世界を救った勇者曰く、なんか違う
パーティーメンバーのっ! チェンジをッ!!
要求するッッッッッッ!!
え? はあ、なんですか王様。
不満? あるに決まってんでしょ。あるから言ってるんですよこっちは。
そりゃあね? 異世界から勇者として召喚されてこの世界を救ってください勇者様、とか言われてね?
こちとら超平和な世界から来たから荒事とか土台無理な話でごねました。えぇ、ごねましたとも。
いいですか、うちの国は銃刀法違反っていう法律があってそもそも武器持ち歩いてお外出るの犯罪なの。おわかり?
見た目がいくらモンスターみたいな悲しいブサの者がいたとしても、迫害しちゃいけないの。虐めがないわけじゃないけど、いくら見た目がモンスターみたいな顔しててもモンスターじゃなくてヒューマンなの。
あ、話それたなまぁいいや。
とりあえず、パーティーメンバーの変更を要求したいんですよ王様。
え? 何が不満だ?
はぁあ!? いやそうじゃねーよハゲ。
あっ、失礼しました。まだハゲてません。大丈夫ですよ。言葉の綾です。
いや実力に問題はないです。じゃあいいだろう? はぁ? おいおっさんふざけてんのか?
あっ、失礼しましたうっかり失言を。
いやあの、じゃあちょっと落ち着いて今のメンバー確認しましょうか。
まず女戦士さんですね。
えぇ、強いですよ。そこらの男なんて目じゃないくらい強いですよ。いつも助けられてますし助かってます。
じゃあいいだろう?
いいわけあるか常識で考えろ。
強いけども! あの人の装備なんなん!? あの、どう見ても防御力もなさそうなビキニアーマーなんなん!?
神様の加護でもかかってんのかあの装備に!? そうならいいよ!? でも直接聞いたけど別にそういう加護とか何かすっごい魔法がかかってる装備ってわけじゃないじゃん!
って事はアレ、ただ露出の激しいだけの防具じゃん!?
こっちは命かけて戦ってるってーのにあの装備なんなん!? 聞けば王家から提供された装備だからって言って女戦士さんアレ着てるんですけど!?
命かけて戦ってるつってるでしょーが、何でそんな危険な場所で無駄に露出激しい装備させてんだ馬鹿なの!?
目の保養? はぁ!?
こっちも命かけて戦ってるってのに視界のあちこちにちらちら女戦士さんの際どい姿が見えたら正直戦闘どころの話じゃねーんですわ。あとあの人が怪我するたびに魔法で治せるって言われても正直気が気じゃない。もっとちゃんと露出低いちゃんとした装備にさせてもろて。
ぶっちゃけ勇者様の勇者君が場の雰囲気選ばず起立しそうになるんですよ。ヤですよ俺股間目掛けて集中線と共にズキュウウウウウン……! みたいな効果音つくような演出したくないんですよ。
それができて尚且つ平然とできるのは剛の者だけなんですわ。主に変態的な意味で。
女戦士さんの装備をもうちょっとこう、マシな見た目で実用性のあるやつにできるならいいですけど、そうじゃないなら流石にあの装備のままこれ以上旅に連れていけません。
いいですか、今転移魔法でこっちに戻って来たとはいえ、これから向かう先は極寒の地と称されてるところなんですよ。風邪引くだけで済めばいいけど絶対風邪だけじゃ済まないだろって思うのでホントもう、王様は女戦士さんに謝った上で慰謝料を支払うべきだと思います。
次に聖女様ですね。
彼女には何の問題もなかろう? あるに決まってるだろこのハゲ。
あっ、失礼しましたまだハゲてないですはい。これからですね。えっ? いえなんでも。
そりゃあね? 聖女様の癒しの魔法だとかでこっちも大助かりしてるから、いなくなられたら困りますよ? 困りますけれども。
法衣だかなんだか知らんけど聖女だけが着る事を許された神聖な衣とやらがシースルーなのはどうかと思うんですよ。スケッスケじゃねーの。流石に見えたら困るような肝心な部分は見えてませんけれども、それでも目のやり場にとっても困るんですよ。動くたびに透けてるおっぱいがたゆんたゆん揺れてるの見えちゃうと目の! やり場に! 凄く困るんですっ!!
