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10話 2学期デビューは余談を許さない!?その2

 1限目から4限目までの授業が何であったかはこの際忘れよう。

 身が入らず念仏を聞き流し、気持ちばかりペンを走らせ、写経のように板書を書き写す……そんな無益な時間について後から嘆いてもどうにもならん。

 

 目覚ましのようなチャイムと共に終礼の挨拶を終え、出来上がった怪文書に蓋をしたのも束の間。

 

 俺は今、中等部を共に過ごしてきたはずの級友どもに、入れ替わり立ち替わり自己紹介及び質疑応答に追われている。

 

 名誉のため先に言っておくが、俺は別に中等部時代に影が薄かった訳では無い。

 中等部時代の俺は、編み込んでハーフアップにできるほど髪が長くなかったし、女子制服も着ていなければ、胸も膨らんでいなければブラジャーだってしていない。

 なんだか文言だけだと変態くさいな。

 とにかく、金髪お嬢様と化した俺と『一条呉久』が結びつかないのも無理はない。

 

 全ては俺の後ろでアイドルの握手会顔負けなニコニコファンサービスに興じるアホに端を発する。

 あの似非(えせ)自己紹介の後、一限目終わりの休み時間。

 今思えばあそこでネタバラシすべきだったのだ。

 しかしそこで冬司はゆるふわ美少女ロールを継続した。

 

 目を輝かせるクラスメイトを前に俺だけが『実はみんなの知ってる呉久クンでした〜てへぺろっ☆』なんて言い出せるはずもなく、お嬢様キャラで一時を凌ぐしかなかった。

 以降言い出すタイミングを見失った俺達は、互いにネタバラシ捜索隊の役目を押し付け合いながら、今に至る。

 

 ……猫を被り続ける俺達も俺達だが、男時代と同じ席に座っているにも関わらず徹頭徹尾違和感に盲目なクラスメイト、おかしくなっちまったのは視力か知力か……そっちの方がより深刻な問題だと、俺は思うね。

 

「ねえねえ。一条さんと冠城さんってハーフ? かな? えと……日本語……で大丈夫だよね?」


 話しかけてきたのは前の席の綾瀬さん。彼女とは中等部から見知った仲である……といっても、名前順に席が並ぶ都合上何度か話す程度だったが。


「ええ。そのようなものですわ」


「そうそう! ワタシ達日本生まれ日本育ちだよ〜むしろ日本語しかできないよ〜!」


 冬司が《ワタシ》なんて一人称を使っている……カマトトぶってんな。

 クラスの男共もこいつの本性に気付いていない。

 

 (──「完全にアニメキャラじゃん……かわいい」「冠城さん日傘さして登校してたよな?」「あーあれ完全に2次元の光景だったし日本の2次元育ちかもしれんぞ」──)


 ……ほらな?

 

 こうして質問されてキャラに似合う答えを応答。という茶番を馴染みある学び舎で馴染みのクラスメイトに対して行う。


 しかも俺達の一挙一動に男連中が聞き耳を立てているようで、ヒソヒソ話し込んだり一喜一憂したりと、休み時間というのにち〜っとも気が休まらん。


「2人とも髪綺麗だし、お肌真っ白だし、とっても美人さんだなって……!」


 目を輝かせて言う綾瀬さん……眩しい、そんなキラキラした目を向けないでください!灰になるっ!

 

「うふふっ、ありがとう。綾瀬さんこそ、美しい御髪、素敵なお顔立ちで御座いますわ……」


「ありがとー綾瀬さんもかわいいよ〜美人だよ〜?」


「いやいやいやいや。2人に比べたら月とすっぽんもいいとこだよ……! いや、すっぽんもおこがましいかも!?」


 綾瀬さんは月でかぐや姫やっててもおかしくないくらい可愛いので安心してほしい。

 

 しかし俺も冬司も女の子として褒められ慣れていないわりに善戦している。

 それにしても冬司、お前のキャラは楽でいいな?

