17話 睡魔と余談を許さない!
「詩織さん、コイツの寝顔、超かわいいですね」
「うふふ....お嬢様はたいてい0時にはお休みになられますから........それにしても、今日のお嬢様....ぷッ....くく....可愛すぎる....」
「一条家の片鱗を見ました....」
「....良くも悪くも奇特な方が多いんです........これで無自覚なんですからねぇ....少し危なっかしいです........」
「いやもうほんとに....黙ってれば可愛いんですけど....黙ってれば。そういや前、コイツの下駄箱にラブレター入ってましたよ?まったく、コイツの本性も知らずに........」
「わ〜〜!青春ですねぇ....。ちなみにそれはどなたから....?」
「........今度現物持ってきますね」
「うふふ....よろしくお願い致します....ちなみにお嬢様はそのことを?」
「知りませんよ....?コイツに渡る前にオレがいつも確認してますからね」
「........あっ....なるほど........」
「ちょくちょくいろいろ協力してもらってますけど、オレこいつに下心しかありませんよ?いいんです?」
「........え。それで本当に下心だけですか?」
「........?まぁ、友人ですし、友情はあるかもですけど....。確かに見た目だけはすんごい可愛くなってしまいましたね....ぶっちゃけタイプです。中身が呉久じゃなかったらな........」
「........似たもの同士ですね....」
「....?ああ、確かに。TS病に同じタイミングでなるなんてすごいですよねぇ」
「........え?ええ。....ふふっ青春ですね........私は応援しますよー!それにお嬢様、最近は冬さんのことばかりですよ〜♪順調じゃないですか〜」
「........どうだろ。よくクラスの女の子と楽しそうに喋ってるし........あ、あと!オレと呉久はその、たとえ付き合ってもラブ的な感じにはなりませんよ!?........だいたい、中身が呉久じゃないですか........コイツは女の子が好きだろうし........」
「う〜ん?」
「って、うわっ近!?!?詩織さん近いですっ........」
「かわいいです〜!う〜ん。やっぱり顔がいい....!うふふ....大丈夫だと思いますよ〜冬さん可愛いですし!お嬢様の好みも変わっておりません!むしろ....」
「....か、かわっ....!?慣れませんね....というか詩織さんはいいんです?」
「冬さんとお嬢様ってもう見た目最高のカップリングじゃないですか!推せます!しかも、聞いた感じ、何やら、ちゃんとラブコメしてるじゃないですか!?!?!」
「........詩織さんテンション高いですね」
「それに呉久様、茉莉お嬢様は....冬司様、冬様と出会って随分と明るくなられました........感謝しております。私達もそんな冬様のことをよく存じております。今後とも茉莉お嬢様を、妹をよろしくお願いします....」
「え、えーと。はい....。詩織さんそんな畏まらなくても....」
「うふふ......それでは私はこれで......おやすみなさい」
「え。待ってください!オレここで寝るんですか!?その、コ、コ、コイツとっ!?」
「せっかくですので〜♪広さも十分ですし、枕も2つ、押し倒しちゃって構いませんよ〜もう寝てますけど!」
「........え。えー。........」
「........」
「....ふむ....かわいい。........って寝れないんだが!?.......」
◇ ◇ ◇
────(ハッ....い、いまは....ちくしょう!寝ちまった!)
........誰かが、俺のベッドにいる。
明るい髪....これは銀髪?の女....って冬司!?冬司じゃん!?これ!
えーっと。昨日、確か、冬司が説明にきて....寝間着に着替えるってあたり........そこで寝たのか?
........ちょっと待て!てことは俺いますっごい好みの女の子と寝てるわけ!?
............そう実感が湧くにつれ視界が明瞭になっていく。呼応して大きくなる心音に急かされて、俺の目はすっかり覚めた。
さて、俺はいったいいつまでこうしていればいいのだろうか。
俺と向かい合うようにすぅすぅと可愛い寝息を立てる銀髪の少女は、俺セレクトのクラシカルデザインを基調としたネグリジェに身を包み、異世界城塞都市の筆頭メインヒロインを召喚したようなファンタジーを醸し出している。
ここぞとばかりに至近距離の特等席を陣取る俺を誰が責められよう。
まつ毛長い....肌が白い....どことなく甘い匂いもする....この子すっごい可愛いじゃないか??ほんと天使........?
