人はそれを伏線回収と呼ぶんだぜ
昨日、テレワークで出社しなかった後輩を連れ、いつもの牛丼屋に昼食を食べに行った。
「今日はおごってくれるんすか?」
「当然だよ。一昨日、後輩が来てくれたおかげで、黒猫とタマの結婚……じゃなくて、仕合せに一歩前進したからね」
後輩のおかげで黒猫はタマに猛アタック中だ。
それが功を奏したのか、タマは昨日の夜は我が家の物置で黒猫と一緒に眠り、今朝、朝食を食べた後に二匹(?)揃って散歩に出かけるのを見かけた。
ただ、今後もタマが我が家で寝泊まりして食事を取るようになったら、その分の餌代(?)も計算しておかないといけない。
その分だけ節約していかないとな。
いつも注文する牛丼を食べ終わると、俺は先に食べ終えていた後輩に、
「しかし、仕合せという言葉をよく知ってたな。AIをオンライン辞書代わりに使ったからか?」
「AIチャットで調べたわけじゃないっす」
「じゃあ、オンライン辞書で調べたのか?」
「違うっす」
「偉い。AIの教育を施した教育者として嬉しいぞ。それで、どうやって知ったんだ?」
「俺の彼女のおかげっす」
「後輩の彼女?」
「そうっす」
後輩には結婚を前提として付き合っている彼女がいる。
実はその彼女がどんな人で、どんな仕事をしていて、というのを訊いたことがない。
知り合ったのが市役所、交際を申し込んだのも市役所、初デートも市役所というのだけは聞いたことがある。
その時は、変な恋人同士だなぁ、と苦笑した記憶がある。
「その彼女のおかげって、どういうことだ」
「先輩はみゆきという女性歌手を知ってるっすか?」
「みゆきっていうと……昭和の時代から活躍している大物女性歌手のことか?」
「そうっす。俺の彼女はみゆきさんの大ファンっす」
みゆきさんは俺の生まれる前から活躍している女性歌手だ。
味わい深い歌詞を書き、聴く人の心を鷲掴みにする歌声で幅広い世代から支持されている。
「みゆきさんの歌の中に『いと』という歌があるっす。その歌の歌詞の中に『仕合せ』という言葉が出てくるっす。それっす」
「あー、サビの歌詞が『縦のいとは貴方 横のいとはわたし』の歌か。結婚式で歌われることが多い歌だよな」
「そうっす。それっす」
黒猫とタマのどちらが縦の糸で横の糸になるのかはわからないけれど、黒猫たちが織り成す布はどんな布になるのやら……って。
ちょっと待て。
「もしかして……彼女に黒猫とタマのことを話した?」
「話してないっす。この前、彼女とカラオケに行った時に彼女が歌っていたのを思い出して、あんな風に話しただけっす」
「彼女は俺が黒猫を飼っているのも知らない?」
「俺、話してないから知らないっす」
「そうか」
黒猫がこの世界の猫ならいい。
しかし、黒猫は異世界から来た精霊だ。
しかも、この黒猫は人間の言葉を話すし、二本足で歩くし、ムーンウォークするし、前足で頭を掻くし。
そんな黒猫のあんなことやこんなことを話されていたら、彼女はそんな話を信じずに後輩と俺を可哀想な人と思うだろう。
嫌だよ、そんなの。
「それと彼女は猫が好きなんで、精霊さんとタマさんの間に子猫ができたら、一匹でいいんで、俺と彼女にくださいっす」
「ああ、いいよ」
続けて、もちろん、黒猫とタマがいいと言うんであれば……と口から出そうになったところで、重大なことを思い出した。
「悪い。それはちょっと待ってくれ。黒猫とタマの間に生まれた子猫がどんな猫になるかがわからないんだ」
「どういう意味っすか?」
「子猫がタマに似て普通の猫になるのか、それとも、黒猫に似てあんな風の猫になるのかがわからないんだ。戦いの女神にも訊いてみたんだけど、その辺はわからないらしい。相当、考え込んで悩んでたぞ」
そう訊いたとき、戦いの女神が眉間に皺を寄せて考え込んだ。
その内に苛立ったように自分の拳で自分の太腿を叩き出した。
最終的にその拳は俺の太腿を叩くようになり、俺はしばらく叩かれる痛みに耐えました、、とさ。
「へえ。女神さんは異世界では天界にいた神っすよね。それなのに、わからないんすか?」
「そりゃそうだろ。なにせ、こちらの世界で生まれた猫とあちらの世界にいた猫……じゃねえや、猫化した精霊が一緒になるなんて初めてのことだろうからな」
