現実世界と異世界と結婚と
昨日の予告通り、戦いの女神を同席させて黒猫に白猫……のタマについて、話を訊いてみることにした。
全員の朝食が終わったあと、俺から黒猫にタマの存在を知っていると切り出した。
黒猫は目を丸くして戦いの女神を見つめたが、戦いの女神は無言でうなずいた。
黒猫も戦いの女神にうなずき返し、その場で正座して、いつもの猫背をビシッと伸ばし、
「わかりましたニャ。いつか家主様にもタマ様のことをお話しようと思っていましたニャ。これから話しますニャ」
黒猫が言うには、タマと出会ったのは一週間前の午後のことだったらしい。
その日の午後の散歩中、いつも通る空き家の物陰で寝転ぶタマと初めて出会った。
黒猫は初めて出会ったタマに一目惚れし、人間の言葉で話しかけながら二本足で近づいて行った。
タマはそんな黒猫に驚いて、逃げようとしたらしい。
そりゃそうだろうな。
見た目は猫でも人間の言葉を喋り、しかも、二本足で近づいて行ったんだから。
黒猫はタマを逃がさないように、関心を引かせるためにあれやこれやとやったらしい。
それが功を奏し、タマはその場から逃げず、逆に黒猫に関心を示した。
黒猫はその日からその空き家の物陰でタマと会うようになった。
そんな日が続いて先週の月曜日、黒猫はタマを我が家の物置に誘った。
戦いの女神がタマを追い払おうとした日だ。
因みに物置に誘ったのは下心からではなく、恋愛感情を抱いたタマに暖かい場所でゆっくりと過ごさせてやりたかったからだそうだ。
タマは黒猫を信頼していたからだろう、初めて足を踏み入れる我が家の物置にすんなりと入り、その日から午後は物置で過ごすようになった。
「私は物置をタマ様との我が家とし、タマ様と家庭を持ちたいですニャ」
黒猫は話をそう結んだ。
俺はすぐには何も話せなかった。
いろいろなことが複雑に絡み合っているからだ。
気持ち的には、タマは飼い猫ではなくて野良猫のようだから、新しい家族の一員として受け入れても構わない。
物置を黒猫との我が家としてもらっても構わない。
ただ、そうなると経済的負担の増加を計算しながら、黒猫やタマのほかに、俺と戦いの女神の生活を維持し続けなくちゃいけなくなる。
黒猫とタマの間に子猫が生まれたら、その分も計算に入れないといけない。
現実を直視し過ぎたことを言うかもしれないけれど、不幸にならないためにはお金が必要だからね。
その他にも、考えなければいけない点がある。
黒猫はこの世界の猫ではなく、もともとはあちらの世界の精霊ということだ。
戦いの女神に仕えている精霊ということだ。
そんな黒猫とタマの間に誕生した子猫は、どんな猫になるのかが判断が付かない。
黒猫に似て人間の言葉を離す猫になるのか、それとも、タマと同じに普通の猫になるのか。
また、戦いの女神と黒猫があちらの世界に戻る時が来たら、タマとその子猫たちもあちらの世界に行くのか、それとも、この世界に留まるのか。
うーん、わからん。わからんぞ。
頭の中が迷路状態になって来たぞ。
俺は助けを求める気持ちで戦いの女神を見た。
戦いの女神も困ったような表情をしていた。
駄目だね、これは。
ここはいったん戦いの女神と二人きりの話し合いの時間を持った方が良さそうだ。
俺はキラキラとした目で見つけてきている黒猫に、
「うん、事情はわかった。今後について、ちょっと戦いの女神と話し合ってもいいかな」
「わかりましたニャ。よろしくお願いしますニャ」
黒猫がぺこりと頭を下げた。
「戦いの女神、黒猫に訊きたいことがあったんだろ。今のうちに訊いておいたらどうだ?」
「そうだな」
戦いの女神は黒猫を睨みつけながら、
「お前はこの世界では猫の姿をしておるが、我に仕えし精霊であることを忘れるな。また、精霊が神々や下界の者たちとの結婚も、精霊同士の結婚も出来ぬということも忘れるな。まさか、忘れたわけではあるまい?」
と、強めの口調で訊いた。
黒猫はそんな戦いの女神の様子にしょんぼりして、忘れたわけじゃないですニャ、と弱々しい声で答えた。
そして、ふらふらと立ち上がって、散歩に出かけてきますニャ、と寂しそうに歩き出した。
まもなくして、玄関のドアの閉まる音が弱々しく聞こえた。
「その話は本当か?」
その音が聞こえたあと、俺は戦いの女神に確認した。
「その話とは?」
「精霊が神々や下界の人たち、同じ精霊と結婚できないって話だよ」
「この期に及んで嘘を申すわけがないだろう」
「だよな」
あー、ますます事態が複雑になっていく。
「でも、だからといって、今更になって黒猫とタマを引き離す訳にもいかないだろ? 俺は引き離すことに気が進まないよ」
「おっさんの気持ちは理解する。我も気持ちの半分は同じだからだ」
「もう半分は?」
「この世界にいる以上、我々はこの世界の掟やしきたりを守らねばならぬ。しかし、我々のいた世界の掟やしきたりを破っていいわけでもない。そこは譲れぬ。だから、我も悩んでおるのだ」
「それもそうだろうな」
戦いの女神はこちらの世界とあちらの世界の掟やしきたりの狭間で悩んでいるようだ。
「おっさん、どうすればよい?」
「うーん……」
俺と戦いの女神は黒猫が昼食を食べに帰宅するまで、それぞれが思うことを口にして話し合ったが、結論が出なかった。
午後も黒猫が散歩に出かけて家にいなかったけれど、話し合いをする気力がなかった。
夕方、黒猫がタマを連れてくるのを戦いの女神が確認した。
戦いの女神が言うには、タマを連れて歩く黒猫の足取りは弱々しかったそうだ。




