16話 余談が予断を許さない!
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
俺は“呉久”のスマホを開く。塩谷へどういう言葉をかけるべきだろうか?俺はひとまず開いたトーク画面の送信欄をいかに埋めたものかと思い悩む。
もちろん俺にだって、冬様コンテンツ充実に貢献した塩谷へは少なからず恩恵の念があるのだが....それと同時に、我先にと冬様へ告白した不届者に対して優しい言葉など掛けたくない、という感情もあるわけで.....
相反する感情がくんずほぐれつの脳内合戦を繰り広げるうちに、俺の身体はスマホ前で微動だにしないフランス人形のようになっていた。
しばらく思案した挙句、〔大丈夫?話聞こうか?〕とそっけない返事を送信する頃にはかれこれ小一時間ほど経っていた。
俺がこんなに苦労したというのに塩谷からは特に返信がない。ああ、いまいましい。
そんな不調法者のことを頭の片隅に放り投げ、他の華やかなメッセージ通知に飛びつく俺を誰が責められよう!
柚穂
〔新学期始まってもう1週間になるかな?新しい学校はもう慣れた?〕
ほぼ毎日連絡をくれる柚穂さんとのやり取りに心が和む。呉久は京都に転校した事になっているから、柚穂さんとのやり取りには旅行雑誌が欠かせない。
呉久
〔ぜんぜん慣れない。でも京都観光はした!〕
柚穂
〔京都いいな〜〕
当たり障りのないやり取りが続く。こういう穏やさが心地良い。
柚穂
〔あ!そういえば今日の冠城さん茉莉さんがまるで冬司くんと呉久くんみたいだったの!〕
「ブッ!!」
思わず紅茶を吹いちまった。下手に返信するとボロが出そうで怖い.....
呉久
〔従兄妹だしね...〕
柚穂
〔すごい....〕
呉久
〔?〕
柚穂
〔それも一緒だったよ!!茉莉さん同じこと言ってた!〕
はい!言ったそばからボロが出た!長く続けると本当にやばい……
柚穂
〔あとね…呉久くん嘘がバレて焦ってるとき口元抑えるでしょ?〕
〔その癖茉莉さんにもあったんだよ!〕
それも今日知りましたー本人ですー☆
あなたからそれ知らされるの実は今日2回目なんですよ.........
呉久
〔似ることもあるんだね.....〕
〔冬司は?〕
柚穂
〔う〜ん、癖はわかんないけど、呉久くんと息ぴったりなとこが似てるかも〕
そんなこんなで楽しいやり取りは続いた。スマホを操作する手はなぜか手汗びっしょり。なぜだろう。なぜだろう........
...................
........
柚穂
〔またこっちに来ることがあったら連絡してね〕
俺はこのメッセージが届いて返信を終えるまでかなりの時間を必要とした。
頓に思う、今日も明日も真後ろの席にいながら呉久が彼女に会うことは叶わない。
煩悶の末、OKと描かれたスタンプを送信した時、行き場を無くした頼りない指はずっと寂しいものに見えた。
(そういえば、冬司……は柚穂さんとどう付き合うつもりなのか?あくまで上手くいった場合だが、相対するのは果たして冬司なのか?冬さんとしてなのか?)
恋のキューピットと銘打ったものの、射る的すら霞がかっているようでは現代版那須与一と洒落込もうにも手に余るに違いない。
さて、どうしたものかな......
とりあえず....風呂に入るか......
◇ ◇ ◇
「はぁぁぁ〜〜〜〜ぁぁぁ..............」
「どうなさいましたか、お嬢様。そんなに長いため息ついてると幸せが逃げちゃいますよ〜?」
なんというか。冷静に考えてみれば、今日は結局冬司の良いようにされただけじゃないか?
「はいっ!いい子いい子♪お髪も乾きました!今日もツヤツヤですね〜♪」
「...........」
「撫でてますよ〜?」
「...........」
「すぅぅぅぅ」
「............」
「吸ってますよ〜?」
両者痛み分けみたいな雰囲気出してたが、明らかに俺のダメージの方が大きいぞ.....?
やはり冬司に弱みを握られていたのが痛いな。
うむ。今日の俺は冷静じゃなかった......。
「お嬢様?」
「..........え、ええと。ごめん、なんでもないよ?」
ドレッサーの鏡越し、怪訝な顔の詩織姉さんが見ている......顔に出ていたらしい。
どうも最近はポーカーフェイスが崩れていかん。
しかし......こうやって見ると......やっぱ俺顔整ってる方だよな......?と言うより実感ないなぁこの顔......吸血姫みたい。むにむに。鏡では銀髪の美少女がほっぺたを揉んでいる......んでその感覚は俺にあると。不思議〜
じゃなくて!!!ええと。
詩織姉さん俺見て微笑んでるのなに。おもしろい?まぁ、おもしろいか......