勇者様の勇者君が休みという概念を忘却したらどうするんですか。行く先々で勇者様の勇者君が常にご起立状態とか最悪な噂しか立たんでしょうが。
っていうか聖女様の教育ってどうなってるんですか。神殿が全権任されてる?
え、何神殿って頭おかしい神官しかおらんの? まさかでしょ?
えっ? 何を言ってる? こっちのセリフだデブ。メタボこじらせて脳みそまで脂で包まれてんのかおっさん。
聖なる法衣だかなんだか知りませんけど、シースルーなんですよ透けてるんですよスケルトン仕様がかっこいいのはゲーム機までって相場が決まってるんですよ。
そりゃあね? 肝心な部分は完全に丸見えじゃないよ? ないけどね? けどあれ実質ほぼ全裸みたいなもんじゃん!? 透けてるせいで見えてるもん!
おかげで街を移動してる時とか野郎どもの鼻の下みんな伸びてるからね!? 女性陣の反応知ってる? 下世話な噂か目のやり場に困るか同情するかの三択なんだわ。
そりゃそうでしょ。
あの法衣がおかしいって思わないように幼い頃から教育されてきたから聖女様本人はなんとも思ってないけど、なんで世界各地をストリップ一歩手前みたいな衣装で練り歩かなきゃならんのですか。聖女様に何か恨みでもあるんですか!?
真っ当な女性だったらあんなん下手な拷問より酷いって言いますよ。
大体微妙に透けて見えてるせいで、その、生理の時とかすぐわかるんですよ。
気まずいってレベルじゃねーぞ!!
恋人でもない女性の生理周期をおかげで把握してしまったとか、ぶっちゃけ自分の世界だったら間違いなくセクハラで訴えられてもおかしくないし! そんな事させた相手は社会的に死ぬまで追い詰められますよ。
聖なる法衣だかなんだか知りませんけど、あれ絶対防寒性ないでしょ。コートとかちゃんとあったかいやつ用意しますけど、それについてはそちらに経費請求しますんで。当然でしょ。
あと、もう一人仲間の追加をお願いします。
は? 聖女様のメンタルケアする人に決まってるでしょ。あんな破廉恥極まりない衣装で外を歩く事に対してなんとも思ってないっていうその常識を改変するためですよ。世界が平和になった後もあの価値観だと困るでしょう。どう考えても。ふざけてんですか?
今から少しずつ矯正するにしても、過去がなくなるわけじゃありませんからね。心の傷をどうにか緩和させるための相手としてあの人の婚約者さん要求して何がおかしいってんですか。
自分の婚約者があんな格好で外歩いてるとか、婚約者さんだってどうにかしたい案件では?
は? 婚約はなかったことになった?
勇者と恋仲になる可能性が? ねーよ。人様の女に手ぇ出す程落ちぶれちゃいねーんですよ。
そりゃあね? あのスケッスケな衣装を除けば聖女様完璧美人ですからね、危うく惚れるところでしたけれども! ねぇよ!!
は? ちょっとこの後用事できたんで話まきで進めますね。婚約者さんとの話し合いに決まってんでしょ。
最後に賢者様です。えぇ、彼女にも言いたいことがとてもあります。
なんですかあの悪の女幹部みたいなセクシーハイレグ衣装は! しかも下乳部分見えてるんですよ。
あの装備ってなんか魔法の力とかでめちゃくちゃ強いとかなんですか? 違う? はぁ!? 見た目重視かよふざけんなこのハゲ。むしり取るぞ。
それでなくとも女戦士さんと違って賢者さんは肉体を鍛えてるタイプじゃないんですから、攻撃がちょっと掠っただけでも致命傷になりかねないんですよ!? なんでそんな相手の防具がこれまた防御力ゼロみたいなゴミみたいな装備なんですか!? 王家から支給されたって言ってますけれども、王家何を考えてああいうの支給しちゃったんですか!?
セクシーとかどうでもいいんだわ。セクシーだったら魔物が勝手に倒れてくれんの? くれねーよ。種族違うから人間の女がいくらセクシー極めたところで見惚れたりしねーんだわ美意識の違いってやつでな!
仮に人間の感性に近いものを持ってるらしい魔族とかはもしかしたらワンチャンあるかもしれないけど、そのワンチャンなかったら賢者さんが一番命の危機なんだわ。
っていうかですねぇ、セクシーとチラリズムにステータス全振りしたみたいな仲間連れて歩いてる勇者様が言わせてもらいますけど。
俺のせいじゃないのにあれ俺の趣味でさせてるみたいじゃないですか!!