 

 (──「女神の微笑み……」「やばい……女の私もクラッときた……」「性格も女神では……?」──)


 ……女の子も聞き耳を立てていたらしい。

 

「 あれ? ……そういえば私、名前言ったっけ??」


「「あ」」


 俺たちは転校生キャラ、クラスメイト全員の名前を知っているのはおかしいわけで……

 

「? ……まあいいや。私、綾瀬柚穂。よろしく」


「……よろしくお願い致しますわ」

 

「よ、よろしくー……」


 危なかった……


「なんか息ピッタリ。もしかして一条さんと冠城さんって知り合いだったり……?」


 鋭い。


「うんうん。そうだよ〜! ワタシたち、友達だよね〜? 茉莉ちゃん♪」


「――ッ!  ええ……まあ……」


 俺にニコニコ笑いかける絶賛美少女、を演じる冬司。かわいい。偶像のくせに。

 そういう無邪気な素振り、正直たまらんけどさあ。不意打ちだろ。ありがとう!


(──「意外な組み合わせー」「ビジュ良すぎ……尊い……」──)


 クラスメイトは俺たちのことを何かのネタにしているようだったが、冬司演じる美少女に見入っていたため聞き取れない。

 冬司は「家が近くってね〜!」と甘い声でふわふわ揺れている。

 猫を被ってくれているおかげで俺の目に映るのは天真爛漫な美少女冬さんだ。

 夏空を背景にハイビスカスまで見えるぜ――


「あ、昨日大丈夫だった!? いきなり倒れたみたいで心配したんだよ?」


「その節はご心配をおかけしました」


「もう大丈夫!! あ、そうそう! 誰が私達を保健室まで運んでくれたの?」


「私と保健医の先生で運んだよ〜! 私保健委員だから、なにかあったら遠慮なく言ってくれていいからね?」


「え!? ありがとう〜! ち、ちなみに……綾瀬さんはどっち運んだの……?」


 そう尋ねた冬司と目が合う。ラブコメ確率は2分の1……!

 

「一条さん」

 

「むぅ……」


 勝った! 記憶に無いのが恨めしい……

 むくれる冬司を一瞥して綾瀬さんに微笑む。

 

「そうだったのね……御無礼致しました。綾瀬さん、是非なにかお礼させてくださらない?」


「そうそう。なんでも聞いちゃうよ〜?」


 お前はいらんことを言うな。

 

「いまなんでもって!?……えへへっなんでもかぁ――っと。うん。ここは冷静に」


「?」


「じゃあお礼といってはなんだけど、2人にお友達になって欲しい! かな?」


「ええ是非!」


「もちろん! でも、そんなことでいいの?」


「嬉しいっ! ありがとう〜そんなことだなんてとんでもない! 幸せだよ〜」


 なんだかとっても嬉しそうだ……

 冬司を見れば目を糸のように細くして随分ふやけた顔になっていた。

 わかる。綾瀬さん、お願いが可愛いよな。

 

「あ! そういえばその席ね、一条呉久って人と冠城冬司って人の席だったんだけど、今日来てなくて。なにか知らない?」


 ついにそれ、聞いちゃう?


「ええ、じつは――」


「従兄だよ!!」


 答えに詰まった俺より先に冬司が答えた。 

 

「「「「 !? 」」」」」


 (──「アイツらこんな美人の従妹がいるなんて羨まし過ぎだろ……」「少しは紹介してくれてもいいじゃないか……」「じゃあお前なら紹介すんの?」「しないが!?」──)


「知らなかった……」


 驚く綾瀬さんとクラスメイト。

 従兄設定をでっち上げた冬司は、遠い目で、声を震わせながら続ける。

 

「……でもね、冬司はね……遠いところに言っちゃったんだ……」


 冬司を語る冬司。合わせた指をしょんぼり見つめる素振りに皆、庇護欲を覚えずには居られない。嗚呼かわいい。

 

 しかし諸君────


 彼女のとってもキュートな瞳、その奥底をよ〜く観察して欲しい。したり顔でほくそ笑む憎き童貞野郎が鎮座しているのがお分かりか。

 

 確かに、傍からはセンチメンタルに言葉を紡ぐ乙女に見えよう。

 同情を誘うようにウルウルと雫をためる瞳も、プルプルと震えてすぼんだ声も、その実必死で笑いを堪えているにすぎない。

 状況全てが冬司に味方するワーストマッチ!

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね!!

 

 TS娘はお砂糖とスパイスと邪な野郎で出来ている! これが人を誑かす悪魔の面の皮と知れ!!

