悩む女神さま
ゴールデンウイークも後半戦の五月五日のこどもの日。
今日も昼食を食べたあと、黒猫とタマがイチャイチャしながら午後の散歩に出かけて行った。
ゴールデンウイークに入ってからの休みの間、ずっと午後の散歩に出かけているから、二匹(?)にとっては日課なんだろうな。
そんな二匹(?)がイチャイチャしながら出かけていく様子を見て、戦いの女神がいつものように深くて長い溜め息を吐いた。
そして、溜め息を吐いて俺に何かを言いかけ、でも、すぐに口を噤んだ。
それもいつものことだったけれど、俺はその機を逃さなかった。
「言いたいことがあれば言えよ」
長期の連休で仕事から解放されているので、心身ともに余裕がある。
戦いの女神と腹を割って話す時間もたっぷりある。
ゴールデンウイークに入ってからタイミングを見計らっていたけれど、今日がそのタイミングだ。
「何のことだ?」
戦いの女神が不思議そうに首を傾げた。
「黒猫とタマ、そして、俺に何か言いたいことがあるんだろ。言いたいことがあれば、俺は何時間でも聞くよ」
「我はおっさんや精霊とタマに申すことなどないぞ」
戦いの女神が今度は俺から顔を背けた。
素直じゃないよな。
明らかに様子がおかしい状態が続いているというのに。
だけど、腹を割って話すと決めた以上、こっちも引き下がるわけにはいかない。
「戦いの女神、この前のダブルデートの日から様子がおかしいぞ」
「我の様子がおかしいだと?」
「そうだ」
ダブルデートのあった土曜日から、戦いの女神の様子がおかしいと感じたいくつかのことを話した。
口数が減っていっていること。
連日連夜に亘って、大きな声で寝言を叫び続けていること。
黒猫とタマがイチャイチャしていると、溜め息を吐いていること。
そのあとに俺に何かを言いかけ、でも、すぐに口を噤んでしまうこと。
寝る時間が早まったこと。
そして、俺を見ずに寝室に入るようになったこと。
話している途中、戦いの女神が話を遮るように口を開こうとしたけれど、結局、最後まで話を聞いてくれた。
そして、話を聞き終えたあと、顔を真っ赤にして拳で俺の太腿を力強く殴った。
……いや、痛いんですけど。
「あの土曜日から、戦いの女神の様子が明らかに変わったんだ。いつまで経っても、その日以前の様子に戻らなかったから、心配になって話を聞いてみようと思ってさ。言いたいことがあれば、話を聞くよ」
俺は太腿を擦りながらそう訊いた。
戦いの女神はどういうわけか擦っている俺の手をどけ、まだ痛みの残る場所を拳で力強く殴った。
……いや、だから、痛いんですけど。なんでまた同じ場所を力強く殴るかな?
「おっさんには敵わぬな」
「敵わぬなって……太腿を二度も強く殴られた今の俺のほうが敵わないんだけど」
「もはや隠しようがないようだな。されど、一度で全てを明かすには躊躇する」
「できれば、太腿を二度も殴ることに躊躇して欲しかった」
「それと、寝言に関して我は知らぬ。よって、我に抗議するな」
「太腿を二度も殴られても抗議しない俺を褒めてくれ」
俺の最後の託した言葉を聞き流すように、戦いの女神がゆっくりと話し出した。
「寝に入る時間を早めた理由、おっさんを見ずに寝室に入る理由を教えよう。後輩と彼女、精霊とタマの相思相愛ぶりを目にし、思うところがあったのだ」
へえ、戦いの女神もそうだったのか。
俺も思うところがあったな。
ホームセンターで後輩と彼女さんの後ろ姿を見たときには、ほんわかとした暖かな気持ちになった。
イチャイチャいている黒猫とタマを見て、僅かな嫉妬心を抱いた。
「後輩と彼女、精霊とタマは相思相愛の下、いずれは新たな家庭を築くであろう。我とおっさんはそのふた組を見守り、時として支えてやらねばならぬ」
あの土曜日、ホームセンターでも同じことを言っていたっけな。
