第二十話 別れ
第二十話です。
ハンカチをご用意してお読みください
小さな幸せは訪れないはずだった。だがそれは2つの小さな手によって運ばれてきた。
「リンダー!」
そう叫んだ時にはすでに2人は駆けだしていた、リンダの無事だけを祈って。
「リンダ、リンダ。返事してリンダ」リンダに駆け寄るとシロイとクロイはリンダの手を握る。
その時薄っすらとリンダの意識が戻る。
そして2つの人影を見つけるととても弱々しい声で語りかける。
「ああ、あなた達なの、シロイとクロイなの? 会えてよかった。今どうしようもなくあなた達に会いたかった。私の最後のその時に一緒にいてほしかった。ありがとう私の天使たち。たくさんの幸せを運んで来てくれて。あなた達が生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう。これからもずっと愛してるわ。ずっとあなた達と一緒にいるわ、幸せに生きるのよシロイ、クロイ……」
その命の灯が消えようとするその時でさえリンダはシロイとクロイへの慈しみの笑みを湛えたままだった、瞳を閉じたその顔に。
「リンダ、リンダー!!」自らの全てを捧げるかのように力の限り叫ぶシロイとクロイ。やがて声も出なくなり嗚咽へと変わる。
……遠くで誰かが泣いている。よく聞こえないわ、どうしたの? シロイ、シロイなの? 隣にいるのはクロイなの?
そんなに泣いてどうしたのシロイ? 転んで膝でも擦りむいたの? 大丈夫よ、あなたには私とクロイがいるのだもの。もう泣き止みなさい、いつもの笑顔を見せて。シロイ、クロイ、愛してるわ……
リンダの最後の思いがどれだけ言葉となりシロイとクロイに伝わったのかは分からなかった。しかしリンダはシロイとクロイならば分かってくれると信じた。だから笑って2人と別れることができた。リンダに悲しみは無かった。幸せに満ちた別れだったのだ。
その日、シロイは3年分の涙を流した。
シロイはこの3年間ずっと笑って過ごすことができた。リンダという存在のおかげで嬉しくて泣いたことはあったけど悲しみの涙を流すことはなかった。
そして今この瞬間3年分の悲しみがシロイの全身から溢れだした。それは止めどなく溢れる涙となり、全てを奪われた悲鳴にも似た嗚咽となり全てを悲しみに変え流れ出た。
止められない、悲しみが永遠と押し寄せてくる。
「リンダ、リンダ、返事してよ」そう言おうとしても言葉にできない。嗚咽だけが唯一許された発声。
「リンダ起きてよ、いつもみたいに笑ってよ、今日の朝みたいに優しく抱きしめてよ」言葉が出ない。シロイの思いは全て嗚咽として吐き出される。
「リンダ、僕が泣いてるから心配してるの? 大丈夫、僕笑うよいつもみたいに笑うよ」言葉というものを奪われむき出しの感情がシロイから溢れる。
涙も鼻水もよだれさえも、もう何かわからないものがあらゆるところから溢れだす。もう座っていることもできない、リンダに倒れかかるように覆いかぶさり力なく小刻みに震えている。嗚咽しか発することのできないその喉からは声にならない悲しみの叫びが吐き出され続ける。
クロイもそこにずっと座り込み、悲しみに打ち耐えていた。
流れる涙を止めることもなく、強く握りしめるその手に爪を突き立て血が流れるほどに悲しみと戦っていた。
どういうことだ? 何が起こっている? クロイを負の感情が覆いつくす。
それは今までに感じた恐怖などからは経験したことがないほどの感情からの支配であった。
持っていかれる、全てが崩れてしまう。そう感じるほどに強烈に。
何も出来ず、ただその感情に支配されていくクロイ。
その時瞳を閉じたまま笑顔のまま横たわるリンダの姿が目に入る。
そこにはいつものリンダがいた、いつもの微笑みのリンダが。
ダメだ、俺達がこのままじゃリンダが悲しむ、クロイにリンダの最後の言葉が届く。
シロイを護らなければ。リンダは護れなかった、シロイまで失ってはいけない。もう失ってはいけないんだ!
何者にも負けない強い意志、他者を思いやる暖かい心。クロイの覚醒はこの時に起こった。
クロイを覆い尽くしていた悲しみや怒りといった負の感情が足元の影へと流れ込んでいく。そしてクロイを覆う全てを呑み込み不気味に沈黙した。
「シロイ戻ってこい、悲しみに呑まれるな、こっちへ戻ってこい」力強いクロイの声がシロイを悲しみの渦から引き戻す。
「リンダの言葉を思い出せ、俺たちに幸せに生きろと言った。あのリンダの笑顔にお前は泣き顔を見せるのか? 俺たちが悲しむのをリンダが笑顔で見てくれると思うのか? 俺たちは大切な者を護れなかった。もうこれ以上大切な者を失うわけにはいかない。シロイの笑う顔が俺は好きだ。リンダのようにいつも笑っているシロイが好きだ。だからシロイは俺が護る」
「クロイ……そうだね、リンダには笑顔でいてもらわなくちゃね。分かったよ。でもあと少しだけ、もう少しだけ待ってよ。お別れは辛いんだよ」悲しみの淵からクロイに救い出されようやくシロイは声を出し話すことができた。そしてそのまま押し黙って悲しみを断ち切るようにしばらくリンダに寄り添い続けた。
「僕は今クロイに助けてもらった。だから僕はこれから何もしないよ、クロイを信じる。クロイが僕を護ってくれるから僕はただ前にだけ進み続けるよ。クロイがいるから僕から恐怖という感情は消え去ったんだ」
そして、その心にいつもリンダの笑顔を抱き自らもその顔に笑顔を湛える。
「行こう、僕たちは生きるんだ。誰よりも強く生きるんだよ、クロイ!」
「ああ、行こうシロイ」
2人はその幸せを糧とし成長する道を選んだ、それはリンダの願いでもあった。
リンダ、そしてシロイとクロイ、3人が互いを理解し信頼していたからこそ出せた答えでもあった。
人は幸せというものを失ってから気付く。大抵の者がそうなのだ。
しかし、リンダそしてシロイとクロイは今まさにその時の幸せを感じ、生きることのできた稀有な存在だった。
今のこの状況が幸せだと感じ3人で生きたのだ。そう、その3年間は3人にとって紛れもなく幸せだったのだ。