 なんて、クラスメイトがそんなことに気づけるはずもなく――


「そう……ごめんね……つらいこと思い出させて……」


 しょんぼりと綾瀬さんは目をすぼめる。

 露骨に聞き耳を立てていた野郎共も俯いている。おいおい、どうやらマジで信じてるらしいぞ。

 しかし野郎共はともかくとして、綾瀬さんに辛い顔をさせるのはさすがに忍びない……


「冬さん――?いけませんね……」


 俺が睨むように言うとさすがに冬司も察したのか。

 

「あッ……えと、じ、実は転校しちゃって! なかなか会えないなー悲しいなーって! ち、ちゃんとげ、元気にしてるから! 安心して! ね?」


 必死に弁解している。

 

 しかし冬司よ、まさかこのままネタばらししないつもりなのか?? いったいどういうつもりだ。

 絶対無理だぞ。確実にバレる。男根の権化たるお前という不純物は希釈のしようがないんだよ……

 まして中等部からお前の狼藉を知っているやつら相手に隠し通せるはずがないだろ?いつかボロを出すに決まってる。


「そっか〜よかった〜!」


「あ、あはは……」


 綾瀬さんに笑顔が戻る。


「呉久君は……?」


 まさか綾瀬さん、俺の心配をしてくれているのだろうか。なんと情け深いことか!

 童貞だからな……俺は優しくされるとすぐ好きになっちゃうぞ!?


「ええ。それは――」

 

「呉久も冬司と同じ高校に転校したらしいよっ!」


 またしても俺を遮って冬司が答える。


「そうなの……?」


 俺を見る綾瀬さん。

 

「ええ、まあ」


 たった今俺は俺自身の従妹になった。呉久(おれ)の設定くらい俺に決めさせて欲しいものだが。


「元気にしてるかなあ……」


「うふふっ……元気にしてますわよ……」


 目の前にいるしな。


「綾瀬さんは呉久のことが気になるの?」


「えっ!? ええと、どうだろ……ただ、いまなにしてるのかなーって気になっただけ!」


 慌てる綾瀬さん。

 

「仲良かったの……?」


「えっ!? ま、まぁ……? 連絡先知らないけど……」


 ……どういうことだ?? そこまで喋ったことないぞ?? なんなら本日の会話だけでこれまでの全会話量に匹敵するんじゃなかろうか?


「ふーん……?」


 冬司は訝しげな目で俺と綾瀬さんを見る。なんだその目つき、言いたいことがあるなら口に出して言いなさいっ!


「ねえ。一条さん! 呉久くんの連絡先って知ってる?」


 ジト目の冬司そっちのけの綾瀬さん。

 

「ええ……存じてますが……」


「ほんとぉ!? 教えて貰ったりとかってできる……?」


「ええ。構いませんよ?」


「一条さん優しい! 好き! そうと決まれば連絡先交換だね……!」


 俺今女の子に好きって言われました!?

 ……いやわかってるよ。間違いなくライク的な方だし、なんならグッド的な意味合いのコミュニケーションだ。わかってるさ……

 

「ええ!そうですわね!」


「ムッ……茉莉ちゃんなんだか嬉しそうだね……?」


 じとっとこちらを見る冬司。きゅっと胸がつかえる俺……。

 そんな顔を向けるなそんな目で見つめるなそんなふうに寄るな。なんだかいけないことしてるみたいじゃないか。俺、別段悪いことしてないだろ……?

 

 LINEを交換しようとスマホを探す。


「スマホはたしか――」


 鞄に手をかけて、気づく。

 たしかLINEのプロフィールは一条呉久のまま。

 昨日の失策から何も学んでいないではないか! いや、はやく気付けただけ成長したか?

 とにかく! このまま交換すれば間違いなくバレる!!


 ……ここでネタばらしにするべきだろうか? 否。それはなんだか惜しい気もする。

 何より純粋に友達になろうとしてくれる綾瀬さんの気持ちを踏みにじったようで気が引ける。

 もし仮にここでネタばらししてヘラヘラ笑ってみろ。 クラス中からドン引き、最低の烙印を押されるまでは必須。靴箱に画鋲剃刀の刃が入ったレターセット机は常に落書き帳……そのよう薄暗い高校生活となるに違いない!