「おっさんも知っている通り、精霊とタマは物置で共に眠っておる。相思相愛の下でそうしておるのだから、我は何も申さぬ。後輩と彼女も同居を始めれば、共に眠ることになるのであろう」
後輩もホームセンターで今年中に彼女さんと同居を始めるつもりだと言っていたっけな。
「そこでおっさんに尋ねたい。おっさんは我と共に眠りたいか?」
突然、戦いの女神が睨むような目つきで見ながら、そう訊いてきた。
俺は居間で布団を敷いて眠り、戦いの女神は俺の元寝室だった部屋にてベッドで眠っている。
別々の部屋で眠るのが、触らぬ神に祟りなし、のようなトラブルを避けるためでもあり、また、男女の深い仲の描写、のような全年齢向けではない描写を避けるためであり、それが普通だと思っていた。
なので、その質問は想像もしていなかった質問だったので、俺は、
「へっ?」
と、裏声で訊き返してしまった。
そんな俺の反応が予想外だったのか、戦いの女神がさらに顔を赤くした。
そして、硬く握り締めた拳で反対側の太腿を力強く殴った。
……いや、あのね、だから、痛いんですけど、いや、本当に。
「我は真面目に訊いておるッ。おっさんが今まで通りにひとりで眠ると申すのであれば、我は気を使う必要がなくなるッ。されど、我と共に眠りたいと申すのであれば、準備が必要となるのだッ」
「あの……準備ってなに?」
「そんなことを我に尋ねるなッ」
拳でまた太腿を殴ってきそうな雰囲気だったので、俺は太腿を全面的に守るべく、体操座りの体勢を作った。
これなら太腿を殴れまい。
そんな風に余裕で構えていたら、弁慶の泣き所に鈍痛が。
だめだって。
弁慶さえも殴られたら痛みで泣いちゃうような脛を拳で殴っちゃ。
「ちょ……おま……ぐ……まじ……ちょ……ど」
「よく聞けッ。おっさんは後輩と精霊と同性であるッ。そして、我らのことに限り、我も彼女もタマも異性であるッ。おっさんが後輩と精霊に感化され、異性である我と共に眠りたいと欲するのは、致し方がないことだろうッ」
「そ……だ……痛……まじ……え」
「我は……我もまた……彼女とタマに感化され尽されたとは申さぬが、別々の部屋と申せど、欲情に駆られて手を出そうとはせぬおっさんと共に眠ってもよいと思っておるッ」
「……へ……へっ?」
「これだけは断じて申しておく。我はこの世界では人間の姿をしているが、我が世界では神ぞッ。この世界でも神であることを失念したことはないぞッ。よって、我とおっさんが共に眠っても、過ちは起き得ぬッ。何故なら、神と人間は結ばれることはないからなッ。我とおっさんは相思相愛の下、新たな家庭を築くことはできぬからなッ」
「へっ?」
戦いの女神が急に立ち上がり、天井を見上げた。
「この世界に来てから、不可解なことばかりだッ。精霊は恋愛も結婚も許されぬはずなのに、それを許してしまっている。我は下界の人間同士の恋愛と結婚を妬んだこともないッ。下界の人間に淡い気持ちを抱いたこともないッ。本当に不可解なことばかりだッ」
戦いの女神が反対側の脛を拳で殴ると、我も散歩に出る、と駆け出すように家から出て行った。
俺は両方の脛の痛みに涙目になりながら、戦いの女神が寝に入る時間が早まった理由と、俺を見ずに寝室に入っていく理由がわかった気がした。
戦いの女神はどうすればいいかわからずに悩んでいたのだろう。
俺が後輩と黒猫に感化されたと思い込んだ気持ちと、彼女さんとタマに感化された自分自身の不可解な気持ちの狭間で。
だから、寝に入る時間を早めて俺から離れ、しれっとした態度で寝室に入っていったのだろう。
「さてさて……どうしたもんかね」
俺は鈍痛の残る両方の脛を擦りながら、ひとり考え込んだ。
戦いの女神と共に眠って、全年齢向けの描写ができなくなるのは本意ではない。
かといって、彼女さんとタマに感化された戦いの女神のその気持ちを突き放すように断るのも、なんだか違う気がする。
さてさて、どうしたらいいだろうね。