喋らなければ本当にただの女の子、憚りなく言えば太陽系ナンバーワン美少女としか認識出来ない!!
故にこの子の寝姿は目に毒だ......非常に目に毒だ。
しかし毒を食らわば皿まで。俺は、この普段しているお下げを解き無垢で無防備な姿から目が離せないでいる。
はてさて、俺が動けばこの子も目を覚ましてしまう。それはなんだかもったいない。
しかしこのまま眺め続ければ胸を打つ太鼓のBPMはレクイエムを奏で始め、目前の少女は俺を天に召す天使と化すに違いない。
どうしたものか........
「....んぅ....」
俺の心の響きが届いたのか、彼女がどことなく婀娜っぽい声を上げて薄ら目を開けた。
「........ん〜〜っ....!ふぁ........」
じゃれた仔犬のような甘い声で欠伸をしている。可愛い........。
「んぅ〜。呉久?」
彼女はゆったりと開けた瑠璃色の瞳で俺を捉えて........
「お、おはよ!?」
「んー。おはよ....おやすみぃ........」
........そして、瞼を閉じた。........かわいい。
じゃなくて!!
「いやいや!起きろよ〜!」
「あ〜と少し寝かせて........」
「........俺の身が持たないんだよぉ....なんか喋れ........」
「うるさい........」
「な〜〜寝るなって〜〜」
瞼を閉じようとする彼女の肩をゆする。以前はがっしり頼もしい印象を残した肩も、今ではすっかり頼りない女の子のそれになっていて、少し淋しい。
ゆっさゆっさと肩を揺らす手から伝わる感覚に、二の腕の柔らかさとおっぱいの柔らかさが同じとか何とか、俺はそんな話を思い出していた。
「あ〜〜もう、オレお前のせいであんまり寝てないんだよ........」
「はぁ?....あ、なんで一緒に寝てんだよ!!」
「詩織姉さんがそうしろって......お前横にいてあんまり眠れなかったんだよ」
そう言われると少し照れる。他意はない、断じて。
「お、おう........」
「もういいか?ギリギリまで寝かせて........」
「あ、ああ」
寝かせてやろう....俺が出ていけばいいだけ、か。
その前に....俺は目前の人間国宝を網膜と自制心の許す最大最高画質で保存しておかねばならない。扇情カメラマンのジャーナリズムが疼くであります!
零れるように朝日を散乱させる銀糸の髪....少女が纏う幻想的な情景に対比した自室の背景が産む絶妙なアンバランスに倒錯感を覚える。
寝ぼけているおかげか野郎がなりを潜めている....そう思うだけでこうも諸手を上げて可愛いと断言出来ようとは....!
素直な賛美の言葉が出る。
「........ネグリジェ似合ってる......かわいい........」
「〜〜〜〜っ!?!? おま、そそんな恥ずかしいこと────」
「事実だし。それじゃご飯出来たら呼ぶわ〜」
部屋を出てダイニングへ降りると、ベーコンとパンの香ばしい香りが漂っていた。あいつは恥ずかしがっていたがこうも似合っていると他の洋服衣装を着ているところも見てみたくなる.....詩織姉さんが俺を着せ替え人形とする理由も分からないでは無い。
「お嬢様おはようございます!今日はお早いですね〜」
「おはよう詩織姉さん....ねえ、なんで俺の横で冬司が寝ていたの?」
「........冬さんの寝顔は如何でしたか....?」
「........ありがとうございます」
ありがとうございます詩織姉さん。もう理由なんてどうでもいい。アイツは自分からネグリジェなんて着ないだろうから、今後も俺からのリクエストは詩織姉さんに助力願おう……
「おはようございます....」
「冬さん、おはようございます........」
「あれ....結局寝なかったのか....?」
「お前ね....さっきので一気に目覚めたわ....!もう、眠れん....!」
特におかしなことは言っていないはず........