あんな美人な女の人を辱めながら各地を移動させてる特殊プレイさせてる特殊なヘキをお持ちの野郎みたいな認識されてそうなんですけど!?
勘弁して下さい俺はッ! 性癖は極めて普通のノーマルですっ!!
正直仲間のチェンジをお願いしたい。あんな美人に囲まれてたらそりゃあこっちだってさ、あわよくばを考えた事もあるよ? あるけども。
けど正直とっても居心地悪いんだわ。どうせなら一切気を使わなくて済む男性とかそっちで仲間固めてほしかったですね。そしたらいちいち今の言動はセクハラになるかどうかを考えたりして悩まなくて済むし。
そりゃあね? あの三人とても優秀ですよ。大いに助けられてきました。でもですね、流石にそろそろ限界なんですよ勇者様の勇者君が。夜中にこっそりトイレに入って処理しないといけないんですよわかりますこの気まずさ。
は? 好きな相手に夜の世話を頼めばいい? ふざけてんのか殺すぞ。
あの人たちはこの世界に不慣れな勇者を助けるために日々精一杯働いてるのに夜の世話までとかふざけるのも大概にしておけよ。魔王を倒せるのが勇者だけっていうからこっちだって手を貸してるけど、その勇者の生贄みたいな扱いを仲間に強いてんじゃねぇ。
向こうがこっちを好きで、こっちも向こうが好きっていうお互いの同意の上での行為ならいいですよ。いいですけどね?
でもあの人たち好きな人いるじゃん! 恋人とか婚約者とかいるじゃん!!
そんな相手をこっちの気分で好き勝手できるわけないだろうが!!
人をなんだと思ってるんだあんたは。
お前にッ! 人の心ってやつはないのかよッ!!
――そう叫んだ勇者が思わずと言った形で国王の顔面を殴った次の瞬間。
「おぉ……まさか、このワシが正体を見破られていたとでもいうのか……ッ!?」
国王だった男の姿がどろりと溶ける。まさか攻撃を食らうとは思っていなかったのか、モロに直撃した一撃は予想以上のダメージであったらしい。
「おわっ!?」
勇者が思わずといった形で更にもう一発殴る。殴るつもりはなかったけれど、驚いて反射的に出た行動だった。
ぐ、ぐぉぉぉおおおおおお!!
まさか、こんな、このような場所で敗れる事になろうとは……ッ!
折角我と国王を入れ替えておいたというのに、まさか、こんな形で敗れるなど……ッ!!
苦悶の声を上げつつも国王だったはずの黒い影はどろどろと溶けて消滅していく。
勇者は握りしめた拳と影を交互に見て、は? と完全にわけがわかっていないぽかん顔をしていた。
しかし何がなんだかわからなくとも、事態は進む。
影が完全に消滅したその矢先、今度は室内に光が降り注いだ。室内で、上に窓があるでもないにも関わらず光は全てを包むようにして降っている。
それはこの室内だけではなかったらしく、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
『勇者により、悪しき魔王は倒されました』
そして突然響く声。
は? え? 何?
