33話 女の子の日を許さない!
誤字報告ありがとうございます!
生理ネタです。苦手な方はご注意ください。
登校中の送迎車。
「くっ……殺せ……!」
ゆくりなく俺の口から漏れたセリフは、まるで捕虜となり拷問の末に屈服する女騎士を思わせた。
俺にかけられた拷問は、腸の中心でドデカい○玉を絞られているような鈍痛に常時襲われる、とでも言うべき、耐え難い苦行である。
俺の傍らには冬司が同乗しており、その可憐な居様はいかにも慈愛が漂うようである。彼女は苦悶する俺を一瞥すると、慈しみのカケラも感じさせない嘆声を漏らした。
「うるせぇ」
普段は端正な容姿に免じて良しとしてきた言動も、今日は一段と鼻につく。一条家に帰属する車に相乗りしておきながら、俺をぞんざいに扱うとは何事か。
「冬司、お前……ちっとも優しくないな」
「めんどくせぇ……」
今度は一瞥もくれずに一蹴して、冬司は続けた。
「ったくよ。そんなに唸るなら休めば良かっただろうが」
冬司の身も蓋もない言葉に反論できず、押し黙る。
その間にも俺の「女の子の日」はボルテージを上げて、下腹部のシクシクとした痛みと頭痛は酷くなるばかりである。
不意に弱音が漏れた。
「あ〜しんどい。もう、なんでもいいから苦しむ女の子には優しくしろ……」
これが失言だと気づくより早く、冬司は、
「ここぞと“女の子”持ち出すとか、お前、だいぶ弱ってんなあ! まあ察しはつくぜ? ふふ、呉久、お前今日はお赤飯──」
と、得意げに煽って詳らかにしようとするもんだから、
「──女の子パンチ!」
俺は冬司の脇腹めがけて、黙秘権の拳を行使した。無論、今晩はお赤飯である。
冬司は俺の鉄槌に「うっ」と声を漏らして、脇腹を抑えながら顔をしかめた。
「……おま、なにも殴ることねぇだろ? それに女の子パンチて……」
「うるさい! それ以上無駄口を叩くと言うのなら、俺は更なる黙秘拳を振るうからな」
「苦しむ女の子に優しくしろっつったのはどこのどいつだよ……」
「俺は女の子だから」
「開き直ってやがる……」
冬司は渋面で俺を見る。こいつに反論する度、腹痛が酷くなっていくように思える。何故俺だけが苦しまなくてはならんのか。
「ああもう、冬司が『女の子の日』でどんなに辛そうにしてても、俺は絶対優しくしないからな……!」
「まあまあ、そうぷりぷりすんなって。ちょい落ち着け」
「うるさい、俺を窘めるな。生理が終わったら『女の子キック』と『女の子ネルソンホールド』をお見舞いしてやる……!」
「楽しみにしてるぜ? 最初のはパンチラが拝めそうだし、後のほうは胸枕を堪能出来そうだ。あと、今更お前のネーミングセンスについては何も言わねぇが、生徒会で何か命名する時は誰か頼れよ?」
冬司は軽口で俺をあしらった後、歯噛みする俺を嘲笑うように続けた。
「ま、オレはお前ほど重くねぇみてぇだし? それに〜? 頭イイ冬さんは2回目で攻略の糸口を掴んだからなァ……?」
顔を近づけ、得意げに煽る冬司は悪鬼の如き形相である。仮にも雑誌モデルを飾る美少女がしてはいけない面ではなかろうか。黙ってれば可愛いのに、勿体ない。
「うざ」
吐き捨ててそっぽを向いた俺に、ため息がかかる。そして彼女はぽん、と肩を叩いてきた。
「ほら、まず薬飲め。そしたらオレの肩か膝を貸してやっからよ?」
振り返るとそこには先程までの発行禁止レベルの邪念は見受けられず、彼女の眼差しには慈しみが佇んでいる。
「……流れ変わった? 急に優しくするじゃん」
訝しむ俺を宥めるように、冬司は痛み止めを差し出した。
「最初はオレも辛かったからな……? 気持ちは分かる」
差し出された錠剤と水を受け取って、飲む。そして、俺は回答した。
「膝で」
「単純だな」
俺のために空けてくれた空間に思わず頬が緩む。じとっ、と目を細めて呆れる冬司のため息を感じつつ、俺はそこへ頭を預けた。
「ふふ」
「だらしねぇ……」
