2話 気絶してしまうとは不甲斐ない
知らない天井に知らない家具、そこには包帯や救急箱が収納されていた。
(ここで寝たのは初めてだな……)
教室で呆気なく気絶した俺が目を覚ましたのは……どうやら保健室。
心優しい誰かがここまで運んでくれたのだろう。マジ感謝!
頭に雑な謝辞を浮かべつつ体を起こすと、ブロンドの長い髪が垂れる。
外へ視線を這わせば遠目に運動部らしき人影があり、せっせと研鑽を積む姿がみてとれる。
(もう放課後か……相当長い間寝ていたんだな……)
窓に映った人影に目を向ける。
長くさらりと伸びるブロンド髪のハーフアップ、整った顔は深窓の令嬢もかくやと思えるほど清楚で儚げ、日本人離れした顔立ちと特徴的な赤眼、雪のように白い肌と引き締まったプロポーションに思わず見惚れる。
ひとたび「ごきげんよう」と微笑むだけでお嬢様学校お姉様選手権(そんなものがあるかは知らん)で優勝が決まってしまうような非現実感……創作の吸血姫を体現したような美少女がそこにいた────
髪を結ったまま寝かされていたため、少し髪が乱れている。
俺はそのアンニュイな顔の女の子を眺めながら、スカートのポケットから櫛を出して乱れた髪を纏める。
すると目の前の女の子も同じ動きをとる。窓ガラスに反射して────
これが今の俺の姿である。
夏休み最中、病に倒れてTSし、すったもんだの末、今に至る。
断っておくが俺はナルシストではない。少なくとも2ヶ月前までは。
俺が窓ガラスに映る自分を恥ずかしげもなく美少女だと言えてしまうのは、自己認識がバグっちまうほど似ても似つかぬ姿になったからであり、未だこれが俺という実感がないのが実情だ。
鏡の自分をまじまじ見ていると、未だ自我の根幹が揺らぐような倒錯を覚える。
さて、ここで俺は、今朝己のストライクゾーンを豪速球でぶち抜いたパチモンヒロインについては考えてみるのだが……
さほど考えるまでもなく、ある仮定に行き着いた。
つまりは俺自身に起こったようなことが冬司にも起こったのだ。
突飛な考えだと俺自身思う。だがそれで一応の説明は着いてしまう上に、他かならぬ俺自身に心当たりがあったことも手伝い、俺はこの考えを捨て去ることが出来なくなっていた。
TS病なんて本来とてつもなく低い発症確率だが、俺達は揃ってそれを引き当てたらしい。実に厄介だ。
あ、あとTSだぞTS(Trans Sexual)!! TG(Trans Gender)じゃなくてッ!!原理主義者共はそこら辺うるさいので注意するように!
その辺りを履き違えた後過激派に連れ去られ、以降その姿を見たものはいなかったーみたいな話を耳にしたことがある。真偽の程は定かでない……
そういえばちゃんとした自己紹介がまだだった。
俺は、一条呉久改め、一条茉莉。
二学期から女子高生やらさしてもろてます☆ 皆様どうぞお見知り置きを!!
保健室を見渡すと、隣のベッドに寝ていた女の子が伸びをしていた。冬さん(冬司?)の目が覚めたようだ。
俺がそんな彼女のたわわに魅入っていると、ばっちり目があってしまった。寝ぼけた顔もかわいいな……!
俺はベッドに座り、体勢を整える。
彼女にはいろいろと聞きたいことがある。
バキバキ童貞の俺が女の子相手に丸腰。そんな装備で大丈夫か? なんて声が聞こえてきそうだが……大丈夫だ、問題ない。
確かに俺は今朝は起こった出来事の奇怪さに、うっかりチープな頭が煙をあげちまい、卒倒した。あげく保健室運ばれる始末だと言うポンコツっぷりだ。これは歴然たる事実であり申開きのしようがない。そこは認めよう。
だが待て。
たった1度醜態を晒しただけで、俺の全てをポンコツと決めて掛かるのは早計だ。
今の俺は十分な睡眠の恩恵を受けてフレッシュな脳、高度な情報処理能力(当社比)を発揮できること請け合いである。もう醜態なんぞ晒さない!
沸いては消えぬ疑問の数々、今の最良のコンディションを持ってして、可及的速やかにはっきりさせておかなければならんのだ!!
そして諸々の問題を解決した暁に女の子免疫を獲得し、薔薇色の学園生活を目指すのだ!! さぁいざ!!
そう決意して目の前の女の子を見る。
眼前の冬さんは、美少女(自明)兼初恋の一目惚れ相手(要審議)であり、冬司は悪友の男友達兼親友(要審議)である。
男子高校生(元)的探究心が災いし、これらをイコールで結べば最後。
この子は本当にTS病?
記憶や性格は冬司?
なんでよりによって俺好みの見た目?
果たして胸は揉ませてもらえるのか?
バットのない野球は成立するのか?
……なんて追加課題が与えられる。
それにしてもこの女の子、属性多くね……? 収集できるか?
冠城冬司と出会ったのは6年前に遡る。
当時夢に希望に満ち溢れたピカピカの小学生だった俺は、塾に武道に水泳、ご老体の道楽じみた各種習い事、親の目を縫って作り上げた秘密基地、それを巡る縄張り争い…思い返せば将来有望なクソガキであった。
俺、一条呉久と冠城冬司が出会ったのはちょうどその頃だ。
冬司は男女上級生下級生はたまた教師に到るまで、目に付くあらゆる人物を対象にイタズラを仕掛けては叱られているような奴だった。低レベルな下ネタを言っては笑い、見かける度に廊下に立たされていて、そうでない日を数える方が手っ取り早い。およそ校内でその悪名を知らぬものはないというワンパクの限りを尽くした将来有望なクソガキであった。
俺はそんな悪評極まる馬鹿と関わるまいと腹に決めていたが、奴のイタズラにまんまとしてやられた日を境に冬司との腐れ縁でぐるぐる巻になっていく。
やられたらやりかえす、こちらがそうなのだから当然向こうもそうする、ハムラビ法典を基本理念とするクソガキ連中にこのイタズラ合戦の調停者が居るはずもなく、白熱する俺と冬司のイタチごっこは教師に大目玉を喰らった後、廊下に立たされてようやく収まりを見せる。
いつしかこれが俺と冬司の日常となっていた。
俺が名誉挽回に躍起になればなるほど冬司は全力で俺をダメにした。冬司の目論見通り堕落しきった俺は開き直って結託し、むしろ進んで企てを練るようになっていた。
冬司と出会わなければ俺の魂と内申書はもっも清らかなものであったに違いない.....
憎たらしいことこの上ないと思う反面、この堕落した日常を楽しんでいる自分もいた。阿呆である。
そんな俺と冬司も中学に上がる頃には流石に落ち着いて健全な青少年をやっていたように思う。
共に部活で汗を流しては、厨二病を乗り越え、恋バナや猥談で親睦を深め合った。そして気づけば互いを無二の親友と呼ぶ間柄になっていた。
たまに大目玉を喰らって奉仕活動と反省文に明け暮れた、、、なんて思い出もあったかも知れない。が、しかし、内申書はこれ以上の低空飛行を見せなくなったし?親からの眼差しは眉間に深いシワを作りながらもどこか優しいものとなった。これだけの材料が揃っていて落ち着いたと言わずなんと言う!
墜落しきって浮上の見込みがないのだから当然では?という不粋かつ的を射た指摘は受け付けない!