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35話 うやむやな幕引きをゆるさない!

「あら、あら。冬さん、柚穂さん……ご、ごきげんよう……?」


 眼前の情事に怪訝(けげん)な面持ちの冬司、ほとばしる妄想で目を輝かせた柚穂さん、反対に輝きを失った目で項垂(うなだ)れる塩谷、そこへ自白剤入りチョコレートで詰寄る俺……と、各人各様で生徒会の混沌(こんとん)を彩る始末。

 この珍事で追及すべき責任者は誰か! 言うまでもなく組織の長たる生徒会長──そう、俺である。


「そして──ご、ごめんあそばせっ!?」


 塩谷から飛び退いた俺は、全責任を放棄して後始末からの撤退を図る──が、呆気なく冬司に肩を掴まれて、柚穂さんにチョコレートを押収された。

 万事休す。ここで俺自身の過失を棚上げできたとしても、彼女らが放つ説明責任の白羽の矢は、俺を地の果てまで追尾して串刺しにすること請け合いである。

 ことごとく貧乏くじをひく我が身を憐れみつつ、俺は事態の収拾に努めることにした……。


 ──ややあって、塩谷と俺は共同声明を発表した。

 組みしだく我々男女に由来した野放図な妄想はその一切が事実無根であり詮索(せんさく)は全て時間の無駄である、というものだ。


「今回も前みたいな事故……ってことだけど、どう思う?」


 柚穂さんが傍(かたわら)でうつむく銀髪少女──冬司へ顔を向ける。


「……塩谷……ワタシはお前を許さない。一度ならず二度までもワ(・)タ(・)シ(・)の茉莉(まり)ちゃんをたぶらかすとは」


 冬司は目を洞(うろ)のようにして瞬きもせず、ぶつぶつとうわ言を口にしている。怖い……。

 あと、俺は名実ともにお前のモノになった覚えもないんだがな?


「いや、だから誤解だって……! 僕はそもそも──」


 と、塩谷は忙しない手振りで疑惑を晴らそうとしているようだったが、


「ワタシだけでは飽き足らず、茉莉(まり)ちゃんにまで手をだすとは……!! なんてうらやま──じゃなかった、なんていやらしいおとこ……!!」

 

 冬司は語弊たっぷりの証言で手を戦慄(わなな)かせて、


「え、えっ!? 塩谷君、冠城さんにナニしたの!? ま、まさか、純潔まで⁉︎」


 柚穂さんの破廉恥な想像力をかき立てるのだった。

 きゃいきゃいと週刊誌顔負けの躁狂(そうきょう)を見せる彼女らに対し、塩谷が叫喚を発した。


「あぁぁああもうっ‼︎ 滅多なこと言うなよ! こんなんだから最近、『紳士連合』とか『百合を見る会』とか、やたら物騒な組織に目を付けられる! かんべんしてくれ‼︎」


 後者の組織については知らないが、『紳士連合』の方は俺も籍を置いていた学園の秘密組織である。その名の通り女人禁制の組織で、とりわけ"乙女の敵"の粛清に容赦がない。

 過去の粛清対象は校庭にパンツ一丁で棄てられる、深爪になる呪いをかけられる、女装姿で晒し者にされる……と各々濃淡はあるものの、おしなべて惨憺(さんたん)たる末路をたどったらしい。