「それもそうっすね。でも、俺的には人間の言葉を喋る猫のほうが楽しそうっすから、別にそういう子猫でも大丈夫っすよ」
「お前は大丈夫でも、彼女がどう思うかだよ。いくら猫好きでも、子猫が人間の言葉を話したら驚くだろ」
「それもそうっすね」
なんで他人事のように答えることができるんだろうな、後輩さんよ。
「まっ、そういうわけでしばらく待ってくれ」
「わかったっす」
「じゃあ、会社に戻ろうか」
俺がそう言いながら、椅子から立ち上がった。
けれど、後輩は立ち上がろうとはせず、椅子に座ったまま、俺の顔を見上げていた。
「どうした?」
「先輩、疎いっすね」
「疎い?」
「おっさんだから鈍感になってるせいっすね」
「おっさんを馬鹿にするな。そして、俺を鈍感になっているって馬鹿にするな。それで、俺のなにが疎いって?」
「一昨日、先輩の家で俺は先輩にキラーパスを出したんっすよ。気が付かなかったっすか?」
「キラーパス?」
「そうっす。頭部目掛けて蹴ったんで、危険球ギリギリのキラーパスっす」
それ、野球とサッカーが混ざってないかい。
ピッチャーが投げる球はサッカーボールじゃない。
サッカー中継を見ていると、たまにサッカーボールが選手の頭に命中することがあるけれど、おおっと危険球だぁ!なんて実況が叫んだのを聞いたことがない。
そんなの当たり前だけど。
「うーん……はっきり言ってくれないか。もう時間も時間だし」
「わかったっす。俺は先輩と女神さんも一緒になるための重要なことを話したんすよ」
「重要なこと?」
「そうっす。背負い投げ一本っすよ」
あーあ、今度は柔道が出てきた。
野球とサッカーはどこに行った?
「つまりっすね。先輩は女神さんが神だから結婚できないって言ってたっすよね」
「言ったよ」
「そして、女神さんも我は神だから人間の先輩とは結婚はできぬって言ってたっす」
「だろうな。それがどうした?」
「先輩、本当に疎いっすね。その疎さ、アディショナルタイムなのに何もせず、九回裏三者三振でゲームセットを迎えるようなもんすよ」
野球とサッカーがごちゃ混ぜになって戻ってきた。
「精霊さんとタマさんと同じように、先輩と女神さんが一緒になることを結婚と呼ばずに仕合せと呼んだら、何の問題もないわけっすよ。俺はそれを気付かせるためにキラーパスを出したっす」
黒猫とタマの件を引き合いに出せば、後輩の言う通りに俺と戦いの女神は『一緒になること』はできる。
しかし、だ。
「確かにそうだろうけどさ……戦いの女神は神だぜ。俺は人間だぜ。結婚と呼ばずに仕合せと呼んでさ、一緒になることができたとしても、さすがに子どもは……」
問題はそこだ。
人間と神の間に生まれた子は、人間の子として生まれて成長していくのか、それとも、神の子として生まれて成長していくのか。
そう考えると、この世界の宗教的にもアウトな部分が出てきそうだし。
「そうっすね。子どもを望むとか望まないというのは、先輩と女神さんが決めればいいことっすからね」
そういう意味じゃないんだけどな。
まっ、いいか。
「そうだな。じゃあ、戻ろう」
「先輩、ゴチになるっす。明日もゴチになるっす」
「残念だけど、明日は土曜日で仕事は休みだろ」
その日の仕事を終えて帰宅すると、ちょうどキャットフードの入った皿を二つ持ち、物置に向かう戦いの女神とばったり会った。
「ただいま」
「仕事、ご苦労」
「今日もタマは来てるんだな」
俺は皿を指差すと、戦いの女神が、
「無論だ。しかし、我がなぜ精霊とタマの餌を物置に持って行かねばならぬのだ」
と、苦笑した。
「タマが物置ではなくて、こっちの家に慣れて食べ出すまでの辛抱だよ。それも面倒なら、黒猫に持って行かせればいいのに」
「我もそう考えたのだが、精霊の奴はタマから離れようとはせぬ。まったく、困った我がシモベだ」
溜め息を吐いて歩き出した戦いの女神が、
「そうだ、おっさん。キャットフードの減りが早いから、明後日まで持つかどうかわからぬぞ」
「了解。明日、買いに行こう」
本当に節約しないとな。
俺は餌を届けに行く戦いの女神の後ろ姿を見ながら、牛丼屋での後輩の話を思い出した。
結婚と呼ばずに仕合せと呼ぶ、か。
まっ、難しいだろうな、やっぱ。
やっぱ、難しいよな。




