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結婚と仕合せとあの男と

「本当に大丈夫なのか?」


 俺は車から出ると、先に車の外に出ていた後輩に訊いた。

 後輩は今日の仕事の疲れなど感じさせない表情で大きくうなずいた。


「大丈夫っす。俺に任せてくださいっす」


 仕事帰りに俺の家に寄ってくれた後輩を疑うのは、先輩として良くないことだと思う。


 昨日の火曜日、一昨日の月曜日と、戦いの女神と黒猫とタマの結婚について話し合ったものの、答えが出ずに悩んでいた俺を救うために来てくれた後輩を疑うのは、やっぱりよくないことだと思う。


 今日の昼休み、俺のその悩みを訊き、俺が解決してみせるっす、と胸を張った後輩を信じて頼るのが、一番だと思う。


 けれど、やっぱり不安。

 なぜなら、後輩からその解決方法を教えてもらっていないからだ。


「後輩を疑うわけじゃないけどさ、家に入る前にさ、後輩の考えた解決方法を教えてくれるかな?」

「先輩、俺を信じてくださいっす。信じる者は疑わないっすよ」

「それを言うなら、信じる者は救われる、だけどな」


 仕方がない。後輩を信じよう。


 俺は後輩を連れて家に入った。

 仕事の帰りに後輩がこういう事情で家に来ると伝えていたので、戦いの女神と黒猫が驚きもせずに出迎えてくれた。


「後輩よ、久しいな」

「女神さん、お久しぶりっす」

「お久しぶりですニャー。今日はよろしくお願いしますニャー」

「精霊さん、お久しぶりっす。俺に任せてくださいっす」


 後輩と黒猫が先に居間に入った。

 後輩を見上げる黒猫の目がキラキラと輝いていた。

 どうやら後輩の解決方法に期待しているようだ。



 続けて居間に入る前に、戦いの女神の腕を引っ張った。


「今日もタマは来たのか?」

「普段と変わりなく来たぞ」

「それで、黒猫の様子はどうだ?」


 戦いの女神が言うには、タマと会っていない時は元気がないらしい。

 あれほど大好物の高級マグロの刺身を残す位だ。

 タマとの結婚の行方が心配なのだろう。


「それも変わりなくだな」

「そうか」

「そちらはどうだ?」

「どうだって?」

「お前の部下の解決方法だ。もう聞いておるのだろう?」

「まだ聞いていない。これから解決方法を初めて聞く」

「うむ……しかし、お前の部下だ。万事解決する方法を考えているはずだ」


 戦いの女神が不安そうな表情をし、でも、それは数秒のことだった。

 俺もちょっと不安なんだけどな、という言葉を飲み込み、笑顔を見せた戦いの女神を連れて居間に入り、黒猫を抱いている後輩に、


「それじゃあ、時間も時間だから、解決方法をさっそく聞かせてもらおうか」

「わかったっす」


 後輩は黒猫を抱いたまま、その場に座った。

 俺と戦いの女神が座り終わるのを確認すると、


「女神さん、精霊さん、先輩、なにも悩むことはないっす。なぜなら、精霊さんとタマさんが家庭を作るために一緒になることは、結婚とは呼ばずに仕合せと呼ぶからっす」

「しあわせ? しあわせって、幸福とかの幸せのことか?」

「違うっす。仕事の仕に合格の合で仕合せと書くっす。仕合せの意味は運命の巡り合いっす。

精霊さんとタマさんは運命の巡り合いを果たしたっす。だから、結婚と呼ばずに仕合せと呼ぶからっす」


 仕合せは運命の巡り合いを意味し、幸せは幸福などを意味する。

 ふたつの言葉の違いはわかった。

 けれど、仕合せと結婚の違いはわからん。


「後輩よ、尋ねさせてほしい。結婚も仕合せも運命の巡り合いから始まるのではないのか?」


 戦いの女神も俺と同じ疑問を持ったらしい。

 後輩は大きくなずいて、


「そうっす。結婚も仕合せも運命の巡り合いから始まるっす」

「いや、それでは結婚を仕合せと呼びかえる意味がないぞ」


 今度は俺が訊いた。

 黒猫が心配そうに自分を抱いている後輩を見上げた。


「意味はあるっすよ」


 後輩はためらわずに即答した。


「仕合せには、こんな意味もあるっす。良い運命の巡り合いもあるし、悪い運命の巡り合いもあるっていう意味っす。結婚にはそんな意味はないっす」

「まぁ、結婚にはそんな意味はないな。同じ言葉に婚姻というのがあるけれど、あれは法律用語だもんな」

「今はまだ精霊さんとタマさんの運命の巡り合いが良い巡り合いなのか、悪い巡り合いなのかは誰にもわからないっす。精霊さんとタマさんが幸せになるか、不幸せになるかは誰にもわからないっす」

「だから、結婚と呼ばずに仕合せと呼ぶということか?」

「そうっす」


 結婚も当人たちが幸せになるかどうかは、その時点では誰もわからない。

 その点は仕合せの意味する運命の巡り合いと同じだ。

 でも、後輩の付け加えた仕合せの意味のほうが運命の巡り合いを俯瞰的に捉えている。


 黒猫とタマの巡り合いが、幸せになる運命の巡り合いなのか、不幸せになる運命の巡り合いなのかは誰にもわからない。

 それなら、当事者と関係者が祝福一辺倒になりやすい結婚と呼ぶよりは仕合せと呼び、少しだけ距離を取り、あまり感情的に介入しようとはせず、黒猫とタマの巡り合いの行く末を見守ったほうがいい。


 俺はそう思い、そして、その思いを戦いの女神に伝えた。


「つまり、我々が精霊とタマを見守るということか?」

「そうだ。それが俺と戦いの女神が黒猫とタマの家庭を見守るということにもなる」

「我々が見守るだけしかしなかったせいで、精霊とタマが不幸になったらどうする?」

「アドバイスをしないとか、相談を受けないとは言ってないよ。でも、幸せになる運命の巡り合いになるのか、逆の運命の巡り合いになるのかは、結局は黒猫とタマ次第じゃないのかな」

「つまり、おっさんは結婚と呼ばずに仕合せと呼ぶつもりなのだな?」

「そうなるね」

「……うむ」


 戦いの女神が腕を組んで考え込み始めた。


 そんな戦いの女神をはらはらとしたような目で見つめる黒猫。

 心配だよな。

 戦いの女神が仕合せと呼ばずに結婚と呼ぶのが相応しいと判断したら、黒猫とタマの行く末は悲恋の方向に向かう。


「よし」


 しばらく考え込んでいた戦いの女神が決心したようにそう口にすると、後輩に頭を下げた。


「後輩よ、礼を申し上げる。お前のおかげで我々の悩みが解決した。我もおっさんと同じく、結婚とは呼ばずに仕合せと呼ぶことにする。それならば、我々のいた世界の掟やしきたりを破るということにはならぬ」


 これで黒猫とタマの結……じゃないよな。仕合せが決まった。

 仕合せが決まった、という日本語表現が適切かどうかはわからないけれど、これで黒猫がタマと家庭を築けることができるようになった。


「女神様、後輩様、家主様、ありがとうございますニャー!」


 黒猫は大喜びだ。

 そんな黒猫に戦いの女神や後輩は嬉しそうな表情を浮かべた。


「あとはタマの気持ち次第だな。タマが黒猫の気持ちを受け入れてくれたらいいね」


 俺がそう言うと、黒猫が、タマ様ならきっと私の慕う気持ちをわかってくれるはずですニャー、と元気な声を張り上げた。

……ちょっと強引な展開だったかなぁ、と。

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