 そうした組織への警戒か、塩谷はキョロキョロと周囲を見渡して「いまの聞かれてないよな!?」と慌てている。

 対して柚穂さんは塩谷の焦燥なぞどこ吹く風、と言った調子で総括を述べた。


「……と、いうかんじで、わだかまりを燻らせておくとすぐ修羅場になるの。いくら私が鎮火活動したって焼け石に水なんだよ!!」


「いや、綾瀬さんは油注いでるんだけどな⁉︎」


 塩谷の指摘に柚穂さんはうんうん、と頷いて「そこで」と続ける。彼女の馬耳東風な会話術は、しかるべき追及を笑顔ではねのけて、結論に達した。


「──私は、緊急親睦会の開催を提案したいと思います!!」


「緊急……親睦会?」


 唐突なことで、俺はとっさに復唱していた。


「ほら、茉莉(まり)ちゃん、前も塩谷君とちちくりあって気まずくなったでしょ?」


「ちちくりあってませんけど!?」


 否定する俺に、柚穂さんは見たいものが見られた、とでも言うかのように満足気な喜色を浮かべていた。

 然る後、彼女は打って変わって物憂げな顔になり、ゆっくりと話し始めた。


「私ね……生徒会のみんなには仲良くして欲しいんだ。それに、生徒会だけじゃない、この学園にいるみんなに楽しい思い出をいっぱい作って欲しいの。楽しい生徒会で、学園をもっと楽しい場所にできたら……とっても素敵なことだと思わない? だから、わだかまりは今日のうちに清算しておいた方がいいと思うの……」


 柚穂さんの真心に、俺は感服した。皆を慮(おもんぱか)った表情は一縷(いちる)の邪念もなく、惜しみなく恩情を注ぐ聖女を思わせた。


「柚穂さん……」


「……それに、目の前でやってるラブコメや恋愛リアリティーショーに取り残されたくなくて」


「ゆ、柚穂さん……?」


 ──早計だった。多少、いや多分に、破廉恥な生心(なまごころ)も混じっているかもしれない……。




 応接テーブルに4人分の茶菓を並べ、ソファーへ腰掛ける。俺と塩谷に対してテーブルを挟んだ冬司と柚穂さん、という席順で向かい合った。

 淡々と準備を整え終えた俺は柚穂さんに訊(たず)ねる。


「して、親睦会というのはいったいどういったことをするのかしら……?」


「うん、私と冠城さんでみんなが打ち解けられる、簡単なゲームを考えたの!」


 発想がかわいい。これは思いの外朗らかな親睦会になりそうだ。


「これで白黒はっきりつけるから、覚悟しなっ‼︎」


 冬司が吐き捨てて、俺はこの親睦会が朗らかでないことを悟る。

 そして冬司は柚穂さんと目を合わせ、言葉をためた後──


「「全員一致で心を一つにっ☆ 2択多数決ゲーム!」」


 快活な声が重なって、軽佻浮薄(けいちょうふはく)な親睦会の幕が上がった。

 柚穂さんが洋々とルール説明を始める。


「まず、出題者は2択で答えられるお題を作って、出題します。回答者は出題者も含めた4人全員で、それぞれ紙に書いた回答を一斉に発表。

 回答が4人全員一致または2対2に分かれた場合はドロー、3対1に分かれた場合は少数者のはぐれ者1人から出題者へ1P移譲されます。

 全員が2P持った状態でスタートして、ポイントが0になった人が出た時点で終了。最後に最も多くポイントを持っていた人が優勝です!」


 畢竟(ひっきょう)するに、はぐれ者を作り出すこと以外でポイントが動かないゲームである。『心を一つにっ☆』と謳(うた)うより『少数派をあぶりだせ!』とするほうが適切ではなかろうか。

 説明が終わると、傍(かたわ)らの塩谷が顎を撫で、眼光を光らせた。


「……優勝するとどうなるんだ?」


 冬司がしばらく唸って答える。


「うーん、そーだなぁ、全員になんでも命令できるとかどうー?」


「よし、受けてたとう」


 意気込む塩谷に、冬司は「ただし!」と人差し指を立てた。


「和を乱すはぐれ者とズルした人には都度、罰ゲームね!」


「……これ、親睦会よね?」


 冬司はニヤリと意味ありげに笑うと、テーブル中央で異彩を放っていた風呂敷包を広げる。甘い香りが広がると共に現れたのは茶褐色の壺だ。


「じゃん! はぐれ者にはこの壺に入ってるチョコレートを食べてもらうよ!」


「……そのチョコレートになにかあるのかしら?」


「うん、といっても半分は普通のチョコレートとウイスキーボンボンだけど。ハズレはもう半分かなー。ハバネロチョコと……それから茉莉(まり)ちゃんが塩谷くんに食べさせようとしてた怪し〜いチョコレートがいくつか──」


 思わず目を剥いた。眼前の壺には、先程押収された詩織姉さん特製の自白剤チョコレートが入っているらしい──!