「あらあら♪ご安心くださいっ!!お嬢様はと〜っても可愛いですよっ!!!!」
「......あんまそう言われると.....はずかしい......」
「ん〜〜〜〜〜っ!!」
詩織姉さんはいったいいつまで俺をからかって遊んでいられるのかね......?
かれこれ2ヶ月はこんな調子だ。
「はぁ.........」
そういえば冬司は冬司で詩織姉さんとちょくちょく会っているようだった。詩織姉さんは冬司に対してもこんなふうに遊んでいるのだろうか?冬司も見た目だけ切り抜けば冬様だしなぁ。かわいいよなぁ。銀髪碧眼.....そしておっぱい。
「お嬢様........?」
「........」
それにしても、冬司のやつ俺の胸揉んで喜んでなぁ......可愛かった。表情すんごいキモかったけど。劣情剥き出しだもんな......って、柚穂さんに気があるくせに俺に劣情抱きすぎじゃないか??それって男としてどうよ.....?
(ぐぬぬ....だいたいあいつの方がでかいじゃないか!俺がどれだけ我慢してると思ってんだ.....!
うわ!って詩織姉さん顔近ッ!!いつの間に....)
「もしかして冬さんのことをお考えですね.....?」
「いや俺の方が冬司の胸揉みたいんだが??」
(いや難しい数学の問題について考えてただけだよ!)
「お嬢様、それ多分逆で御座います」
「あ」
あっ……つい……
「ふふっやっぱり冬さんのことをお考えでしたね♪」
「口に出てた.....?」
本音と建前を逆にして発言していた....?
「はい。最近のお嬢様は冬さんのことで頭がいっぱいのご様子ですし♪」
「う〜〜!違うんだよおおおおお」
本来の俺はこんなくそざこじゃなかったはず……ぐぬぬ
「あらあら〜♪枕に突っ伏して悶えるお嬢様おかわいいです〜♪」
「う〜〜〜〜もう!もう言うけどさ、冬司にむ、胸を、揉まれたわけよ.....!それで、一方的なのはずるいじゃん?......って!!そういうはなしっ!わかった??」
口をついたことの弁明さえ出来れば良いし……なんていったっけえ、ちょっとわかんない。
「お嬢様は冬さんが本当にお好きですね〜♪」
「い、いや、ちがうし!?」
なんも弁明できておりませんでしたッ!
「先ほど冬さんのお胸を揉みたいと白状なさりました」
「2ヶ月前まで男だったんだ!し、仕方ないだろ!!」
言っちゃってた。やっぱり俺、ちゃんとダメな方を言ってた。
「ファンクラブ会員ではありませんか」
「うっ.......あれは塩谷が勧めてきたから男時代の付き合いで入ってるだけで........」
あれはもうそういうもん。無料だし、有料でも会員になってた。
「おかしいですねぇ.....確かこちらのベッド下に大切にしまわれているご本は冬さん似の......」
「〜〜〜〜〜!?なんでそれ知ってんのっ!?!?いや、あくまで見た目だけ!見た目だけなら確かにタイプ....かもしれないけど!そこは認めるけど!ほら、中身が冬司なわけだし?そんなふうに言われるのは違うから!!勘違いしないでよ!?!?」
あかんて一条!せやかて一条!それだけはやめておくんなまし!!!
俺は詩織姉さんがベッド下のわいせつ図書館に潜り込もうとするのを必死で止めた。もう必死で。
「あらあら〜♪」
「いやほんとに、違うから!?ていうかなんで知ってんの!?っていうかなんで俺がファンクラブ入ってんのもしってんの!?!?あと、その.......エ、エロ本の隠し場所も.........」
「メイドでございますのでお嬢様の趣味嗜好は存じております♪」
あなた読んだんですね.....。
「.........メイド怖い」
「お嬢様を思えばこそで御座います!とっとと冬さん押し倒してェ!胸揉んで差し上げたらよろしいのですッ!!」
思えばこそって......友人似のスケベェ本を収集する何を思っているのかねぇ......