しばし膝枕を堪能した後、ふとある事が思い出された。
「そういや……冬司、この痛み攻略したの……?」
「んー、痛みの方は薬で和らげる以外は、気合いしかねぇな」
残念な回答が帰ってきた。思わず声が漏れる。
「え、"あの日"の腹わたねじ切れるくらい搾り出される痛みは……?」
「気合いだな」
「え……む、むり……これが毎月……」
俺は末恐ろしくなり身震いをしたが、そのマグニチュード8.0規模の震撼はことごとく低反発膝枕へと吸収された。
「まぁ、そういう仕様だしな、しゃーねぇよ。あー、あとは病院駆け込んでそんときにいろいろ教えてもらったんだけどよ」
「うん」
「まずはル○ル○で記録してくだろ? そんで周期?の感覚掴んだらそれに合わせてピル飲むんだよ」
気付けば冬司の講釈が始まっていた。彼女の雄弁な顔は、隔たったたわわな山脈で半分ほどしか窺えなかったが、それを指摘するような野暮な真似はしない。
俺は追い込みをかける予備校生のごとく、真剣な声音で以て先を促した。
「ふうん。なるほど」
「休薬期間っつーか白い薬のとこっつーか……とにかくピル飲んでるとだいたいそこのタイミングで出血始まるから、そこでタンポンやらナプキンやらの装備で対策するってわけだ! 分かってればいろいろ調整効くしな」
「へー……」
「対策しとけば朝起きてヴァーー!! ってならねぇし、経血でパンツダメにすることもあまり無ぇ……ってここはまぁ、個人差あると思うが」
冬司はピン、と指を立てて講釈を続ける。
「ちなみに君達も知っての通り、血はタンパク質だから経血汚れをお湯洗いで落とそうとすれば熱変性を起こして固まるから、残っちまうぞ! 経血用洗剤や酸素系漂白剤で洗うのがオススメだぜ☆」
やまとなでしこの面汚しとまでにガサツを極めた冬司が、これ程の女子力を秘めていたとは。彼女の熱弁に嘘はなく、なんだか頼もしく思える一方、どこか自分が女子力で負けているような気がして、それはそれで不甲斐ないように思えてくる。
そんな俺の(元)男として有るまじき懊悩をよそに、受講者不明の講義は続く。
「でもピルは人によって副作用激しかったり万人にメリットあるわけじゃねぇし、服用は医師に相談の上検査も欠かすんじゃねぇぞ? ホルモンバランス乱れたりもするから、君達くれぐれも注意するようにッ!」
膝枕が揺れたので見てみれば、彼女はビシッ、と指を中空に向かって突きつけていた。
「……お前はいったい誰に向かって話してんの?」
「まあ、オレはピル飲んで3時間で頭痛くなったり吐き気がしたりするから、夜寝る前に飲んで、眠ってる間に副作用のタイミングぶつけるようにしてんな。慣れたら副作用弱まるらしいけど」
「……冬司ってしっかり女の子してたんだなー……」
俺はただ感心するばかりだった。冬司の番が来たら優しくしてやるか。
と、俺の頭に何かが触れる。
「だろ? だから──女の子には優しくしないとな?」
そう言って、彼女は俺の頭に手を置くと、そのまま髪を梳かすように、ゆっくり指の腹で撫でた。
心地よい。触れたとこから偏頭痛が和らぐような気がする。
「……やめろ、恥ずかしい」
恥ずかしさに耐えかねて、俺が左手で顔半分を覆うと、彼女の手は腰へ移り、俺をいたわるように優しくさすった。
冬司の柔和なつぶやきが降る。
「お望み通り女の子に優しくしたんだが……って、お前耳、真っ赤……」
顔中に羞恥の汗が滲む。俺は思わず、と言った調子で声を上げた。
「──な!? う、うるさい、見るなッ! か、勘違いするなよ!? 顔が赤いのは体調不良からくるものであって、決して優しくされて嬉しい、とかではないからッ──!」
「ぷっ……典型的なツンデレかよ」
「くっ……殺せ……!」
ゆくりなく俺の口から漏れたセリフは、まるで敵に追い詰められて陥落寸前の女騎士を思わせた。
俺が追い詰められ堕ちる先は、ツンデレの境地とでも言うべき、揺れ動く乙女心である……