そんな事しか言えなかった勇者は室内を見回すも、別に何が見えるわけでもない。
だが、部屋の外で控えていたであろう兵士か誰かの声が、
「ま、まさか女神様……!?」
なんて言うものだから。
あ、神様ならこの部屋の突然の謎照明もあり得るなと妙な納得の仕方をしてしまったのである。
『勇者よ、よくぞ見抜きましたね。魔王に仕立て上げられたこの国の王がもし殺されていたならば、世界はますます混迷を極めるところでした』
「え、いやあの、はい」
見抜いてませんが!? とは流石に言えなかった。女神の声が自分にだけ聞こえているならまだしも、どうやら部屋の外にいる人にも聞こえているらしいし、もしかしたら世界中に女神の声が聞こえている可能性を考えたら、勇者の言葉も聞こえるようにされているかもしれないと思ったからだ。
勇者召喚をしたこの国の王もまたかつての勇者の血を引いた者らしく、もし勇者が何も知らないまま国王を殺していた場合、勇者の血筋の者を殺した勇者は魔王側に与したものだと判断されとりあえず世界は何かとんでもないことになるところだったらしい。
女神のつらつらとした説明を、勇者はなんとも言えない表情のまま聞いていた。
『ともあれ、魔王は倒されこの世界は平和を取り戻しました。
勇者よ、貴方の役目は果たされたのです。
これから先、貴方には二つの選択肢があります。即ち、この世界に残るのか、元の世界へ帰るのか――』
「あ、帰ります。帰らせて下さい」
即答だった。
まさかこんな簡単に魔王倒す事になるとは思ってなかったけれど、倒した事実に変わりはない。
もしもっとちゃんとした手段で魔王を倒していたならば、今頃は魔王を倒して世界を救った勇者様の凱旋だー! なんて感じでパレードだってしたかもしれない。
けれども倒した経緯を考えれば、大っぴらにしてはならない状況である。
あと、もう魔王退治の旅に出なくていいなら仲間たちもあんな格好しなくていいだろうし。いつまでもあんな、目のやり場に困る衣装でもう世界中を移動しなくていいのだ。
一体いつ自分を召喚した国王と魔王が入れ替わっていたのかはわからないが、そういったあれこれを考えるのも面倒になってきて、勇者は惜しむ女神の声を物ともせずさくっと帰還をきめたのである。
――そうして元の世界の自分の部屋に戻ってきて。
勇者と呼ばれていた青年は、とりあえず窓から外の景色を眺め見た。道行く人たちの姿は、今となってはどこか懐かしさを感じる。いかにもゲームの世界みたいなファンタジー感あふれる装備などを身に着けている者はいない。
見た目が可愛い女の子は学校帰りか制服を着ていたし、クールビューティーな雰囲気を漂わせているお姉さんはいかにも仕事できますみたいな感じのスーツ姿であった。ここからでは聞こえるはずもないけれど、きっと規則正しい靴音を響かせて歩いているのだろうなと思われる。
「……ちゃんとした服を着ている事にここまで安心できることってあったかな」
無意識のうちにそう呟いていた。
だって本当に今まで自分の身の回りにいた女性たちは、仲間もそうだけどそれ以外の勇者様たちのお手伝いをしますね、とかなんとか言っていた人たちまで、若い女性はどこからどう見てもえっちな格好だったのである。据え膳食わぬは男の恥とかいう言葉もあるけれど、その後の責任なんてとれるはずもないからこそ勇者は耐えた。あと、何か調子に乗って女食い散らかしたらその後が大変な事になりそうだぞ……? という予感もあったからなおの事耐えた。
もし魔王退治の旅の途中で軽率に身近な女性に手を出していたら、きっとそれを理由に元の世界に帰る事が出来なかったかもしれない。よもつへぐいという死者の国の食べ物を食べたらもうあなたはそこの住人ですよ、みたいな話を知ってる身としては、正直向こうの世界の食べ物を食べるのも抵抗があった。けれども一日二日で帰れるような旅ではなくて、だからこそ内心で恐怖しながらもそこで食べ物を食べた。
食べ物は問題なかったとして、では、性的な意味でそういうものがないとも限らない。もし向こうで誰かとそういう関係になっていたら。もしその相手が子を身籠っていたら。
それが楔となって自分という存在はこの世界との縁が薄くなって帰れなくなっていたかもしれない。
女神は何も言わなかった。聞かなかったから答えなかった、が正しいかもしれないけれど、もしその可能性があったなら。ゼロではなかったのなら、やはり軽率に女性に手を出さなくて本当に良かったとさえ思えるのだ。
ところで外の様子を見て安心したついでに視線を移動させれば、ふと開いた机の引き出しが目に映る。その中からちらりと見えたのは、自分のお気に入りだった夜のおかずと言っても過言ではない雑誌である。
彼はそれを手に取って、何の気はなしにぺらぺらとページを捲った。
「…………刺激がすくない」
お気に入りで何度も見たから、というのもあるかもしれない。けれども、あの世界で自分の近くにいた女性たちと比べるとなんというか、こう、これっぽっちも興奮しないのである。
おかしな方向に慣れができてしまった、と理解して、彼はお気に入りだった雑誌を丸めてゴミ箱に叩き込んだ。
異世界に召喚されて勇者となった彼に残された物は、異世界を救ったという誰に言えるでもない偉業と、着衣エロに目覚めたというやっぱり人に大っぴらに言えそうにない新たな性癖の扉を開いた事実だけだったのである。