「それができたら苦労は......って。は?え?」
「胸を揉みたいと仰っていましたから♪必要なのは勢いで御座いますよ!」
「なにいってんの.....?」
「ですから勢いよくドーンと────」
「あーあーあーわかったみなまで言わなくても!!」
「はい」
「いや?なんといいますかそれは......そういうゴニョゴニョ.....破廉恥なかんじを勢いでやってしまうのは.....」
「何をおっしゃいます!以前まで。お嬢様が呉久様であられた頃はそんなの気に留めることは御座いませんでした......」
「それは......どうだったか.....そうだったような気がしないでもないようなと覚えもないようなはてぇ.......?」
「そもそも!.....意地っ張りなお嬢様が一方的にお胸を揉ませるだなんて!あり得ません!おかしいと思いますっ!」
「い、意地っ張り!?」
「何かあったのです御座いますか?」
「へっ?」
「何かあったので御座いましょう??そうですね、なにか弱みを握られている.....?」
「え、えと.....」
「もしかして冬さんで御座いますか....?まさか冬さんが....!?まさかそんな......」
「え、ち、ちが......」
「......根はいい方だと思っていました......推し百合カプができるからと協力していましたが.....そんな.....ですがもう知りません。お嬢様にもしものことがあれば私は冬さんをゆるさ────」
「あ〜もう!!!わかった!話すよ!!! 冬司はちがうっ!いや違わないんだけど!!ちゃんと話すから!冬司にはその、優しくしてあげて....?ええとでも、その....あまりにもくだらないんだけどさ.......」
結局、今日あった珍事件と俺のやらかし、そしてその顛末について、詩織姉さんに根掘り葉掘り洗いざらい説明したッ!!
「……どうしようお嬢様がポンコツ可愛い……」
「ポンコツ!?」
「でもなんだか安心致しました.....」
「そ、そう……?良かった.......ってぇ!!!いや」
「オレもお宅の妹さんには驚かされてばかりなんですよ〜」
「いやだからなんで冬司いんの!?!?!?帰ったよね??」
「来ちゃったっ♪」
少しブカっとしたジャージ、彼女が男だった頃からの愛用品。
男物の不釣り合いが生み出すコントラスト、必然的に生まれる萌え袖はゆるふわな癒しのオーラをより一層ひきたてる.....身を捩る素振りに合わせて揺れる銀白のポニーテールをつい目が追ってしまう......気づけば彼女のコバルトブルーの瞳に溺れてしまうような......Sweet dreams.......
「はっ!ひゃぁぁ.....ジャージ姿もかわいっ似合ってるよっ!......んんじゃなくて!!!!!!」
「.....あっ....う、うん........あ、ありがと........」
わ....もじもじして赤くなってる......なにこの子かわいい.......。
「良いッそのウブな感じッきゃ〜〜〜アオハルだ〜〜〜!!!」
「詩織さん!?」
「あああもう!そうじゃなくて〜〜!!冬司!!」
「なぁ呉久、詩織姉さんって家ではこんな感じなのか.....?」
「だれか聞けよぉ......。はぁ。詩織姉さん?いや、あんな感じではない。ないんだ。夏前までは少なくとも表面上は完璧保ってたんだよ」
「夏....て言うとお前が女の子になっちゃってから変わったのか?」
「うん....そうだと思う。時々なぜか嬉しそうに壊れるんだ。やっぱりショックだったのかもな.....そっとしておいてくれないか.....?」
「いや、あれはショックで壊れたというより、お前がいろいろ決壊させたというか......」
「あー!もう!そんなことはどうだっていいんだよ!!」
「どうでもよくはないような.....」
「いいから!冬司!お前なんでいんの!?あと今いったい何時だとおもってんだ!?」
「えー?説明で駆り出されて?あと今は....おやz「うるさい!!」」
「今度はお前が聞かないのかよ.....」
「もう1時すぎだよ!もう日付変わってんの!!良い子のみんなは寝る時間!良い子の俺も寝てるはずの時間!!」
「ええ。ですから冬さんは今晩ここに泊まっていかれますよ?」
あ、詩織姉さん治ってる。よかったー
「.....へ?泊まるの?」
「泊まるよ」
泊まるんだってー。
え?泊まるの!?!?見た目だけならちょうどタイプな女の子が!?俺の家に??
「さ、冬さん。寝巻きにお着替えください」
「えー。ジャージじゃだめです.....?」
「いけません....私を誘惑しては....ぐぬ.....くっ....。耐えました」
「.....だめ.....ですかぁ.....?」
「効きません」
「やっぱ詩織さん一筋縄ではいきませんね〜」
「ふふ....当然です。弁慶に泣き所あれど、一条の者に泣きどころはございません♪」
「ぐぬ.....」
「ふふ....でしたらぜひ、お嬢様にお試しあそばせ♪....さぁ、こちらです」
「うわあ。すんごい女の子女の子してる.....」
「────────」
「────」
.........
へ?いやあ役得.....なんだろうが俺は健康優良児。此度のオーバーナイトは格段に睡魔の一撃が重たいわけでして────こくん
────おれはまだ────こくん
────こくん
────To be continued........