンター席に分かれているが、どの客も複数人での来店だった為かカウンター席は空いていた。

「いらっしゃいませ、空いてるお席どうぞ」

 出迎えたのは精悍な顔つきをした男だった。

その男の目の前、カウンター席へと神尾は迷わず進んだ。

「黒木さん、お久しぶりです」

 男は一瞬きょとんとした顔をしたがすぐに気づいたようだ。

「もしかして神尾ちゃんか?」

「えぇ、よく覚えていましたね」

 御嶋の中学以来の友人である黒木を訪ねる為、神尾は彼の経営する『ミミズク』へ来たのだった。

「会うのは久々だけど話は御嶋からよく聞いていたからね」

「まぁ、ボスったら」

 神尾と黒木が会うのはこれで三度目だった。実は以前ここへ御嶋と訪ねた時以外にも、一度黒木が『Rコール』へ遊びに来たことがあった。神尾がそれを小説に書かなかったのは、珈琲豆から芽が出るくらいに友人二人が珈琲の話に熱くなり、神尾の分からない単語が頻出したためである。

「大人っぽくなったね、垢抜けたというか」

「そうでしょうか、ボスは何も言ってくれません」

「毎日会ってると気づかないもんさ」

「ボス、そういうとこ鈍そうですものね」

 神尾はメニュー表の一番上にある珈琲とタマゴサンドを頼んで頬いっぱいに入れた。

「前に来てくれた時の食いっぷりを思い出すよ」

「そ、そんなにがっついてました?」

「あれは見ていて気持ちが良かったね」

 神尾は照れて首の裏を掻いた。誰かの癖が移ったことに彼女はまだ気づいていない。

「でも私は気持ちが良くないのです」

 首を傾げる黒木に神尾は続けた。

「あの時気を遣わせてしまって代金を立て替えてもらいましたから、今日こそはと」

 黒木は尚もそうだったかな、と首を真っ直ぐにしない。

「それにその、黒木さんが言うボスへの借りが何なのかがずっと気になってて」

「なるほど、ここに来た目的はそれを聞くためか」

「正直に言えばそうです」

「御嶋は教えてくれないのか?」

 神尾は口を尖らせた。

「三年経った今でもボスのことはあんまり分かっていないんです。ボスが言いたくないのなら知るべきではないのかもしれませんが」

 黒木は嘆息し、相変わらずだなあいつは、とぼやいた。

「昔からどうも秘密主義でなあいつは。そんなことだから余計に興味を持たれて過剰に期待されるんだ」

 その時別の席からベルが鳴って、黒木は別の客の対応に向かった。神尾は店の様子を眺めながら、ここで働いたら『Rコール』よりも忙しなさそうだと想像を巡らせた。しかし以前来た時も今も他の従業員の姿はない。案外夫婦二人で裁ける程度の客入りなのだろうか。

 テーブル席には放課後の学生達や老夫婦、子連れの母親など様々な客層で、全員が柔和な表情を浮かべている。穏やか空間だと神尾は思う。それは良く晴れた昼下がりに公園のベンチに座って青い葉の繁る木々や駆け回る子供達を見ているかのような安心感を受けた。時を忘れ、木漏れ日を浴びているだけで全てが充実していくような錯覚、それに似たものを感じたのだ。

 人の手でそんな空間を作り出せることのなんと素晴らしい事か。神尾は珈琲を啜りながら尚も観察を続けようとしたが、知らない人が家にやって来たときの猫のように周りをキョロキョロしていてはこの調和を乱しかねない。彼女は自重して珈琲とタマゴサンドに向き直った。

 やがて忙しなさそうに黒木は戻ってきた。

「いやいや、忙しいときに限って家内が不在だ」

「手伝いましょうか?」

 黒木はクスリと笑った。

「ありがたいけどもう大丈夫だよ。さ、話の続きをしようか」

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