「――家に、置いてきてしまいましたの……また明日でよろしいかしら?」


「うん! あと、敬語じゃなくていいよ! 一条さん」


「うふふ……ではお言葉に甘えて…明日は必ず持ってくるわね?」


 でゅふふ……至急新しいLINEアカウントを用意しなくては。


「冠城さんは──」


 綾瀬さんがそう切り出した時。

 <――生徒のお呼出をします―― 冠城冬さん、一条茉莉さん、至急理事長室までお越しください――>


 お説教の時間を告げる校内放送が響いた。


「お呼ばれしたようなので行ってくるわね?」


「綾瀬さん、またね〜♪」


 爽やかに。優美に。麗しく。颯爽と席を立つ俺たちを、これから説教されに行く被告人だと誰が思うだろうか。


 

 教室を出てしばらく廊下を歩く。人通りが少なくなったあたりまで来ると、冬司は声を潜めて言った。


「(なぁお前、ずいぶんと鼻の下伸ばしてたな?)」


 また随分と鼻につく言い方だな。

 

「(そりゃあなあ。記憶が無いとはいえ?俺は綾瀬さんと保健室まで密着♡してたからな?おんぶかなぁお姫様抱っこかなぁまさに理想の青春シチュだぞ!!  あっ、お前は先生だったか……かわいそ〜〜)」


「(……お前女子に触れたことないもんな……はぁ。マウントがぜんぶ童貞っぽい。はぁ。これだから童貞は)」


「(どどど童貞ちゃうわ)」


 ……このやりとり既視感あるな。 

 

「(それにお前。おんぶにしろお姫様抱っこにしろ、される側だったからな??  煽りにもなってねえよ、はぁ。そんな事にも気づけないこのアホめ! 女の子におんぶにだっこのくそざこ! す〜ぐデレデレする童貞チョロイン!)」


「(……どうて!?ちょろ!?……なんか今日のお前辛辣!!)」


 なんだかずっと棘がある。表情もむすっとして取り付く島がない。いやまあ。それはそれで……


「(なぁ。お前と綾瀬さんってそんな親しかったのか……?)」


「(どーだろ。そもそも今日まで女の子の友達はお前以外いないし……)」


「(な、ナチュラルにオレを女の子にカウントすんな)」


「(いやあだって……なぁ)」


「(だって?)」

 

「(案外バレないもんだなーってお前が作る偶像。カマトトぶってる時のお前マジで美少女だよ)」


「(惚れたか?)」


「(───いんや)」


「(――フン)」


 そうこうしているうちに理事長室に着いてしまった――

 

 なぜだかむすっとしたままの冬司に代わって扉を叩く。


「どうぞ」


 理事長の声がして中に入ると、三浦先生もいた。




「やってくれたねえ……」


「……」

「あはは……」


「そう萎縮しなくても、説教のつもりで呼んだんじゃないから安心したまえ。いやはや、詩織ちゃんは恐ろしいね。この僕が顎で使われたよ」


 なぜここで詩織姉さんが出てくるのか。


「いやすまない。実はね、詩織ちゃんとちょっとした賭けをしていてね。内容は君たちが二学期初日にどう振る舞うか。僕はてっきりそのままバラしてしまうものだと思っていた。君たちと、そして高等部一年A組を読み違えたよ。侮れないね。僕も教育者として人を見る目は持っていると自負していたんだが」


 賭け事を自白する教育者とはいかがなものか。


「まぁ賭けと言ってもお金はかけていなくてね。朝に話した延長のようなものだ。いくつかあるが、まずは君たちを正式に転校生として扱う。というかもうその方が楽だろう?」


「ええまあ」


「そういうことですので、三浦先生。大変とは思いますがよろしくお願いしますね?」


「はぁ……わかりましたぁ……」


 しぶしぶといった感じだ。三浦先生、変人の妄言に耳を貸す必要なんてありませんよ〜


「それから、TS病を専門にしている医者に来てもらうことになった。困ったら臆せず頼るといい。他は情報統制や治験の免除や一条の人間の立ち入り──まぁ細々したことだね。他はおいおい──今日のところは以上だ。詩織ちゃんの思惑通り、仕上がりが楽しみになってきたよ」


 妄言に耳を貸すべきだったかもしれない、身の危険を感じる単語をいくつも聞き流したような気がする。

 

 ひとまず、俺と冬司は所詮手のひらで転がされていたに過ぎない、と言うことだけが明確にわかる。

 つまり?

 

 二学期デビュー失敗ですわ〜〜!



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