「ま、待って頂戴! あのチョコがこの中に……しかも複数ある、ですって──!? あのね、冬さん。薬剤は適切な用法用量があるの……むやみやたらに服用すれば──」


「「──薬剤?」」


 2人の鋭い視線がこちらへ向いた。しまった、と自らの失言を悟る。

 たちまち、薬機法違反、隠蔽、悪役令嬢、断罪……と不穏な単語が脳裏を駆け巡り、額から玉の汗が溢れる。


「いっ、いいえっ⁈ あれは一条家特製の──ン゛ン゛ン゛っ゛!! ふ、普通のチョコレートでしてよ!? はーまったく、どうして罰ゲーム扱いなのかしらね⁈ ちゃ、ちゃんちゃらおかしくって、よ?」


 ……動揺して声が上ずっちまった。こちらのあからさまな動揺に、2人はみるみる顔色を変えて、怪訝な面持ちを突き合わせた。


「……ねえ冠城さん。茉莉(まり)様、明らかに動揺してるよね? これ、何が入ってるの」


「……う、う〜ん、まぁ普通のチョコレートじゃないだろーなーっては思ってたけど……ごめん、あんまり考えてなかったー」


 冬司が続けて「いちおう大丈夫なやつでしょ?」と、こちらを睨め付けると、柚穂さんも倣(なら)ったように俺を見た。

 訝(いぶか)しむ美少女2人にじとっ、と睥睨(へいげい)され、その視線に蠱惑的(こわくてき)な倒錯を覚えると──


「──?! う、ふふ……」


 不意に全身が痙攣(けいれん)した……ゾクゾクと伝った刺激の妙味たるや、筆舌に尽くし難い。

 危うくなにかに目覚めかけた……が、この場で優先すべきは個人的な性癖の追究ではなく、生徒会におけるなけなしの人望である。

 我に返って、俺はだらしなく上気した頬へ右手をやり、緩みかけた口元を引き上げつつ──そのままニコッと笑って清麗を装った。

 すると──


「──くはっ!!」

「〜〜っ!?」

「は⁈」


 胸を抑えてよろける柚穂さんに、唇を噛んで空を仰ぐ冬司、傍らで瞠目する塩谷……と三者三葉のオーバーリアクション。


「──浄化の聖女スマイル……キュンです。私の煩悩が見せた、軽蔑されてだらしなく悦(よろこ)ぶ茉莉(まり)様……なんてありえない幻影が一瞬で消え失せたよっ……!」


 そう言って、柚穂さんは満足気な息を吐いた。


「ま、まぁ明らかに動揺してたし、だらしなーい顔もしてた気がするー……けどっ!! 不意打ちで笑うの反則だし、紅くなって少し照れてるみたいでかわいいしぃ?! なんか無駄に自信満々でツッコミにくいしいっ!!」


 冬司は拳を握ったり開いたり、悶々としている。


「お、おい……二人とも誤魔化されるな!! 会長が僕に食わそうとしたチョコは──……」


 ……塩谷は不都合を口走ろうとしていた。


「ほ、ほら、早く始めましょう! ……大丈夫、よ!? 負けなければいいのだわ、負けなければ……」


 俺はさりげない仕切り直しを装って手をぱん、と合わせ、進行を促すことで塩谷の告発を遮った。

 しかし、依然として罰ゲームに不安は残る。

 もし俺が、罰ゲームで詩織姉さん特製の自白剤チョコレートを引き当てた時、その薬効は立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と評される化け皮を剥がして、むくつけき童貞の素性を白日の下にさらさずにはおかない。想像するだけで恐ろしい。


 俺にとって、最適なグランドフィナーレとはなにか。それは全ての不都合を有耶無耶(うやむや)のまま、親睦会の幕を引くことである。

 俺は覚悟を決め、大きく息を吸った。


「……それでは皆様……? 気を取り直して──……」


 ……華麗(かれい)なる有耶無耶(うやむや)な幕引きのために──


「……生徒会でラブコメするために──」


「……白黒はっきりつけるために──」


「……冬様を僕のものとするために──」


「──ゲーム、スタートッ!!」」


 それぞれの煩悩と思惑が交差して、絶対に負けられない親睦会の幕が上がる──!

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