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ご用件はありのままに

 後輩が俺の家に来たのは、夜七時を少し回った頃だった。

 俺と戦いの女神、黒猫とタマは既に夕食を終えていた。

 黒猫とタマは物置に早々と帰り、この場にいなかった。


 つまり、後輩を待ち受けたのは俺と戦いの女神の二人だ。


「今晩はっす」


 後輩が出社したときと同じような感じで挨拶をしながら玄関の中に入ってきたんだけど、連れがいた。

 後輩と同じ二十代後半くらいで、ポニーテールのよく似合っている女性だ。

 俺は直感的に後輩の彼女だと思った。

 そして、後輩と同じ体育系のキャラクターだとも思った。


 だって、ジャージを着てたんだもん。

 後輩と色もおそろいのジャージを着てたんだもん。


「今晩はっす!」


 その女性が後輩よりも大きな声で挨拶してきた。

 ジャージだけじゃなくて語尾までおそろいだし。


「こ、今晩は……」


 戦いの女神に用事があるから会いたいと家にやって来た後輩が、まさか連れを連れてくるとは思わなかったので驚いたし、その連れの声の大きさにさらに驚いたので、挨拶の返しの声が掠れてしまった。


 俺は戦いの女神の様子を見ようと横目で見た。

 珍しく目を丸くし、少しばかり顔を引き攣らせていた。


「お……おう」


 やっぱり、戦いの女神も驚いているようだ。


「あの、その女性は?」


 俺が気持ちを整えてから訊くと、後輩が、


「俺の彼女っす」


 すると、女性……彼女さんが、


「彼女っす」

「そうっす。俺の彼女っす」

「そうっす。あたしの彼氏っす」


 俺の直感は当たった。

 ポニーテールの女性が後輩の彼女という直感が。

 そして、体育系のキャラだという直感も。


「俺が彼氏っす」

「そうっす。あたしが彼女っす」

「彼女が俺の彼女っす」

「彼氏があたしの彼氏っす」


 うっせぇな。何回も言うな。一回聞けば、わかるわ。

 そんな後輩と彼女さんを目にして、戦いの女神が、お、おう、と口にした。


「わかった。わかりました。みゆきさんの歌の『仕合せ』を歌った彼女さんね」

「そうっす。彼女がカラオケで歌ったっす」

「そうっす。あたしがカラオケで歌ったっす」


 わかったから。彼女さん、復唱しなくてもいいから。

 そんな後輩と彼女さんに、また戦いの女神が、お、おう、と口にした。


「この人が俺の会社の先輩っす。横にいる人が女神さんっす」

「先輩さん、女神さん。初めましてっす。あたしが彼氏の彼女っす」

「女神さんは異世界から来たっす。黒猫の姿をしてる精霊さんも異世界から来たっす」

「そうっすか。遠路はるばるよく来てくれましたっす」


 彼女さん、そうっすかって。遠路はるばる来てくれましたっすって。

 後輩の異世界から来た云々の話に驚きもしないって。

 その話を信じているのか、単に聞き流してるのか……前者だろうな、どう考えても。


 軽いもんな、後輩と同じで。


「……」


 戦いの女神がとうとう、お、おう、と言わなくなった。

 後輩と彼女さんに圧倒されて言葉を失ったのか、単に呆れて言葉が出ないのか……後者だろうな、恐らく。


「それで、戦いの女神への用件ってなんだ?」


 気持ちを仕切り直して本題を切り出すと、


「明日、俺たちとダブルデートをして欲しいっす」


 と、後輩がそう答えた。


「ダブルデート?」


 俺は思わず戦いの女神と顔を見合わせた。

 戦いの女神が不思議そうに首を傾げた。


「おっさん、ダブルデートとはどういう意味だ?」

「二組のカップルでデートをするという意味だ。つまりさ、俺と戦いの女神、後輩と彼女さんの四人で合同デートをするということ」

「デートというのは、恋人同士で出かけることなのだろう? それなら無理だ。神である我は人間であるおっさんと恋人同士にはなれぬ。よって、そのダブルデートとやらを断らざるを得ない」


 戦いの女神がきっぱりと断ると、後輩が、


「それならこう考えるといいっす。女神さんは先輩のことを恋人だと思わずに、シモベと思えばいいっす」


 お前まで俺をシモベ扱いするな。


「おっさんは我が忠義高きシモベぞ」

「それならシモベを連れて俺たちと出かけると考えると、問題はないっす」

「あたしもそう思うっす。先輩さんをシモベと考えると、まったく問題ないっす」


 おい、彼女さん。

 君までも俺をシモベ扱いするのか。

 今日が初対面だぞ。

 初対面の相手をシモベ扱いするのか。


「うむ。それなら問題はないな」


 問題はないんだ。

 俺、後輩とその彼女さんにシモベ扱いされたのに。

 それでも問題はないんだ。


「おっさん。どうする?」

「まっ、まぁ……明日は何の予定もないし、な」


 少しいじけた気持ちで答えた。


 そんな俺の気持ちなど知らず、戦いの女神と後輩と彼女さんが話を進めていく。


「おっさんが了承するのなら、我には断る理由はない」

「ありがとうっす」

「ありがとうっす」

「しかし、明日は天候が悪いらしいぞ。それでも大丈夫なのか?」

「大丈夫っす」

「大丈夫っす」

「それならば、雨具を用意しておかねばな。あと、精霊とタマの一日分の餌も用意しておかねばなるまい。ところで、どこに行くつもりなのだ?」

「いろんなところに行くっす」

「いろんなところに行くっす」


 三人が勝手に明日の予定を決めていく。

 ますますいじけた気持ちが増していく。


 というか、後輩と彼女さんは言葉遣いも口調も語尾もキャラもジャージもおそろいなんて、本当に他人同士か?

 双子なんじゃないかっていう気がしてきたんだが。


「じゃあ、明日の朝八時ごろにまた来るっす」

「また明日っす」


 明日の予定の話が終わり、後輩と彼女さんが帰っていった。

 結局、戦いの女神への用件はダブルデートの話だったらしい。


 時計を見ると、夜八時になっていた。

 一時間近くも話をしていたことになる。


 俺は今週と今日の仕事の疲れが一気に出てきてしまって、身体を任せるように椅子に座った。


「おっさん、大丈夫か?」


 今度ばかりは気が付いてくれた。

 俺は戦いの女神にうなずいてみせた。


「あの女性が後輩の婚約者か」

「あの女性が後輩の婚約者だ。あの二人、似てるよな」

「似ていたな。最初は圧倒されてしまったぞ」


 ああ、やっぱり驚いてたんだ。


「でも、珍しいな。戦いの女神が圧倒されたなんて」

「我だって圧倒されることがあるぞ。ただし、目が覚めてこの世界に来たときが一番圧倒されたがな」

「そうだろうね」


 その後、俺と戦いの女神は明日に備えて寝る準備に急いだ。


 さてさて、明日はどうなりますやらね。

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