「恥ずかしがることない、本当に似合ってる。すっごい可愛い!」
「わ〜わわかったからっ....!だっ、だいたいお前だって同じようなの着てるじゃん!!すっごい女の子っぽいやつ!!なんでお前はそんなに平然としてんだよ!!」
恥じらい含めてポイントも加算された。冬司のアホな感じが滲んできたが、それを些細なことと感じるくらいだから、見た目というのは大きい。
「ネグリジェ?....詩織姉さんに着せられてるうちにもう慣れたな....ワンピースで着るだけだし締め付けないし....慣れるとこれが一番楽なんだよ」
「........知らない間に心まで女の子になってる?」
「........さすがに判定基準低すぎないか?....でも、こうやってお前見てると詩織姉さんが俺着せ替えて楽しむ気持ちも分かった気がする」
コイツの場合なんでも着こなしてしまいそうだし、コスプレなんかもいいだろう。その折にはさっきみたいな俺の妄想を超える非実在性美少女を纏ってくれるに違いない。
「........だ、だいたいっ!オレよりお前の方がこういうのは似合うって....いかにもお嬢様!って感じでかわいくて........そのせいで落ち着いて眠れなかったんだから!!!」
「あらあら……お二人共よ〜くお似合いで御座いますよ?なにせ私がご用意致しましたから!次回作にご期待ください!」
「やったあ!」
「........やったあて........呉久お前はそれでいいのか....?」
「え?....俺はお前が可愛い服着てるとこ見たいし....?」
「........ふむ....そういうことか....なら、まぁ」
冬司の言質とりましたー!続編決定!
「うふふ....それでは朝食に致しましょう....!」
歯磨きを済ませて卓に着く。紅茶の突き当たりでスッキリとした朝だ。実に清々しいね。
「……お前と詩織さんやっぱり姉妹だよなぁ……似てる」
「し、姉妹て……」
パンを齧る手が止まる。
「見た目は全然違うんだけど、たまに情緒も性能もバグって何やらかすかわかんないあたりそっくり……」
「そっくりだなんて……!うふふ....姉妹……」
良くない方向で似てると言われてないか?心外だぞ。
「なっ……!俺は常識人なの!他の一条の人が才能や変態性を持つ代わりに常識を等価交換したの!!一条の良心なの俺は!!」
「いや、お前は割とやべぇよ。昨日とか」
「ぐぬ」
反論出来ないことが悔しい。失態の傷は深いな....数週間はこいつに塩を塗られそうだ........
「うふふ...冬さん、嬉しいこと仰いますね?」
「思ったまでですよ」
詩織姉さん、コイツは今しっかりディスったんですよ!嬉しそうにしてはいけません!調子に乗ってしまいます!
「やっぱり冬さんはいい方でございます……ですが私は養子ですので........」
........詩織姉さんは今でこそ少ないが、こと一条の家族としてとなると1歩引いて考えるきらいがある。俺はそれが気に食わなかった....だって寂しいじゃないか。
「詩織姉さんも一条家でしょ....?遠縁とはいえ俺と血が繋がってるし、もう今はその、し、姉妹、なわけだし......?詩織姉さんなんて呼んでるわけだし....そうあまり寂しいことを言って欲しくないよ.......」
「〜〜〜っ!妹がかわいいいいい!!抱きしめてもよかですか!!」
「........抱きしめてから言っても遅いと思う。.....それにいつも吸われてるし」
抱擁の次に発見したのは、恥ずかしい台詞をいかにも恥ずかしげに、しかも友人の前で吐露していた恥ずかしい自分であった。後悔はしていない、していないのだが、恥ずかしい........
「わー........オレはいったい今、なに見せられてんの??」
「いやもう破壊力やばいんだよなうちの妹かわいいいいいい!!!!!」
「詩織姉さんって急にキャラ変わるよね」
「........シスコン2人」
滅多なことを言うんじゃない冬司。こんな調子だから一条家全員が変だと誤解されるのだ。やれやれ。